その2

 その後、”飼育委員”が発見したという、象と掃除機が交尾して生まれたような生き物の展示を見終えた頃には、少し歩き疲れていることに気づく。

 休憩がてらベンチでぼんやりしていると、


「あ、あのっ。一条くん……」


 有坂絵里が、控えめに声をかけてきた。


「ああ……やあ」


 ぎこちなく応える。先日の、彼女の告白を断った一件が頭によぎっていた。


「あ、あのあの。ご、ごご、ご一緒に。……クレープでも、いかがでしょう?」

「あ、……ありがとう」


 どぎまぎしつつ、差し出されたクレープを受け取る。

 クレープには、バナナやらりんごやらみかんやら、過剰なほどに果物が入っていた。


「美味そうだ」

「そ、そそそそ。それは、良かった、です」


 すとん、と、少女が隣に座る。

 数秒もせずに、きまずい沈黙が形成された。


 ――まいったな。


 ジョカンは、もらったクレープを口へと運びつつ、必死に頭を回転させる。

 こういうとき、女の子とすべき話題は……。

 考えて。

 考えに考えた結果、口から出たのは、


「ゴジラは、シリーズ何作目が好き?」


 であった。


 ――馬鹿か。


 忘れていたが、自分はこうした話題探しが、めっぽう苦手なのである。


「ご、ごごご、――ゴジラ?」

「うん」

「ごめんなさい、わた、私、怪獣映画はあんまり……」

「ああ、そうだよな。たぶんきっと、そうだろうとは思ってた」


 現実世界を“怪獣”が闊歩するようになってからというもの、この手の映画は不謹慎だとされていて、ジャンルとしてはかなり下火にあった。我ながら珍しい趣味であるということはよくわかっている。


「で、でで、でも、これからは、少しずつ観ていくようにしよう……かな?」

「――いや。いいんだ」


 ジョカンは首を横に振る。、自分の好きな映画を他人に勧めた場合、どういう結果に終わるか、よく知っているのだ。


「正直言って、お話的には微妙な作品も多いし」


 実際、ホンなどは、ゴジラ映画全般に散々な評価を下していた。あまりにボロカスに批判されたものだから、悔しくて一晩眠れなかった日もあるほどだ。


「それでも。……一条くんは、す、すす、好きなんでしょう?」

「好きだよ」


 はっきりと言う。迷いなく。


「映画は、……いろんなものや、いろんな想いが寄せ集まってできたものだから。その中で、たった一つだけでいい、人の心を打つ何かがあればいいと、俺は思う。それは、映画全体から見ると、些細なワンシーンかもしれない。役者の演技や、小道具なんかかもしれない。でも、その”たった一つ”があれば、映画はきっと、十分なんだよ」


 もっとも、その”たった一つ”を生み出すことが、いかに難しいか。

 ジョカンはこの一ヶ月で、痛みすら覚えるほどに思い知らされた訳だが。


「……うん」

「俺は、ゴジラのデザインが好きなんだ。ずっと観ていて飽きないと思う」

「そう、ですか」


 絵里は、小さく笑った。


「ちなみに、そんな一条くんのおすすめは?」

「やっぱり、初代『ゴジラ』かな。後は、『ゴジラ対メカゴジラ』が良い。平成シリーズでは『ゴジラVSビオランテ』、それと、なんだかんだで、『ゴジラ ファイナルウォーズ』も好きだよ。次点で、『ゴジラ対ヘドラ』だろうか。坂野監督のどうかしちゃってる演出が、病みつきになるんだ」


 なるべく早口で言う。絵里はというと、ジョカンの言葉にいちいち頷いて応えた。


 ――この娘、きっと素敵なお嫁さんになるだろうな。


 心の底から、そう思う。


「わかった。参考にするね」


 何の参考にするつもりだろう、と、不思議に思いつつ、クレープの残りをぱくつく。


「ごちそうさま。うまかったよ。どこで買ったの?」

「うちの……”演劇部”の屋台、です」

「あっ、そうだったんだ」


 と、なると、今のクレープは、絵里が作ったものかもしれない。

 そう考えると、唐突に気恥ずかしくなった。

 なんとか話題を変えようと試みて、


「そういえば、“演劇部”って“春祭”の出し物は?」

「”演劇部”は、ひ、人手不足だったんです。だから今回は、見送ることになって。……それで、屋台を」

「そうか……」


 考えてみれば、演劇もまた、敷居の高い表現法だ。ある程度は撮り直しのきく映画と違って、高い役者の練度を必要とするためである。


「でも、……今年は、し、新入部員も、入ったから……。あ、ああ、秋の”学園祭”には、間に合わせます」

「楽しみにしてるよ」


 すると少女は、ふふふ、と、意味深な笑みを浮かべた。


「他人事みたいにおっしゃいますけど。次のお芝居は、一条くんにも手伝ってもらうんですよ?」

「……む?」

「私、これまで、ずーっと、カントクたちにつきあっていたんですから。――今度は、”映画部”に手伝ってもらう番です」


 絵里は、用意してきた台本を読み上げるように言った。


「だからそのときは、よろしくお願いしますね」


 その口調には、有無を言わせない何かがあって。


「む。あ、……ああ。そうだな」


 気がつけば、思わずうなずいている。

 芝居がかった仕草で、絵里は人差し指をジョカンの口元に当てた。


「言いましたね? 約束ですよ」

「ああ……」

「男に二言は……?」

「……ない」


 ほとんど言わされているようなものである。


「ではその旨、カントクにもお伝えください」

「わかった」

「それでは。私はこれで」


 言うだけ言って、少女は席を立った。


「待て。クレープの代金は、」

「おごりです」


 その立ち振舞はまるで、映画のワンシーンのようでもあり。


 ――役者だな、彼女は。


 ふと、そんな風に思うのだった。


 ▼


 ジョカンが“映画部”の部室に入ると、少女たちの寝息が聞こえてくる。

 二人とも、死人のように眠っていた。

 気を利かせてジョカンがタオルケットをかけてやると、


「おはよ」


 パチリとカントクが目を覚ます。


「今、何時?」

「十一時すぎだ」


 ちなみに、上映会は午後二時を予定していた。


「……ふむ」


 少女が、”ゾンビ”のように、むくりと起き上がる。


「遅いわね」

「遅い? 何が?」

「プロジェクターよ」

「なんだ、プロジェクターって」

「映写機って言ったらわかる? 大きなスクリーンに映像を映す機械のこと」

「なるほど。で、プロジェクターがどうした?」

「麓の公民館で、小さな上映会を開くっていうから、貸し出してたの。それが返ってきてないわ。遅くても九時までには部室に届くって話だったんだけど」

「そうだったのか」


 どおりで、わざわざ部室で仮眠をとっていた訳だ。


「どっかで足止め食らってる、とか?」


 カントクは、一瞬だけ目を細めて、立ち上がる。


「そうね。念のため、生徒会に問い合わせておきましょうか」


 そんな彼女を、ジョカンは軽く押しとどめた。


「カントクはほとんど寝てないだろ。俺が行く」

「いいえ。あたしも行くわ。念のためにね」


 カントクがそう言い張るのなら、止める理由はないが。


「そこまで信用ないか? 俺」


 そのことだけが、少し気になった。


「そういうんじゃなくて。……あんた、『スタートレック』好きなんでしょ?」

「……? ああ」

「あのドラマ、”念のため”に確認したことで、何度乗員の命が助かったか、数えたことある? そーいうこと」

「……何かのフラグっぽいってことか」

「一度気になっちゃうとね。”馬鹿な展開イディオット・プロット”は避けたいの。……それだけよ」


 一度「こうだ」と思い込んだカントクは、誰にも止められない。


「わかった。二人で行こう」



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