第一幕 禍と名誉

第一場 しあわせな時間

本日四月七日金曜日、所謂いわゆる平日であるが、平万智子は家でゴロゴロしていた。

入学式に当たるこの日、在校生の一部を除いて大概は御役御免で、万智子もその恩恵を受けていた。母と祖母は真ん中の妹の中学校の入学式で出掛けており、午前中の肌寒い我が家で一人ポツンとしていた。

普段家でも学校でも、沢山の人に囲まれた生活をしている。一人になる事など滅多に無い事。だが、それも後僅か。直に皆が帰って来て、せわしない日常が再開する。そう思うと億劫にもなるが、何か甘い物でも御土産に持って帰るであろうから、それだけがせめてもの救いである。

つけっ放しのテレビからは結婚だの、新商品発表会だの芸能ネタが映し出されていたが、万智子はスマホのゲームに夢中になっていた。逆ハーレムの恋愛物にまっているなど、妹等以外には秘密であった。演劇部では男役で通してはいるが、心は人一倍乙女であった。

何時頃なのだろうか、このようなキャラ付けをするようになったのは? 好きだった男の子と、ガチの喧嘩をしたあの日だろうか? 恋が砕け散った、あの瞬間

ルルルルッ、と突然スマホが鳴り出した。

電話は演劇部二年の小川遥からだった。

「はい」

「遥です!」

「おお、どうした?」

「実は先程、入学式が終わったんですが」

電話口の向こうは何故か慌てていた。

「一年生に途轍とてつもない子が居たんです!」

「途轍もないって何が?」

嗚呼ああ……つまり容姿が半端無いというか」

「可愛いという事?」

「いや、それ所か」

「美人さん? それとも男役?」

「女の子です、女の子! に角別次元のなんです」

「ちょっと待って。あんたが三十一日の日に新入生をチェックしたんじゃないの?」

「はい、そうなんですが」

卒業生の最終公演時に入り口の受付を統括、任されていたのは小川遥で、それは新入生の中に選りすぐりの子が居ないか、検分するのも兼ねていた。仮に居たとすれば、他の部活に先駆けて青田買いする。終演後に声を掛ければ、イチコロで仮入部と相なる、万全の仕組みであった。

「当日来ていなかったのか、定かでは」

「分かった。で、声を掛けたの?」

「それが、駄目でして」

「何でっ?」

と、万智子は思いっ切り眉尻を上げた。

「えっ、いや。その子、白井くららというんですが。一年二組の子で。ホームルームが終わって帰る所を捕まえようとしたんですが」

と、此処ここで母達が帰って来た。

「御留守番、御苦労様」

と、母は片手にケーキが入った箱を袋に下げていたが、今はそれ所ではない。

「ほら、お姉ちゃん、見て見て!」

と、妹の麻友子が記念に撮った写真を自慢して来る。

「おお、良く撮れてる。校門が」

「もうっ! 私は?」

「ははっ。可愛い、可愛い、我が妹よ」

と、真新しき制服毎抱き寄せてみる。

麻友子も嫌がっているのか、嬉しがっているのか嬌声を上げて……漸く解放。万智子は居間から離れた。

「御免、御免。ええっと、何処どこまでたっけ?」

「捕まえようとしたんですけど、放送部の部長に邪魔されて」

放送部の部長……坂内綾か。

「教室から出て来た所からガッチリ、ガードされて。そのまま一緒に帰って行ったんですよ」

「ん? という事は後輩。西中の子?」

「多分そうだと思います。あの感じは、もう友達みたいな位の仲の良さでした」

「そう。分かった。報告御苦労さん」

「済みません……」

「まっ、兎に角実際に拝んでから、どう対処するか考えるから。気にしなさんな」

「はぃ」

通話を切って、スマホを握りしめたまま、ベットに背中からそっとダイブした。

さて、どうしたものかと考えた。

小川がそこまで言うのなら、二年後のジュリエット役は白井くららという、その子が射止める事が決定だ。ならば、喜ばしい事この上ない。伝統ある演劇部が、学校の顔である演劇部が光り輝き、受け継がれて行くのだ。永遠とわに。未来永劫と。先輩達の代から脈々と続く……

甘い物の事など存外で、妹が呼びに来るまで万智子はすっかり忘れていた。

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Amenbo The Life Story of Kurara Siroi in Theatrical Club 訳/HUECO @Hueco_k

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