とある女子高生の回想②

「ば、化け物が……」


 自分のいるログハウスを囲む森林に、グロテスクなモンスターが潜んでいる。

 一見するとカタツムリのような外見だが、その体はゾウのように大きい。全身から触手が生えており、私に嫌悪感を抱かせる。

 地球上の生物でないのは明らかだ。


「まさか、連れて来られた理由って……!」


 地球に飛来した宇宙船が人間を拉致していく理由――それは、あの生物の餌にするためではないだろうか?


 そう考えた瞬間、心にあった希望は絶望へと変化した。


 せっかく、動けるようになったのに!

 あんな醜い化け物の餌食になるなんて!


 窓の向こうにいるモンスターと目が合う。ギョロギョロとした黄色の目玉が私の姿を捉えていた。

 私は咄嗟に窓枠の下へ隠れる。全身から冷や汗が滴り、手足が震えていた。


 自分の存在が相手にバレてしまった。

 このままでは食べられるのも時間の問題か。


 恐怖でその場を動けず、へなへなと床に尻を着けた。


 そのとき――


 バァン!


 私の背後で扉が開く。

 外の冷気だろうか、頬に冷たい風が当たった。扉の音と風で私の心臓はビクンと跳ね上がる。私は振り返ることもできずに凍りついた。


 私を食べに、あの生物が扉を開けたのだろう。


 プシャァァァ……!


 恐怖のあまり、私は失禁した。温かい感触が股の間に広がる。


 それから長い時間が過ぎたと思う。

 私に何者かが襲ってくる気配はない。


 不思議に感じ、私は扉へゆっくりと振り向く。


「あ……あなた、誰なの?」


 そこにいたのはあの生物ではなく、人間の子どもだった。

 白い長髪に、白い肌。中性的な顔立ちで性別までは分からない。どこか不気味な雰囲気が漂う。

 それでも自分以外に人間がいたことに私は安堵した。


「ねぇ、何か応えてよ?」

「……」


 しかし、その彼女(彼)は私の言葉に何も反応を示さない。目をくりくりさせて私を見つめるだけだ。

 どうも顔が外国人っぽい。言葉が分からないのだろうか?


 そして、気づいた。


「あなた、外にいたの?」


 彼女の着ている、白いツナギ服。

 それが泥で汚れていたのだ。


 つまり、彼女は外にいたことになる。化け物がうろついている、あの森林に。


「外は危なくないの?」

「……?」


 彼女は首を軽くかしげると、外へ走っていってしまった。


 しばらくして窓から森を見ると、彼女が触手の化け物に何かを与えているのが確認できた。ツナギのポケットから果物のような物体を取り出し、口元の触手へ差し出す。

 あれは、餌付けだろうか?

 化け物は彼女に触手を絡めるも、それ以上の危害を加えてはいない。


 彼女は完全に化け物を飼い慣らしていた。






     * * *


 やがて日が落ちる。

 私はベッドに戻り、深く目を閉じた。


 今日だけで色々なことがありすぎた。


 宇宙船による拉致。

 奇妙なスーツ。

 動けるようになっていた体。

 謎の場所への監禁。

 謎の化け物と子ども。


 頭がパンクしそうだ。


「私、どうなっちゃうんだろ?」


 眠気に体を預け、その日は幕を閉じた。





     * * *


 翌朝、いつの間にかクッキーがリビングに補充されていた。

 私が失禁した場所も綺麗に清掃されている。染みや臭いすら残っていない。


 あの白い子が家事をしているのかと思ったが、どこからかロボットがやって来て掃除しているらしい。

 見たこともないタイプのマシーンだ。プロペラもないのにホバリングできる。それが私の排泄物を吸い、どこかへ消えていく。





     * * *


 今日も白い子は外へ出かけて触手へ餌を与えていた。

 彼女は遠くから様子を観察していた私の手を引っ張り、触手の前へ連れていく。


「ちょ、本当に大丈夫なの?」

「……」


 怯える私に、無言で触手の餌を渡す彼女。これを目の前にいる化け物に与えて欲しいようだ。

 モンスターの巨大な目玉は私を見つめ、餌を握る手へと触手を伸ばす。


「腕まで食べないでよね?」


 ぬるぬるとした温かい感触が腕を包む。必要以上に触手を絡め、私は粘液まみれだ。


「うぅ……」

「……」


 気持ち悪さに声を漏らす私を、白い子はニコニコとした表情を向ける。

 彼らが思ってたよりも友好的だったのは嬉しいが、こんなの体が慣れないような気がした。





     * * *


 結局、宇宙船が私を拉致した理由は分からなかった。

 私を食べるわけでもなく、人体実験するわけでもない。宇宙人と戦うSF映画みたいな展開はなさそうだ。


 もしかして、ここに暮らして欲しいだけ?

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