nothing hurt

げじげじ

 その人は、私が子供の頃からそこに居た。

 彼は私のお世話をしてくれた。服を着替える時は手伝ってくれて、お母さんが忙しい時はご飯を作ってくれて、寂しい時にはそばに居てくれた。

 彼は何も食べなくても動けて、睡眠を取らなくても元気で、いつの日も同じようにそこに居てくれた。

 赤ちゃんの時から一緒だったけど、私がどれだけ歳を重ねても、その人は全く変わらなかった。

 その人がアンドロイドと呼ばれている事を知ったのは、幼稚園を卒業する間近のことだった。

 ある日、私は生まれての初めての失恋を経験した。

 同級生の好きだった男の子に、彼女が居たのだ。

 小学生にしてはおませさんだったかもしれないけど、当時の私は本気だった。

 部屋に閉じ籠もって、泣いて、泣いて、泣いた。

 泣き止んでも、また思い出して泣いて、また泣き止んで、また泣いた。

 暫くすると、部屋をコンコンと軽くノックする音が聞こえた。

 布団にくるまって無視していると、ドアは勝手に開いて、アンドロイドが部屋に入ってきた。

 主人の許可を得ないと行動できないはずの彼が、独自に行動したのだ。

 驚いた後に、泣きすぎて目が腫れていることを思い出して、私は彼を追い出そうとした。

 でも彼は何を言っても聞かなくて、黙々と私に近づき、ぎゅっと私の体を抱きしめた。

 ひんやりとした彼の体は、とても大きくて、とても安心した。

 気づいた頃には、涙はやんでいた。

 思い返すと、彼が私の命令に背いたのはあれっきりだ。

 それから私は、友達ができて、恋人ができて、社会人になって、結婚をして、子供が出来た。

 彼はその間も、全く変わることなくそこに居た。

 私にしてくれたように子供達をあやしたり、夫にお酒を注いだり、私と一緒にお皿を洗ってくれた。

 そしてまた、ゆっくりと、確かに、時は進んでいった。

 子供達は社会に出て、私にはシワが増え、夫は病気で逝ってしまった。

 それでも彼は、全く変わることなくそこに居た。

 けれど、私にも最後の日が来る。

 息子たちへ私の容態を伝える電話を終えて、彼は私の枕元へ座る。

 何かしてほしいことはないかと、彼が聞いた。

 そばに居てと、私は言った。

 手を握っていいかと、彼が聞いた。

 お願いするわと、私は言った。

 日が傾いて、部屋の中が真っ赤に染まるまで、彼は私の手を握り続けた。

 好きだ。

 彼がポツリとそういった。

 私もよ。

 少し驚いた後、笑いながら私もそういった。

 胸の中が幸せに満ちると、ふっとまぶた閉じた。

 最後の瞬間、私の頬に冷たいものが触れた。




 とある古い墓地に、二人の少年と少女が立っていた。

 彼等の視線の先には、苔に覆われた墓石と、同じく苔に覆われた人の形をした何かが、繋がるようにそこにあった。

「お疲れ様」

 彼等はポツリとそう呟いて、手をつなぎながら、墓地を後にした。

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