残されたメッセージ⑤

とある女子高生の回想①

 私は普通の女子高生だった。

 交通事故で全身が動かなくなる前までは。


 部活動からの帰り道。すでに日は落ちていて、視界は悪かった。

 ライトを点さずに走る車に気づかず、私は鈍い音とともに宙へ吹き飛ばされたのだ。いや、気づいていても、この結果は変わらなかったかもしれない。

 相手は飲酒運転だった。






     * * *


 目が覚めたとき、私の全身は痛みと包帯だらけだった。

 消毒液の匂いが漂う病室の中、泣きながら私に寄り添っている母の姿が見える。あのときの母は随分とやつれていた。


 このとき、私は状況を理解できておらず、ベッドから起き上がろうと手を動かす。


 しかし、腕に力が入らない。

 足も同じだった。

 まるで言うことを聞かない。


 担当医曰く「もう自力で立つことは不可能だろう」とのことだった。








     * * *


 寝室の天井ばかりを見つめる日々が続く。

 見舞いに来てくれた友人たちは、私の痛々しい姿に目を逸らした。


 数日後、夫との離婚から女手一つで私を育ててくれた母も交通事故で死んでしまった。

 母は仕事と私の介護を両立できず、睡眠時間をかなり削って生活していたらしい。帰り道、運転中に眠ってしまい、ガードレールに激突したのだ。


 私に夢も希望もなくなった。

 自分の現実に絶望し、涙を流す。

 死にたい。

 担当医が間違って私に毒薬でも投与すればいいのに――なんてことを何度も願った。


 そんなとき、ヤツは現れたのだ。






     * * *


 ある昼下がりのことだった。


「あれが、宇宙船なの?」


 自室の窓から見える巨大な物体。その表面は滑らかで、金属のように黒光りする。


 おそらく、あれがニュースで連日報道していた宇宙船なのだろう。あちこちに出没し、人間を連れ去っているらしい。


 私は逃げることもできず、ひたすら街の上に漂う船を目で追いかけた。


 そして――


 キュオオオン……!


 家の屋根に、大きな丸い穴が開く。吹き飛んだり崩れたりしたわけでもなく、瞬きをした間に壁が消えていたのだ。


 さらに私の体が浮かび上がり、穴を経由して宇宙船へと吸い寄せられていく。


「……別にいいわよ。好きにすれば?」


 自分の体など、もうどうだっていい。

 煮るなり焼くなり好きにしろ。


 自分を捨てた私は、宇宙船に恐怖などあまり感じなかった。









     * * *


 木のふんわりした匂いで目が覚めたとき、私はベッドに横たわっていた。


「どこなの、ここは?」


 目だけを動かして、その場所を観察する。

 木製のインテリア。

 窓の外には森林らしき風景が見える。

 そこの雰囲気はログハウスみたいだった。


「宇宙船に吸い寄せられたのは夢だったの?」


 頭がぼんやりする。

 私は夢を見ていたのだろうか?

 あんなメタリックな宇宙船の中が、こんな北欧的な空間になっているなんてありえない。


 それに、私は変な服を着ていた。紺色のスキンスーツだ。露出部分は少ないが、体のラインが浮き出る。かなりエッチ。

 誰がこんなものを着せたのだろう?


 そのとき、気づいた。


「ど、どうして……?」


 腕が、動く。

 足も、だ。


 顔の前で手を開いたり閉じたりしてみる。久々の感覚だ。思い通りに体が動く。

 やはり、これは夢なのではないか?

 いや、夢なら夢でいい。この感覚をもう一度味わうことができたのだから。


 私はベッドから起き上がり、床へ足を着けた。


「うはぁっ……!」


 私は立ち方を忘れていた。よろけて壁にぶつかり、肩に鈍い痛みが走る。


「ふふっ……あははっ!」


 それでも私は嬉しかった。自然と笑みが溢れる。

 再び細い足に力を込めて立ち上がった。ゆっくりと、壁に手をつけながら歩く。


 扉を開けて寝室らしき部屋を抜けると、廊下の先にリビングが見えた。

 机上にはクッキーみたいな食べ物が置かれている。食べていいのだろうか、と躊躇しつつも、空腹を感じていた私はそれをかじる。甘いような、しょっぱいような味だ。


「ここ、日本なのかな?」


 クッキーを口へ運びながら窓の外を覗く。青空の下、そこに針葉樹で構成された森林が広がっていた。

 自分以外に人間はいないか、と目を凝らして木々の間を見つめる。


 そのとき――


「な、何よアレ!」


 薄暗い森林の奥。

 うねうねとする深緑色の曲線。

 そこに巨大な触手が蠢いていた。

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