月とベランダ
あたしは実家暮らしで、草太はひとり暮らしだった。あたしは家に帰りたくないから、たびたび草太の家に泊まった。漫画を読んだり、ゲームをしたり、くだらない話で笑いあったり、そんなことばかりしてよく時間を潰していた。
大学4年の冬、国家試験の1ヶ月前はもう殆ど同棲のような生活だった。と言っても、あたしはひたすら勉強して、授業をサボって寝てばかりいる草太が、かいがいしくあたしの身の回りの世話を焼いてくれる、そんな日々だった。
いよいよ試験勉強も大詰めというとき、張り詰めていた何かがぷつんと切れて、あたしは訳もなく大泣きした。あたしは何もかも完璧にこなさないと不安なタチだった。ひとつの綻びから、すべてが簡単に崩れ去ってしまうことを、小さい頃からよく知っていたからだ。だけど完璧にも限界があった。もう勉強したくない、もう何もしたくない、もう駄目だ、もう嫌だ。あたしは草太の前で幼い子どものように、声をあげて泣きじゃくった。
草太はばかだから、おろおろしながら「そうだ焼肉を食べよう」と言った。あたしも草太も貧乏学生だったから、焼肉に行くお金なんかどこにもないよと言うと、草太はあたしを近所のスーパーへ連れ出した。草太の高校時代のジャージとスウェットを借りて、クロックスを引っ掛けてふたりで手を繋いで歩いた。
外国産の安い豚バラ肉をたくさん買って、ホットプレートで固い肉を焼いて腹いっぱい食べた。煙が散らかった部屋中にたちこめて、火事みたいだとふたりで声を出してげらげらと下品に笑って、あたしは泣いていたこともいつの間にか忘れていた。今まで食べたどんな料理よりも、あの固い豚肉が一番美味しかった。
それから草太は、あたしの大好きな三ツ矢サイダーとスーパーカップのバニラ味を冷蔵庫から取り出して、お風呂を沸かした。特別だからねといたずらに笑って、湯船につかりながら二人でそれを食べた。なんだかとっても悪いことをしているみたいで気分が良かった。
お風呂上がり、ベランダで煙草をふかす草太の肩に、あたしは寄り添った。あの夜は月がとても綺麗だったのを今でもよく憶えている。だけどあたしはそんな恥ずかしい感想を口には出さなかった。
ベッドの中で、草太はあたしが泣き疲れて眠ってしまうまで頭を撫でてくれた。あたしが寝付くまで、何度も「好きだよ」と言ってくれた。あたしは赤ん坊のように眠りについた。
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