その3

「ええ勘しとる。どーやら、トラブルみたいや」


 今朝に会った時と打って変わって、生徒会長は深刻な表情だった。


「どういう?」

「昨晩、”寺子屋”に園長先生が向かったことは知っとるな? そっから連絡がない」


 ”寺子屋”というのは、”学園”周囲に点在する、小さな教育施設を指す。九年前に“中央”政府主導で創設されたもので、全寮制の“学園”と違い、親元から通学できるのが特徴だ。

 この”寺子屋”と”学園”は、多くの点で協力関係にある。必要であれば人材や備品を共有しあうし、”中央”から送られてくる消耗品も、”寺子屋”を通して人々に配分される。


「”寺子屋”の子たちは、泊まり込みでこっちへ来る手はずでしょう?」

「せや」

「何かに襲われたのかしら」

「かもな」


 親の教育方針にもよるが、村出身の子供は”みらい道具”を持ち歩いていないことが多い。道中、”ゾンビ”の群れに襲われた可能性は十分にあった。


「《魂修復機ソウル・レプリケーター》は試してみた?」

「もちろんや」


 生徒会長はうなずく。


「”寺子屋”の子供らのパターンは保存されとるからな。誰か死んだら、こっちでわかるようになっとる」

「死人は出てないってことか」


 気まずい沈黙が生まれた。”中央”育ちのジョカンだけが、首を傾げている。


「ええと。……じゃあ、どういうトラブルなんだ? 車のガス欠とか?」


 言いながらも、”園長先生”がそんなミスをするだろうか、と、疑問に思う。

 ガソリンの補給は、生徒たちの間でも徹底されていることだ。


「いや。仮に先生が忘れたとしても、昨晩ウチが洗車と補給を済ませといたからな。よっぽどのことがない限り、ガス欠はありえん」

「気の利く生徒会長ね」


 深い嘆息をしつつ、カントクが褒める。


「じゃ、他に何が考えられる?」


 ジョカンが尋ねると、二人の少女は、苦々しげに顔を見合わせた。


「ひとつ、心当たりはある」

「なんです?」

「ジョカンは知らんやろうけど、ちょっとばかし、困った連中がいてな」

「困った連中、ですか」

「せや。が何かやらかしたんなら、”園長先生”が戻らん理由にはなる」

「……最悪だわ」


 その時、”年中組”の少年が一人、生徒会室から飛び出してきた。


「あっ。会長」

「なんや」

「いま、連絡がありました」

「相手は?」

「会長の予想したとおり、”神の御子”ですね。『”園長先生”は預かっている』とのことで。物資を要求してます。いつものように」

「さよか」


 生徒会長が向き直る。


「予感的中、やな」

「……まったく。トラブル続きの現場だったけれど」


 カントクはがっくりと頭を垂れて、


「最後の敵は、人間、と。なんか『エヴァ』でもあったわね。そーいう展開」

「はっはっは。ちょううける」


 生徒会長が、半ばやけくそ気味に笑った。


「ところで、ウチら生徒会は“春祭”の運営やら何やらで、手が離せん。誰か、手伝ってくれる人がいてくれたらなーっと。そう思うんやけど」


 ジョカンは、カントクと目を合わせる。

 上映会は二時を予定していた。もはや、一刻を争う時間である。


「わかった。――行くわ。あたしたちが」


 ▼


 乱暴な運転で”学園”所有の車が山道を走り抜けていく。

 道端では、様々な害獣の死骸が点々としていた。恐らく、行く先の連中に駆除されたのだろう。


「やれやれ、デスね」


 呟くホンの目の下には、くっきりと隈ができていた。ようやく眠れたところを叩き起こされたのだ。


「うふふ。今のワタシなら、親類だろうがなんだろうが、虫けらのように殺せる気がシマス」


 恐ろしいことに、その声色には真剣味が感じられる。


「交渉はあたしたちがするから。ホンは車で寝てて」

「どうでもいいじゃないデスか、交渉なんて。みんな殺しちゃいマショウよ」


 極論に聞こえるが、ホンの気持ちもわからないでもなかった。


「その、”神の御子”とかいう連中、何者なんだ?」

「聞いたことない?」

「ない」


 率直に言う。もっとも、人類が一枚岩でないことくらいは知っていた。現代においても、カルトやテロリスト、ならず者の集団は存在している。

 “終末”後、少なくない人々が、この国の伝統的なルールや法律を嫌って、自分の王国を築いたという。その多くは子供たちを兵士か奴隷のように扱うもので、うまくいった例は少ない。今回相手にするのは、その例外ということだろう。


「よくわかんないけど、新興系らしくて。”みらい道具”の使用を否定しているわ」


 耳を疑った。


「ってことは、自力で”人類の天敵”と戦ってるのか?」


 カントクが深く頷く。


「死んだ人間が生き返ったりとか、……そういうのを生理的に受け入れられない人って、結構いるのよ。きっと子供の頃、『ドラゴンボール』を読まなかったんだわ」

「なるほどな」


 一部のお年寄りがインターネットの存在を否定しているのと同じようなものだろう。そういう考え方の人の集まりがあっても、おかしくはなかった。


「けっこう大きい集落なんだけど、慢性的な物資不足に悩まされているみたい。だから時々こうして、あたしたちみたいなところから物をせびってくるってわけ」

「なんだそれ。”寺子屋”みたいに、協力しあえば済む話じゃないか」


 道理であった。

 ”学園”のような公共施設には、”中央”から、様々な救援物資が送られてくる。これは、近隣に住む人々に無償で提供するためでもあった。


「くれと言われればタダであげるものを、なんだって人さらいまでして手に入れようとするんだ?」

「知らない。でも、きっと彼らなりの理由があるのよ。気持ちの上でも”勝ち取った”形にしたいとか、そういうことじゃない? あたしらは悪魔の技術に身売りした、堕落の象徴、とか……とにかく、そういう感じみたいだし」

「うーむ……」


 理解しようと努力してみる。かなり困難だった。

 猛烈な勢いで車が停止したのは、直後である。

 ホンが、運転席を限界まで倒して、


「着きましたそして寝マス」


 その二秒後には、すぅー、すぅー、という寝息が聞こえてくる。

 時計を見ると、十二時を回ったあたりだ。


「ずいぶん近いんだな」

「一山超えたらすぐだからね」


 カントクの言葉に、思わず顔をしかめる。


 ――この”学園”、テロリストとご近所さんなのか。


 嘆息を一つ。

 そして、車のドアを開く。


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