とある女子高生の回想③【最終話】

 触手に餌を与えた翌日、私はログハウス周辺を散策してみた。


 針葉樹の森林を進んでいくと、川を発見できた。池や滝もあった。魚も棲んでいる。

 果樹も発見できた。アスレチックも設置されている。まるで森林リゾートだ。


 ただ、その先はかなり高い岩場に囲まれており、足を進めることはできない。ほぼ垂直な崖だ。登ることも不可能だろう。


 その岩壁が私の檻だった。




     * * *


 私と同じ家に暮らす白い子どもだが、彼女(彼)のことを「シロちゃん」と呼ぶことにした。本当は別の名前があるのかもしれないけど、今のところそれが分かる証拠は発見できていない。


 それでも何度も呼んでいるうちに、彼女は自分の名前であると認識してくれるようになった。

 私が「シロちゃん」と呼ぶと、小さな足でぺたぺたと走ってくる。


 昼は彼女と一緒にアスレチックで競争したり、川で泳いだりして遊ぶ。景色のいい場所でスケッチして楽しむこともある。

 夜は彼女と食事をして、同じベッドで眠る。

 妹がいるみたいで楽しい。


 ほとんど言葉を発しない彼女だが、感情はちゃんとあるようだ。撫でるとニコニコするし、無視すると拗ねる。


 無口なこと以外は普通の子どもと変わらないシロちゃんだけど、やっぱり漂う雰囲気はどこか異質な気がする。

 彼女の食事量は私と比べて極端に少ないのに、元気に走り回る。排泄する場面もほとんど見たことがない。

 もしかすると、シロちゃんは人間ではないのかもしれない。


 でも、それならそれでいい。


 シロちゃんはシロちゃんだ。





     * * *


 ある朝、目が覚めると、窓の外が真っ白になっていた。

 雪が降っていたのだ。


「ここって、やっぱ地球なのかなぁ?」


 この場所には季節もあるし、天気も変化する。日本で暮らしていた頃と何ら変わらない。


 ただ、空気は冷たいはずなのに、あまり寒さは感じない。

 おそらく、自分が纏っている奇妙なスキンスーツのおかげだと思う。

 これを着せられて以来、風邪を引いたことがないし、歯みがきしなくても歯周病にならない。ニキビにも困らないし、視力もかなり改善された。


 一度、四肢を動かせなくなった時期を体験した自分にとって、それは最高の贅沢だった。


 この場所にネットやテレビといったメディアはない。友達もいない。けれど、今やそんなのどうでもいい。


 これは日本での生活を引き換えに入手した、新しい自由なのだ。





     * * *


 玄関を開けると、シロちゃんが雪原を走り回っていた。雪が珍しいのか、新しい玩具を与えられた子どものようにはしゃいでいる。


「寒いのに元気だなぁ、シロちゃんは」


 一方、触手生物は木の下で縮こまっていた。こちらは寒いのが苦手らしい。いつも宙をうねうねとする触手が静かに固まる。

 私はそれを軽く撫でた。今はもう、この子の粘液は気にならない。


「あとでご飯をあげるからね」


 これがここの住人たちの日常だ。


     * * *


 餌を与えた後、私はログハウスへと戻った。


 棚からスケッチブックを取り出し、ウッドデッキに向かう。


「スケッチもたくさん描いたなぁ」


 このスケッチブックは日記のようなものだ。

 毎日たくさんのものを観察して、その様子を一枚の紙に閉じ込めてきた。空も、木も、シロちゃんも、あの岩壁も。


 それでも、この場所の正体は分からない。


「でも、まあいっか」


 きっと、考えたところで答えは出ないだろうし、答えを聞いても理解できない気がする。


 でも、大切なのはそんなことじゃない。


 今、私はここでの生活に居心地のよさを感じている。


 私の視線の先には、膝の高さまで積もった雪を掻き分けて遊ぶシロちゃんがいる。

 私は鉛筆を握り、この世界を写生し始めた。




【地球外知的生命体のための、地球人飼育マニュアル】完結

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地球外知的生命体のための、地球人飼育マニュアル ゴッドさん @shiratamaisgod

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