五話『学園祭について』

その1

 ・学園祭を楽しむための“お・か・し”。

 その一。おさない。

 その二。かけない。

 その三。しにんはださない。

 以上


 ――はめを外しすぎない程度に、めいっぱい楽しみましょうね。

 “園長先生”より


 ▼


 《ドン・キホーテ》が、使い古された横断幕を掲げている。

 そこには、


『ハロー! 春祭』


 と、書かれた文字。

 ”学園”では、通常の学校でいう文化祭に相当する行事を、年に二度行う。

 そのうち、五月頭に行われるものを”春祭”あるいは”新入生歓迎祭”と言い、新たに”学園”へ入ってきた生徒を大いに歓待するのだ。

 運動場には、所狭しと屋台が並んで、ずいぶん賑わっている。

 近隣の村に住まう人々が、老若男女問わず集まってきているためだ。

 この時代、”中央”の外で生きる大人がいたならば、その動機はたった二種類しかないという。

 一つ、自らの手で子を育てたいと願う親。

 二つ、人類の生活圏を広めんとする冒険者。

 前者は子供を守るため、後者は自らを守るため、心身ともに壮健であり、銃器の扱いに長けていることが最低条件とされている。

 そんな気合の入った大人たちが集まれば、どうなるか。

 当然、ちょっとした騒ぎになる。

 つまるところ、ジョカンが目にしているのは、そういう光景であった。

 よく言っても馬鹿騒ぎ、悪く言えば、……なんだろう。


 ――海賊の宴、だろうか。


 通り過ぎる大人たちの顔は、みな一様に赤い。だが、子供に絡んでいる大人は見られなかった。酔いに身を任せながらも、そこは一線を引いているのだろう。


「はーい! みんなぁーっ!」


 底抜けに明るい声が聞こえる。見ると、生徒会長が新入生を集めているようだ、

 本年度の入学生は二十三人。その大半が、十歳から十一歳の児童である。


「こっち並んでやーっ!」


 声に従って、子供たちがぞろぞろと歩いていく。


「今から名札配るからな。これつけてると、屋台でサービスしてもらえるし、なくしたらあかんで!」


 笑みを浮かべる生徒会長に、新入生たちはそれぞれ顔を見合わせた。

 その表情は、大人たちとは対象的に、暗い。

 親元から離されて間もないのだ。無理もなかった。

 彼らが再び家へ帰るには、夏季の長期休暇を待たなければならないだろう。

 そこまで考えて、ジョカンは小さくため息を吐いた。

 自分にはもう帰る家はない。この”学園”が我が家だ。

 そう考えると、急にうら寂しい気持ちが湧いてきた。不安げな新入生たちに感化されたみたいに。

 ポケットから財布を引っ張りだす。

 中には、ずいぶん古ぼけた写真が入っていた。

 両親の写真である。

 二人を亡くしたのは、もう五年も前のことだ。さすがに心の整理はついている。

 それでも、時折こうして感傷に浸ることがあった。


 ――あの日から自分は、前に進めているだろうか?


 自問する。答えは出ない。

 ふと、話しかける声があった。


「や、一条くん」


 生徒会長だ。写真をそっと財布の中へ戻す。


「ほら、君の分や」

「――は?」


 その手には「いちじょう かんたろう」と書かれた名札があった。


「君かて新入生やろ」

「……いりません」

「文句いいなや。これつけてるだけで、結構サービスしてもらえるんよ? 焼きそばに目玉焼きが乗ったりする。最高や」


 生徒会長が、強引に名札を押し付ける。


「ほな、うちは仕事あるさかい。暗い顔せんと、愉しんでや」


 ジョカンは少しだけ顔をしかめて、


「了解です」


 と、応えた。

 どうやら、見られていたらしい。


 ――気を遣わせてしまったか。


 手書きの名札を見ながら、ジョカンは深くため息を吐いた。


 ▼


 目的を定めず、ぶらぶらと出店を巡っていると、聞き慣れた男の声が聞こえてくる。見ると、”鬼ごっこ部”の屋台だ。


「……よう」

「おお、ジョカンか!」


 立花京平は、大喜びで関係者用ブースに招き入れてくれた。


「どうだ。何ぞ、面白い店はあったか?」

「……ああ。“ゴミ拾いスカベンジ部”が映画のDVDを売りに出してたな。けっこうなレアモノがそろってたぞ。フジテレビ版の吹替が完全収録された『ターミネーター2』とか。ゾンビ関係のパニックで発売延期になってたやつ」

「映画かー。興味ねーなー」


 悪くない演技をするくせに、こういうとこ、この男は妙に淡泊だ。


「あとは“ミステリー研”だな。今時珍しい、自費出版の小説を出していた」

「あー。あそこなー。部長がイカレてんだよなー。可愛いんだけど。暇なとき、いっつもゾンビの生首に話しかけてるんだぜ」

「物書きなんて、たいていどうかしてるもんだろ」


 言いながら、頭にはホンの顔が浮かんでいる。


「それと、“料理研究会”だが、ゴキブリの串焼きを出してるみたいだった。……あいつら、なんで頑なにゴキブリ食わせようとしてくるんだ?」

「今みたいに豊かな暮らしが続くと思ってないだろ。第二種保護区域出身の奴らは、生のネズミかっ食らって生きてきたっていうからな」

「そうなのか……」


 第二種保護区域。――現在から遡ること八年前、望まずに“中央”の壁の外へと追いやられた人々。

 “終末”以降、生き残り全員に行き渡るはずだった常温保存可能な多くの食料が、一部の人々の懐へ消えてしまった時期がある。そのしわ寄せをもろに食らったのが、後に第二種保護区域出身と言われる人々であった。

 彼らは常に、人間の最も醜い部分を目の当たりにして生きてきた。公的な保護を受けられる身分になった現在においても、その心の傷が癒えることはないという。

 なんとなくゲテモノ喰らい集団のイメージが定着していただけに、“料理研究部”に申し訳ない気持ちになった。


「だとしても、もっと他の、……ゴキブリ以外の選択肢もある気がするが」

「まーな」


 ジョカンは話題を切り替える。


「それで? “鬼ごっこ部”の調子は?」

「くっくっく。よくぞ聞いてくれましたっ!」


 京平は、待ってましたとばかりに、お菓子の缶を持ち上げた。


「朝から三時間で、これだ!」


 中には、乱雑に放り込まれた紙幣が入っている。九年ほど前に発行された、天照大御神が印刷されたやつだ。“中央”のレストランでも使える、本物のお金である。

 一時期は物々交換の時代まで逆行していた人類も、ここ最近はずいぶん文化的な暮らしを取り戻してきていた。


「しかも、これだけ稼いで材料費いくらだと思う?」

「そういう言い方をするなら、たいした額じゃないんだろうな」

「その通り! 俺様の商才に感服せよ!」


 ジョカンは、改めて屋台前に掲げられたのぼりを見る。

 そこには、「かいじゅう焼き」の文字があった。

 かいじゅう焼きといっても、大層な料理ではない。もやしとキャベツと、いくつかの調味料を混ぜた”怪獣”の肉を、鉄板で豪快に焼いただけの代物だ。

 ただ、ここの肉は脂がのっていて、軟らかいことが評判を呼んでいるらしい。出店の中でも、頭一つ抜けて客が並んでいた。


「……その”怪獣肉”とやら、どこで仕入れた?」

「おまえもよく知ってるヤツだよ」


 意味深に笑う京平。


「なに?」

「仕留めたのは、お前さ」

「俺?」

「所沢周辺で怪獣を倒したっつってたろ。夜に”映画部”が大慌てで撮影に出て行った日があったじゃないか」

「……ああ。か」


 同時に、鮮明に記憶が蘇る。


 ――車のライトに照らされた、巨大な“怪獣”の顔。

 ――高速道路でのカーチェイス。

 ――そして、とどめに放った《ビーム》と、焼け焦げる怪獣の頭部。


「お前から怪獣退治の話を聞いたとき、すぐに”ロボット”の手配をしてな。今日のために、怪獣肉のいいところを、ちょちょーっと、拝借させていただいた」

「ああ、なるほど」

「使わなかったところはちゃんと処分しといたからな。ありがたく思え」

「うむ。助かった」

「はっはっは。いいってことよ」


 あの”怪獣”の死骸は、いずれ処理せねばならないと思っていたところだ。


「しかし、肉は安全なんだろうな?」


 念のため訊ねるが、今どき怪獣食自体は珍しくもない。不思議なことに、種類から形まで全く別個体に見える“怪獣”肉は、牛肉や豚肉などに負けず美味であることが多いという。

 ”終末”以降、多くの人々がタンパク質不足と無縁で居られたのは、こうした怪獣食の文化を早期に身につけられたことと無関係ではない。


「大人向けの分は”ロボット”でスキャンもしたし、試食もやった。問題なかったぜ」

「ならいいが……待て。?」

「ああ。子供向けのは、ちょっとだけ冒険させてもらってる。怪獣の中身を調べたら、火炎を発生させているらしい袋状の器官があってな。食ってみると、けっこう美味いんだ、これが。……ただ」


 同時に、屋台の方から、「おおっ!」という歓声が上がった。

 かいじゅう焼きを食べた生徒の一人が、口から火を噴いているところだった。


「……十人に一人くらいの割合で、ああなる」

「大問題じゃないか」

「なあにすぐ収まる。それに、食う方も了承済みだ」


 確かに、火を噴いている生徒は、むしろそういう役回りになった状況を愉しんでいるように見えた。


「まあ、これからの食文化には、ちょっとしたエンターテイメント性も求められるということだ」


 京平は、けらけらと笑う。


「で、どうする、新入生さん? 今なら並ばず一皿、サービスするぞ」

「いや、遠慮しとくよ」


 大喜びで腕をふるおうとする友人を制する。


「かいじゅう焼き自体は嫌いじゃないんだが。――生前のこいつがひり出した、山のようにデカいクソを見たあとだからな」


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