【第4話】
「あ、」
ついポロリと溢れた声に、彼女は律儀に反応した。
渡り廊下のど真ん中、手に持っているのは楽譜とペンケースだから、音楽の授業に向かう途中だろう。
長い髪をさらりと揺らして振り返って、僕を見つけて僅かに______本当に僅かに、目元を眇めた。
それで少なくとも、僕が彼女に認識されていることは分かる。
“相手に認識してもらってんなら、あとは突っ込むのみだから!”
そう無責任に僕の背中を押してきた友人の姿を思い浮かべて少し躊躇。なにしろ晴翔のアドバイスは彼のルックスとか能力とかを加味しないと作用しなさそうな、あまり頼りにならないものが多い。
それでも結局そのアドバイスを実行したのは多分、僕も相当にテンパっていたのだ。
「あのさ、僕、君に…避けられてる?」
彼女の大きな瞳が、一瞬だけ大きく見開かれる。その間にねじ込むように語を継いだ。
「いや、怒ってるとかじゃないよ、本当に。
でもさ、そんなつもりなかったけど、もし小説のこと言われたのが嫌だったんならそれは謝らないとなって思って」
気がついたら必死になっていた。
もう彼女に逃げられるようなことしたくなくて、意外と傷ついてたんだなあと場違いに思う。
それでも。
「本当に好きなんだよ、君の小説が」
君のことも、とはまだ言えないけど。
随分と恥ずかしいことを言った自覚はあったけど、そうでもしないと君が聞いてくれないなら仕方ない。
一度下がってしまった視線を無理やり彼女に合わせると、彼女も予想外にまっすぐ僕を見ていた。
「あなたが悪いわけじゃない、ごめん」
心臓が跳ね上る。
まっすぐ僕を見据えたまま、彼女がやっと声を発していたから。
「うん?」
「あの小説は、」
次の言葉は完全に予想外だった。
「私のことだから。
………意味、わかるでしょ」
いや、意味はわかるけど、ちょっとまって。
理解が追いつかない。
絶句した僕を見て今度こそ歩き始めた彼女は
一度も僕を振り返らなかった。
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