第5話 マレビトと世界と

 結局夕方になるまで延々と魔法制御の訓練は続けたが、威力を抑えて放つ、のは大変難しい。という結果しか出なかった。その変わり目的と定めた場所まで一直線で光が走り、目標地点を「動かす」事で対象を「斬る」事ができるという訳の分からない特性が発見された。

「……ワードマジックってこーいうもの、だから」

とはエルの弁だ。

帰り道、夕食の材料になりそうな首長兎を見かけ、エルが身を低くするよう手で支持する。

「ジン……あそこ、見える?」

「……あの……兎?みたいなの?」

 陣からすると、それはなかなか正体不明な生物だった。全体的に兎に似た特徴を持っているが、その大きさはテレビで見たトナカイ程の大きさがある。比較的長い首の先にある頭と、発達した後肢は間違いなく兎のそれだ。

「あれはスカウト・ラビット……あれ狩って、夕食の材料にしよう?なるべく傷つけないで、上手く狩ってね?」

改めて、陣は獲物の様子を見る。ふわふわの毛皮が全身をくるんでいて、閃光の魔術では一撃で首を切り落としても、その直後に術の熱量で黒焦げに燃えてしまうだろう。

 エルに教えてもらった事を思い出す。

エレメントスペルは精霊への「呼びかけ」

他の誰かに声をかけるとき、意識して音を強くする必要があまり無い様に、精霊への呼びかけも、無理にマナを乗せる必要はない。

「……たゆたう風よ、意図する位置、時間に置いてその動きを留めよ」

想定するのは、兎モドキの鼻と口を含む範囲、上書きする現実は、その辺りの空気が完全に動きを止める。

効果はすぐに出た、呼吸できず、苦しさに暴れる首長兎はそう時間を立てずに意識を失い、転倒する。「……えぐい」と思わずエルが呟く程度には同情したくなる苦しみ方だった。

 意識を失った首長兎をエルのエレメントスペルで川に運び(エル曰く「こっちはこーいう融通が利く」)木に吊るして本格的にとどめを刺し、首を切って血抜きをする。陣がエルの指示の下で行ったが、ひどく手が震え、2度切り損ねた。見かねたエルが陣の手を取って行う事で、ようやく血抜きが上手くいった次第だ。

「本格的に死ぬ前に血抜きできて良かった」

「う……うげ……」

狩った獲物をしめた、その程度でここまでグロッキーになる男性、というのをエルは見たことが無い。彼よりも体の小さなフービットだって、これ位はやってのけるのだから。

彼女が出会った中でもっとも近いタイプは帝国貴族だろうか。あれほど選民意識は持っていない様ではあるが。

 その時、がさがさと茂みが揺れる。血の匂いにつられてヴェルヴが来たかとエルが身構える。

「よー、誰かいんのか?」

茂みの中から出てきたのは、硬皮鎧を身に纏い、腰に二つ折りにしたスピアを背負った灰金色をした髪の男。

「ってエルか、珍しいな、狩りだなんて」

「私だって……食べ物は必要、グルス」

グルスと呼ばれた男は、エルの隣で自分を見ている見慣れない男に目を向ける。

「ほーほー……なるほどなー」

「……なに?」

にやにやと笑みを浮かべるグルスに、エルが訝し気に問う。

「いやなに、森の魔女にもよーやく春が……」

次の瞬間、エルが手にする杖が、グルスの頭に叩き落された。


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「……という訳で、こいつはグルス。この辺の集落を回って傭兵の真似事をしてる山賊モドキ」

「ひでぇ!?」

雑な説明に、グルスが抗議の声を上げるが、エルはそれを華麗にスルー。

「どうも、ジン・ソウガです」

「ジン、な?俺はグルス・ザーラント、以後お見知りおきを……ってか?」

いつの間にか一緒にスカウトラビットの解体をやりながら、グルスが破顔一笑する。

「にしたって……その年齢で獲物をしめるのも解体も出来ない……か、お前ほんとは帝国の貴族か何かなんだろ?」

「俺の覚えてる事は、話したことで全てですよ」

 近くの大きな帝国の都市で、戦争捕虜として殺されそうになっていた所をなんとか外に出ることが出来、左目を射抜かれて川に落ちて流された所をエルに助けられた。実際どれも起こった事だし、嘘は言っていない。

「あ~……よーもまぁ、生き延びたもんだなぁ」

心の底からしみじみと、と言った感じでグルスが言う。

「……銀髪の……竜使い……」

逆にエルは、彼女……この世界で最初に出会った銀髪のあの子の話を聞いて、何事か考え込んでしまう。

「しかし……帝国の領土拡張がここまで……とはなぁ」

「寧ろ去年一昨年の不作で足踏みしてた、とみる方が正しい……かも」

はぎ取った皮から丁寧に脂身をこそぎ落としつつ、エルとグルスが周辺状況の話を始める、陣には何が何やらほとんど判らなかったが……

「戦争が……あるのか?」

陣の発した言葉に、二人の視線が集まる。

「違う」

否定の言葉を発したのはエルだった、その言葉に、陣は内心安堵のため息をつく。

が、その希望はもろくも突き崩される運命にあった。


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 エルとグルスから聞いた周辺の状況は、この世界の事を良く判らない陣でも悪いだろう、と判断できるものだった。

 この大陸の半分を占める巨大な国家、アーティルガ帝国。大陸東端から西進を続け、大陸制覇を掲げて進撃する新進気鋭の国家で、長い事侵略戦争を続けている。

 この大陸の東は湿地帯が多く、作物を育てたり、大きな集団を維持するには向いていない。だが、そこで一つの国家が出来上がってしまったから、彼らは生存のために西を目指した。広大な平原を持つ中原、ひたすらにそこを目指す。その過程で他の国家、集団を取り込み、帝国となり……侵略と停滞の繰り返しは、国家の軸を歪ませるには十分な時間を与えた。

「……で、帝国で亜人の迫害が始まったんで、俺らがエルを始めとした亜人たちを帝国の外へ逃がしたって訳だ」

けど……とグルスは続ける。巨大化し続ける帝国の影響が全く無いわけでは無い。帝国に影響され、亜人を迫害する風潮は、世界各地で芽生えている。

「特に……エルの種族は……」

少し口ごもるグルスに「いい」とだけ呟くと、エルは陣の目を見て告げる。

「私は半精半人エルム……“混ざりもの”の魔術師だから」

その口調には、ほんの少しだけ、寂しさが混じっていた

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