第14話 つかの間の

アルベルトと歩いて連れて来られたのは、bar《オスクリタ》と書かれた、薄暗い店だった。

見たこともない場所できょろきょろと辺りを見回していたら、アルベルトが含み笑いをしているのに気付いた。

私は自分が笑われているのだと恥ずかしくなり、顔を伏せた。

アルベルトは来慣れているように席に誘導し、私に椅子を引いてくれた。

少し顔を上げて、アルベルトを見ると、彼も私の方を見ていることに驚く。

思わず、また顔を伏せてしまった。


「シェルナリア、と呼んでも?」


アルベルトは私が椅子に座るのを見ながら優しく尋ねた。

特に断る理由は無かったので、二つ返事で許可した。


「では、シェルナリア。そろそろキャシーが来ると思うので、着替えを手伝ってもらって下さい。私は男ですので。本当は貴女が怪我をしていないか、じっくりと見たいのですがね」


ぱちりと気障きざったらしくウィンクをする。

これは女を垂らしこんでいそうだ、と密かに思ってしまった。


「忘れていなかったのですね。てっきり、忘れているのかと…」


私はそんな減らず口を叩くことで照れ隠しをした。

ああ、とアルベルトが何かを思い出したように言い出す。


「シェルナリア、私と結婚してくださいますか?」


なんと突飛な事を言うのだろうか。

アルベルトは真剣な顔でこちらを見ている。

でもその前に気になる事があった。


「シェリー」


「え?」


「やっぱり、シェリーと呼んで欲しいですわ。」


シェルナリア、と許可したは良いが、何か物足りなかった。


「私もアルとお呼びしても?」


私は気を許して合える仲になりたかったのだ。

今までそんな人はいなかったから。

悪党と仲良くなりたいなど、普通ではあり得ない。


「ははっ、あはは!いやぁ、参った。降参だ。シェリーはお淑やかかと思っていたら、まさか積極的だったとは。敵わないな…」


突然笑いだしたかと思ったらお淑やかだと思った、なんて失望されたかもしれない。

そんな思いがよぎった。


「失望、しましたか?」


私はなけなしのプライドを振り絞り、強気に言う。

しかし、私の予想していた反応とは違い、彼はノーノーと首を振った。


「まさか!むしろ惚れ直した位だ」


顔を見ても彼が嘘を言っているようには見えない。

私は、またも顔が赤くなるのが分かった。


「ああ、可愛い。愛しのシェリー」


どうしてそういうことばかり言うの、と弱々しく聞いたが、『貴女が目の前に居るのに言わないでいられますか、いや、いられない』と反語を交えて言われてしまった。

降参である。


ごほんっ。

突然の咳払いに音のした方を見れば、ニヤニヤしたキャシーがいた。


「いやぁ、仲が良いのは良いんですがね、他所よそでやってもらえますかね?こちとら、独身で寂しい盛りなんですからね!」


と言われてしまった。

そんなつもりは無いのに、と思ったが、言わないでおく。


「ああ、キャシーご苦労。ところで、着替えは持ってきたか?」


アルベルトはキャシーを見て、労いの言葉はかけるものの、キャシーの他所でやれ発言には返答をしなかった。

止める気など無いのだと分かる。


「全く…。頼まれた着替えはばっちりと」


「では、早速シェリーの着替えを手伝ってやってくれ。血が付いてしまったんだ」


アルベルトに承知しました、とキャシーは私を立たせ、手を引き店の奥へ続く道へと進んだ。中は5メートル程の廊下に4部屋分の扉があった。

右手側の奥の扉を開け、中に入る。

ぱちりと電気を付け明るくすればそこは衣装部屋だと言うことが分かった。

私はキャシーに肌を見られることにどぎまぎしつつも着替えをした。


そうしている内にふと気付いたが、キャシーにはアルベルトは砕けた口調のようだ。

なんて、羨ましい。

私もそんな風に言い合える相手が欲しい。

本音をぶちまけてから、心が開放的になってしまったようだ。

「先程から積極的な発言しか出ない」



「いいと思いますよ」


キャシーがいきなり言うものだから驚いたが、私が最後に考えていた事を口に出していたのだと気づく。


「良い?」


「ええ。団長は喜びます。シェルナリア様は知っていますか?」


優しく見守るようにこちらを見るキャシーはゆっくりと口を開いた。


「何を…?」


「シェルナリア様は16才、ですよね?」


「ええ」


「団長、いえ、アルベルトは15なんですよ。シェルナリア様の方が年上なのです。彼は3年間いえ、もう4年間ですね。4年間ずっと貴女を見ていました。国民の前に立つ齢13の少女が毅然きぜんと振る舞う姿に惚れたそうです。それから彼は貴女を追い続けています」


思いがけずアルベルトの私への気持ちを知ることになったが、私は益々アルベルトを不思議に思った。

私の何処がそんなに魅力的なのだろうか。

アルベルトの目は節穴なのかもしれないと密かに思った。




私の訝しげな顔を見たのか、キャシーは面白そうに微笑んだ。

そして、行きましょうか、と促した。

はい、と返事をしてアルベルトの元へ向かう。


アルベルトは私のドレス姿をべた褒めしてくれた。

因みにドレスは赤のワンピースタイプでシルクのような手触りの上質なものだった。

後ろにフリルが付いており、胸元は少しきつかったので調節してもらい、見事なくびれが出来上がっていた。


アルベルトが私を好きかもしれないというのは分かったが、それを信じられるほど私は純粋ではない。

でも、今は。今だけは信じていたいと思った。


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