第二十九話 「臆病者」





 全てを溶かし、破壊しつづける魔獣(ビースト)と化した須藤 大葉(すどう おおば)の禍々しい姿を見た本草 凛花(ほんぞう りんか)は、過去の【自殺(スーサイダーズ)ランブル】での忌々しい記憶を脳内に呼び起こされていた。




 前回2人が対峙した際、凛花はなんの苦もなく彼に火球を投げつけて火だるまに変えた。もがき苦しむ彼の姿を見て「もう終わりだろう」と楽観していたことを、彼女は未だに後悔し続けている。





 須藤はその時、全身が焼かれる苦しみの中で本能的に「水分」を欲しがったのだろう。彼は無意識に【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】で作り上げた自分の毒液を体内に取り込み、偶然にもその能力に隠された【裏技】を発動させてしまったのだ。





 【地獄の階段 (ステアウェイ・トゥ・ヘル)】の効果によって須藤は、獰猛に、残虐に、見境無く暴走を続け……わずか10分で30人もの参加者を敗退させてしまった。





 飛行能力を使ってどうにか難を逃れた凛花はその地獄絵図を上空から見下ろしつつ、思わず恐怖で呼吸をしばらく忘れた。





 豪腕で首をはね飛ばし、毒液で人間をアイスのように溶解させ、阿鼻叫喚を作り上げるその姿は鬼とも悪魔とも形容できない……まさに"獣"。




 裏技の効果が切れてその反動で満身創痍になった彼に対し、再び炎で確実に息の根を止めた瞬間……彼女はこの戦いに参加して以来初めて、安堵で全身の力が抜けた感覚を覚えたという。





 そして……凛花にとって恐怖のシンボルであった魔獣(ビースト)が……今再び、その目の前に現れたのだ……





 しかも……前回、須藤の能力がLv1だったことに対し……今回は……





 Lv2なのだ。









 ■■■第二十九話 「臆病者」■■■









「ウシュブロォォォォォォォォッッ!! 」





 SF映画に登場するクリーチャーを思わせる雄叫びを上げるその姿から、今の須藤にはボクと瀬根川さんを味方だと判断する思考は残っていないことは明らかだった。今までの経験上、須藤さんはなんらかの手順をこなして裏技を発動したのだろうことは予想がついた……





 あの凛花さえも恐れる須藤さんの隠された力……この状況は吉(きち)と見るか凶(きょう)と見るか、今はまだ分からない。





「まるで冬眠からムリヤリ起こされたヒグマじゃな……まぁ、ワシはそれにも勝ったコトがあるがな」





 そんな須藤さんを前にしてさえ、余裕の態度で戦闘態勢を作る雷蔵。





「ホアッッ!!!! 」





 そして気合いの咆哮と共に俊足で踏み込み、【風】の能力を発動させて地面に紋章を作り上げた。さっきと同じように、須藤さんを真上に吹き飛ばすつもりなのだ! 





「ブグルァッ!! 」





 しかし、魔獣(ビースト)状態でもその戦いの本能とセンスは残っているのか、紋章を避けるようにジャンプしつつ、逆に雷蔵に対してカウンターを叩きつけようと拳を振り上げていた! 早い! 早すぎる! 





「読んでおったわ! 」





 しかし、雷蔵も一筋縄ではいかない! その空襲に合わせて今度は【縄】の能力を使い、髪の毛を伸ばして須藤さんを拘束! そしてそのままハンマー投げの要領で振り回してそのまま地面に叩きつけてしまった! 





「フン! 他愛もない! 」





 魔獣(ビースト)相手にも一切動じない攻撃で須藤さんを地面にめり込ませた雷蔵は、拘束した髪の毛を解こうと首を振った。……しかし





「ん? おかしいのう……髪が解け………………ウグアァァッ!!?? 」




 先ほどの攻撃は、須藤さんにとってはトカゲが体の上を這ったぐらいの感覚でしかなかったのだろうか? 一切のダメージを感じさせずに、雷蔵から伸びた髪のロープを逆に引っ張り、そのままお返しとばかりに振り回して叩きつけ、今度は雷蔵が地面にめり込んでしまった……! 





「強い……」





 さっきは軽々と蹴り飛ばされてしまった須藤さんだったけど、今度は逆に雷蔵を子供扱いだ。





 圧倒的……破壊的……残虐的……それらの要素を混ぜ合わせて煮詰めたような須藤さんの戦闘力に、ボクは目が離せなくなってしまっていた。





「おい舞台! 」


「へ? 」





 瀬根川さんの呼びかけで、ボクはようやく意識を現実にシフトする。何をやっているんだろうボクは……須藤さんに自我は残っていないかもしれないと予想をしていたのにそのことをすっかり忘れていて、今まさに魔獣(ビースト)状態の彼が、ギョロついた視線をこちらに向けていることに気がつかなかったのだから……





「グバラブシャァァァァッ!! 」





 時すでに遅し。





 信じられない……信じたくなかったけど……開けっ放しの口から唾液を垂れ流しつつ、知性を感じさせない猛声を上げてこちらに飛びかかってきたのは、紛れもなく須藤さんなのだ。





 "やられる"





 本能的にその言葉が頭に浮かび上がったその瞬間、目の前が光に包まれ、強烈な"熱"を皮膚で感じ取った。





「逃げて!! 」





 逃げて……? 





 須藤さんの前に立ちふさがり、全身に炎を纏った"人の形をした何か"が、確かに今そう言ったのだ。





「ハアアアアッ!! 」





 その正体は、状況から察して本草 凛花(ほんぞう りんか)であることは間違いない。





 背中から悪魔の羽を思わせる炎の柱を噴出させながら、彼女は大砲のような大規模な炎の球体を須藤さんに直撃させた! 





「ウグァァアアアァアッ!! 」





 火球によって遙か遠くまで吹き飛ばされた須藤さん、そして凛花はその後を飛行能力を使って追いかける! 





 まるで世界観の異なる戦いを繰り広げる2人を、ボク達はただ突っ立って見守ることしかできなかった。





「どういうワケか知らねぇけど……あの凛花に助けられちまったみたいだな」


「はい……でも、須藤さんがあのままじゃ……! 」


「大丈夫だ! 今のところは須藤のコトは考えるな! 」


「でも……」


「舞台、想定してなかった事態になったが……どうやら上手い具合に念願の状況が出来上がったぞ」





 凛花と須藤さんがこの場から消え……この場にいるのはボクと瀬根川さんと、地面にめり込んだ体を起きあがらせている雷蔵のみ……確かに今、ボクたちは宿敵との対決に集中できる状況にある。





「フフッ……なるほど、30人を敗退させたって話は本当だったようじゃのう」





 雷蔵はボクたちのコトなんてまるで眼中にないという態度で独りつぶやき、凛花たちがいる方へと興味を移した。多分、彼も追いかけて須藤さんと戦おうとしているのだろう……





 マズイぞ……このままでは、この場から逃げられてしまう上に、凛花と共闘して須藤さんが敗退させられてしまうかもしれない! 





「舞台! 」


「は、はい! 」





 ボクの焦りを察したかのような瀬根川さんの息を殺した力強い口調に、いよいよ雷蔵を倒す為の"作戦"が開始されることを予感させた。





「やるぞ! 腹をくくれ! 」


「はい! 」


「まずは……………………」





 瀬根川さんはボクにそっと耳打ちをし、その作戦の全貌を手短に説明してくれた……





 そして全てを聞き終え、理解し、その作戦を実行しようと雷蔵を見据え、ガタガタ震えそうになる体を必死に押さえ込んだ。





「……行きます……瀬根川さん」


「ああ……頼んだぞ。舞台」





 その案は、確かにボク達でも雷蔵を敗退させるコトができる方法だったが……ハッキリ言って成功する確率の方が遙かに低そうな一か八かの賭けだと思った……





 でも、成功すれば確実に勝利……仲間の名誉の為……ボク達自身の矜持(きょうじ)の為に……ここはやらないという道を選ぶことはできない。





 現実に絶望し、死語の世界でようやく手に入れた"自尊心"を、ここで無駄にはしたくない……!! 





 ボク達の"死ぬ気"を雷蔵に見せつけてやるんだ! 





 お前の全てを打ち砕いてやる!! 









 かくして、舞台と瀬根川による"神成打倒作戦"が開始された。チャンスは、凛花と須藤がやり合っている今だけ……ミスは許されない。少しでも不備が生じれば、その時点で"生あるのみ"である。





「雷蔵!! 」





 舞台が喉がはち切れんばかりの大声で宿敵の名を呼び、注意をこちらに引きつけた。





「……なんじゃお前ら? まだここにおったのか? 」





 雷蔵にとって、もはや舞台たちの存在は周囲を飛び交う蝿と同格だった。うっとおしいことは確かだが、ほっといても別に問題ない。その程度の扱いだった。





 舞台は、そんな彼の態度に少し苛立ちを覚えるも、感情を抑えつつ「あなたに話があります」と言いつつ、"ある物"を雷蔵にゆっくり投げ渡した。





「なんじゃい? 」と、舞台に投げつけられた"物"を右手でキャッチした雷蔵は、それが金属製の"鍵"であることを確認する。言うまでもなく、舞台達強奪チームが決死の想いでれ~みんマウスから奪った、あの世への扉を開ける為の"鍵"だ。





「雷蔵、それはこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】に優勝しなければ手に入らない鍵……それをあなたにあげます! だから……ボクたちを見逃してくれませんか? 」





 舞台は右手に握っていた刀を地面に落としつつ、暴君ネロでさえ哀れみを抱くかと思うほどに、弱々しく、情けない表情で膝を付きながら、雷蔵に懇願した。





「俺からも……お願いします……」





 瀬根川も舞台と同じように、"土下座"で雷蔵に許しを請う……その姿は、見る者によっては不快感を覚えるほどに惨めで滑稽だった。





「……はぁ? 何を考えとるんじゃお前ら? 」





 雷蔵はアスファルトにこびりついたガムを見るような目で2人を見下し、苦笑する。





「ワシは始めっからお前らなんぞに興味はないわ。それにワシは自殺遊園地(ここ)での戦いを楽しんでいるだけじゃい。凛花ちゃんや須藤との死合いが済めばリタイアしてまた現世に戻るわ! こんな鍵渡されても迷惑なだけ! 返してやるからお前らで使え、そして勝手に死ね! 」





 雷蔵は【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の参加者全ての魂を侮辱するような言葉を吐き捨てた。自分勝手に場を荒らして、用が済んだらただ帰るだけ……それはあまりにも許し難い行動と態度だったが、舞台と瀬根川は怒るどころか、その言葉を"待っていました"とばかりに不敵な表情を浮かべていた。





「あんたが想像通りの奴で良かった……」





 瀬根川はボソリと小さな、しかし力強く芯のある発音でそう呟くと、この無謀な作戦の口火を切る"一つの言葉"を発した!! 





「解放(ロール・オン)!! 」





 雷蔵はその瞬間、右手に電撃のように走る"痛み"と、飛び散って顔に貼り付いた"血液"の生温かさと共に、胃の奥から徐々に熱が頭に昇っていく感触を覚えていた。





「……ぐうッ!!?……」





 雷蔵の右手には、刃渡り50cmはある格調高い装飾の洋剣が、手のひらから甲に向かって貫かれていた。





 舞台が雷蔵に渡した"鍵"が、瀬根川の【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】によって"武器化"したのだ。鍵は爆発するように一瞬で剣の形に変化し、それを包んでいた右手に大きな風穴を開けてダメージを与えることに成功した! 





 瀬根川はこの時、あわよくばそのまま頭を貫いて即敗退させるという淡い期待を抱いていたが、さすがにそこまで雷蔵は甘くはなかった。彼は瞬時に危険を察知し、刃が急所を貫く危機を回避したのだ。





 しかし、そうなることも、舞台と瀬根川にとって想定内。"作戦"の本質はここからにある。





「……フフ……なるほどな……」





 血液に染まった自身の右手を見つめながら、雷蔵は自嘲気味な笑いを含んだ言葉を発し、すぐさま突き刺さった洋剣を左手で引き抜き、そして……





「ぬうぉおおおおおおおお!!!! 」





 怒号の込められた叫び声と共にそれを瀬根川に投げ返した!! 





「解除(ロール・オフ)!! 」





 その反撃も予想していたのか、瀬根川は冷静に能力を解除して洋剣を鍵に戻し、それをキャッチする。





「頼むぞ舞台!! 」


「はい!! 」





 そして舞台は瀬根川をおんぶの体勢で背負い、風の紋章を左手で作って上昇!! 2人は"とある場所"を目指しつつ、空を飛んで雷蔵から逃走した! 





「じゃあなクソッたれじじい! せいぜいバトルを楽しめや! 」





 瀬根川に捨て台詞を吐き捨てられながら独り残された雷蔵。彼は舞台たちが消えた夜空をボーっと眺めつつ、自分が犯してしまった油断による失敗を振り返っていた。





 失敗その①

 まず、舞台と瀬根川を完全に見くびっていたこと。


 本来ならどんなにちっぽけな対戦相手にも全力で叩き潰す主義の雷蔵も、凛花と須藤という強大な存在を目の当たりにして舞い上がり、すっかり他のことへ注意がいかなかくなってしまっていた。





 失敗その②

 舞台たちのトリックプレーに気がつかなかったこと。


 雷蔵は、物体を刀や剣に変化させる能力のことは認知していた上、直前に瀬根川に投げつけられたナイフから判断して彼がその能力者であることには見当は付けていた。


 しかし、その変化させる物体がこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】を制した者のみ手に入れることができる"鍵"だったことにより、それが武器へと変化させる"媒体"かもしれない。という懸念の意識が薄れてしまっていた。


 おまけに、その鍵を投げつけたのは[風]の能力を使っていた舞台。武器化の可能性など微塵も予測出来なかった。その上、彼が持っていた武器を放り捨てたことも"戦意喪失"の演出を際立たせて雷蔵の判断を鈍らせていたのだ。





 これら一連の流れは、舞台たちが全て意図して行っていたワケではなかったが、雷蔵が彼らに"一杯食わされた"ことは確かな事実である。





 雷蔵の立場からして、目の前から消えた2人を黙って見過ごしても全く問題は無かったが、彼も"闘士(ファイター)"であり、プライドがある。このまま右手に穴を開けた相手を無かったことにはできない。





「確かにワシはミスを犯した……この痛みは未熟な自分自身への戒めとして受け取っておこう………………だがな! 」





 雷蔵は舞台と同じく、[風]の能力を使って地面に紋章を作り、2人の後を追うように舞い上がった! 





「お前らに教えなきゃならんな! ワシを"怒らせる"という最大最悪のミスを犯したことをぉぉぉぉッ!! 」





 ロケットのように夜空へ射出された雷蔵。その怒りで張り裂けそうになった鬼の形相を、舞台に背負われた瀬根川が確認した。





「来やがったぜ! あのじじい!! 」


「はい! 作戦通り! 」





 舞台たちの作戦の第一段階。それは"雷蔵を怒らせること"だった。彼らはひとまずここまで予定通りに事が進んでいることに安堵し、それと同時に迫り来る強敵の確かな存在感に緊張を募らせた。





「うおおおおォォッ!! 」





 雷蔵は高層のアトラクションに[縄]の能力を使った髪のロープをくくりつけ、振り子のように勢いを付けて移動し、どんどん舞台たちとの距離を縮めていく! 





「チェストォォォォ!! 」





 そしてあっという間に攻撃範囲まで近づいた雷蔵は、その勢いのまま電撃を纏った跳び蹴りを2人に浴びせようと接近! 





「舞台! 」


「はいッ!! 」





 電撃蹴りが2人に命中する一歩手前で、舞台は【裏技】である風のシールドを発動させた! 彼らを球型に包み込む烈風の盾は防御と同時に空中から着地する際のパラシュートの役目を果たしている。





「バシィッ!! 」と、蹴りを弾いてその攻撃を耐え凌いだかと思ったが、雷蔵はそれに怯むことなく、風のシールドに向けて地団駄を踏むように、次から次へと電撃蹴りの連打を敢行した! 





「チョリャァアアアアアッッ!! 雷纏暴風脚(らいてんぼうふうきゃく)ゥゥゥゥ!! 」





「うおおぉぉっ!? マジかよ? 」


「もう、ダメです!! 」





 怒濤の猛撃に、とうとう風のシールドは破壊されて無防備になってしまった舞台たち。しかし、このまま仇敵の思い通りにさせる瀬根川ではなかった! 





「解放(ロール・オン)ッッッッ!!!! 」





 瀬根川はポケットに隠し持っていた小石や食べかけのチュロス等を雷蔵に投げつけつつ、能力を使って武器化させた! 8本もの剣や刀を投げつけられては、さしもの戦闘狂(バトルフリーク)も対応はできないだろう……瀬根川はそう思っていたが……しかし! 





「しゃらくせえわぁッ!! 」





 雷蔵の戦闘センスは舞台たちの想像を遙かに越えていた。彼は髪で作ったロープを扇風機のプロペラのように回転させ、向けられた刃群を弾き飛ばしてしまう。これで2人は再び無防備に! 





「くらえええイイイイ!!!! 」





「しつこいじじいめッ! 」





 雷蔵は渾身の電撃パンチを放ったが、瀬根川は本能的に2本の刀を作ってソレを両手に構えて十時を作って盾とし、その拳の直撃を防ぐ。





「ウワアアァァッッ!! 」


「ぐへぇあッ!? 」





 クリーンヒットは免れたものの、雷蔵の拳の威力はハンマーで殴られたかのように重く強烈で、舞台たちはその勢いのまま地面に叩きつけられてしまう。





「ごほっ……! ごほっ! 」





 舞台の起こした[風]の影響で周囲には土煙が舞って視界が悪く、2m先が見えないほどだった。そして瀬根川はズキズキと痛む両手を何とか動かし、地面に転がっていた手製の剣を拾い上げた。





「はあ……はあ……」





 剣の重く力強い柄の感触により、若干の落ち着きを取り戻した瀬根川は、周囲を見渡して状況を確認した。





 空中から地面に叩きつけられた際に、舞台と自分との距離がかなり離れてしまっていたこと。そして土煙越しにうっすらと、高さ30mはあるアトラクションである"タワーハッカー"の影があったこと……それらの情報を脳にインプットさせた瀬根川の目には、正午の湖のような輝きに満ちている。





 彼は頭の中でこう呟いた……





 自分で死ななきゃならんほどに追いつめられ、理不尽なバトルに放り込まれて、おまけにエイリアンみてぇなヤツと戦っているこんなクソみてぇな状況で言うセリフじゃねぇかもしれんがよ……ちょっと言わせてくれよ………………





 神様、ありがとう…………ってな……









「王手じゃ、若いの……」





 手も足も満足に動かせない瀬根川の前に、大型トラックのような威圧感をもったシルエットが現れ、やがてそれは徐々に色彩を帯びていき、神成 雷蔵の屈強な肉体をはっきりと浮かび上がらせた。





「よう……年金泥棒……金かけてジムに通って筋肉モリモリになって、そんでわざわざこんな所にまで来て、そこまでしてやったことが16歳の女の子をバラバラにする? とんだ狂人だ、呆れるぜ……気分はどうだ? ああ? 」





 凛花ですら一目置く強敵を前にしても、決して怯むことなく悪態を浴びせる瀬根川。しかし、そんなことなど気にかけることなく……





「フンッ! 」





「ぐああぁあああああああぁあぁッ!! 」





 雷蔵は容赦なく彼の両足を踏んでへし折り、完全な行動不能状態に仕立て上げた。正真正銘のまさに"詰み"状態。





「随分とおちょくってくれたが、それも最後じゃな……まずはお前から、確実にトドメを刺させてもらおう」





「……へへ……やってみな……ハァ……ハァ……少しだけ戦って分かったぜ……アンタがどんな人間かってのがな……」





「ほう……」





「ハァ……ハァ……お前は結局、この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】で"最弱"の男なんだよ……どれだけ体を鍛えようと……技を極めようと……ちっちゃな女の子一人を"ギブアップ"させることすらできなかったんだ……美徳(あいつ)は最後まで戦う意志を捨てなかった……」





「減らず口を」





「それとな……言わせてくれよ……アンタ、現世でルールに縛られた競技にうんざりして、ノールールの死闘に明け暮れてたって言ってたよな? でもそれは、俺に言わせりゃ単なる腰抜けの臆病者のセリフだぜ! 」





「何? 」





「俺や、舞台……そして【自殺(スーサイダーズ)ランブル】に参加した"お前以外"の人間は全員知っているんだよ……どんなに頭が良くても、パワーやテクニックがあっても……美人でスタイルが良くても……"社会"という魔物には勝てないってコトを…………つまり、結局はアンタも社会(ルール)の束縛に立ち向かわずに尻尾を振って逃げただけじゃねぇか!! 違うか?! 」





「…………フン、その続きは生き返ってから惨めな現実を見つめながらほざけ……いくぞぉっ!! 」





 雷蔵は瀬根川から離れて距離を取り、近くに立てかけてあった園内の看板に、風の紋章を横向きに作る。これは、彼が持っている最大奥義への布石!! 





「とくと味わえぇい!! 螺旋風雷縛掌(らせんふうらいばくしょう)ッッッッ!!!!」





 紋章を蹴り、風によって真横に射出された雷蔵。そして錐揉み回転をしつつ、全身に電気を纏いながら、真っ直ぐ瀬根川の方へと突っ込んでいく! 





 直撃すれば、美徳(ぺぱーみんと)と同じく一瞬でミンチと化す凶悪技! 





「うおおおおおおお!!!! 」





 絶体絶命の危機の瀬根川。しかし、彼の心の中には"恐怖"の2文字は皆無であった。





 なぜなら……





 なぜなら"これこそ"が、舞台と瀬根川が待ち望んでいた状況だったから! 





「今だ舞台ッ!! 」





 雷蔵が迫り来ると察知したその瞬間、瀬根川が高らかに仲間の名前を叫ぶ! そしてそれに呼応して、砂煙の中で気配を消していた舞台の叫び声が、園内中に響きわたるかと思うほどの大声で響き渡った!! 





「集合(ロール・アップ)!!!! 」





 次の瞬間、雷蔵の視界から瀬根川の姿が初めからいなかったかのように消え去ってしまった!! 





「何ィッ?! 」





 あまりに瞬間的な出来事だった為、雷蔵は理解が追いつかないまま誰もいない空間を横切り、そのまま園内を横断。そしてアトラクションの一部分と思われる"壁のような物"に激突し、螺旋風雷縛掌(らせんふうらいばくしょう)による攻撃は中断された。





「くそう……あのガキ、一体どうやって? 」





 雷蔵の攻撃を受け止めた"壁"には大きなクレーターが作られ、その原型が分からなくなってしまうほどに朽ち果てていた。





「フン、まぁいい。ヤツは逃げただけだ。もう一度探してその生意気な声帯を引きちぎってやるわい! 」





 体に纏わり付いた壁の破片を振り払いながら、気を取り直して瀬根川の姿を探しだそうと立ち上がろうとした雷蔵だったが、ここで"ある"異変に気が付く。





「お……? おかしい……? 体が……体が動かんぞ……? 」





 どんなに力を込めても、自分自身がマネキンになったかのように、手足を動かすことができなかった。そして徐々に焦りが生じて額に冷や汗を浮かべた頃、とある人物……いや、人間かどうかも分からないが、雷蔵もよく知る者が目の前にゆっくりと現れた。





「雷蔵さん☆ 大変なコトをやらかしちゃったね♪ 」





「お……お前は? 」





 黒いタキシードに、ネズミを模した不気味な頭。この自殺遊園地(スーサイドパーク)の案内人である「れ~みんマウス」だった・





「おい、れ~みん! どうにかしろ! 体が動かないんじゃ! このままじゃやられてしまう! 」





「う~ん……何というか、キミ☆ まだ自分の置かれた立場が分かってないようだね♪ 」





「立場? なんじゃそれは? 」





「やれやれ……☆ ほら、キミの首だけは動かせるようにしてあげるから、後ろの"壁"をよく見てごらんなさいよ♪ 」





「壁だと…………何を……………………ま……まさか……!? 」





 自分が螺旋風雷縛掌(らせんふうらいばくしょう)を使って破壊した白い壁は……正確には"壁"ではなかった……





「そう☆ キミが壊しちゃったのはね、あの世へと続く扉さ。このランブル戦の参加者がこぞってその先を奪い合う、勝者の花道♪ そして……それを壊しちゃったキミに何が起こるのか……分かってるよね☆ 」





「それは……」





■■■自殺ランブルのルールその9■■■


 自殺遊園地(スーサイドパーク)内にある数々の施設は、利用するのも破壊するのも自由である。ただし、あの世へと繋がる"扉"を無理矢理開こうとしたり、破壊行為のい及んだ場合は"反則"となり、案内人によって厳重に処罰される。





 ルールブックに書かれた詳細を正確に思い出した雷蔵は、その内容の不可解な"一点"に気が付き、起こり得る最悪な事態を想定してしまった。





「……ルールブックには……壁を壊した者には"処罰"をするとしか書かれていなかった……もしかしてそれは……"敗退"するだけでは、ないのか……? 」





 雷蔵の質問に対し、れ~みんは嬉しそうに両手で拍手をして「その通り☆ 」と軽々答えた。





「どうなるんじゃワシは? 一体これからどうなってしまうんじゃ?!! 」





「う~ん……それはねぇ……☆ 」





 もったいぶって何も答えないれ~みん。そんな姿に苛立ちを覚える雷蔵だったが、その数秒後、彼は全てを察した。





「ゴォォオオオオルウォオオオオオオオッ!!!! 」





 突如背後より発せられた、咆哮と騒音の間のような凶声が雷蔵の鼓膜をつんざいた。





「嘘じゃろ? 嘘じゃろぉぉぉ!!!! 」





 壁は"壁"ではなく……そして扉は"扉"ではなかった……





 雷蔵の背後には、真っ白で巨大なレンガが積み重なって作られた"巨人"が立っていたのだ……その高さは20m以上。瞳や鼻は無く、子供が遊ぶ"ブロックのおもちゃで作られた人形"といった出で立ちだ。そして雷蔵たちランブル戦参加者が大きな扉だと思っていた部分は、実際はこの巨人の大きな"口"に相当する部位になっていたのだ。





「うわあ! うわああああッ!!!! 」





 巨人はブルドーザーのタイヤほどはある大きな手で雷蔵を掴み取り、そのまま力を込めてバキバキと握り潰す。





「あああッ!! ああ!! ううあああぁぁあッ!! 」





 骨が砕け、肉が潰れ、内蔵がミックスされ、血を吐き、尿と便を垂れ流して悲痛な声を上げる雷蔵。その姿からは、さっきまで漂わせていた仁王像のような威厳は全く無かった。





「分かったでしょ☆ 扉をなぜ攻撃しちゃいけないのか? それはね、その扉自身が"意志"を持った生命体だからさ。彼を暴れさせずにその扉を開く為に"鍵"が必要なんだよ♪ 」





「うぅ……ううっぐぁあああ? う……」





 もはや雷蔵の耳に、れ~みんの説明は届かない。彼の頭の中には一つだけ……"もう死にたい"の一言だけが全てを占拠していた。





「それとね、雷蔵さん。残念なお知らせがあるんだよ☆ 実は、その扉の巨人くんにやられちゃった参加者はね……"あの世"でも"この世"でもない特別な場所に連れて行かれちゃうんだ……♪ その行き先はわたくしにも分からないんだよ……ごめんね☆ 」





「うう……うあっわあああああっぐうぅぅう……」





「ま、とりあえず。キミが思うような、血が沸いて肉が踊るようなことは一切ない世界さ……じゃあね☆ 」





 そして扉の巨人は一切躊躇することなく、雷蔵を握り潰して圧縮した。後に残ったのは、赤ワインと牛の臓物を混ぜ合わせて寸胴鍋に敷き詰めたような物体が一つ。それは園内の白い石畳に汚らしくべっとりとこびり付き、つい数秒まで意志があった物体とは思えないほどに安直な存在だった。





「雷蔵さん。正直運営のわたくしにとっても、キミの存在は面倒で鬱陶しかったからこれで清々するよ。もう二度とここに来ないでね」





 れ~みんは何の思い入れも示さないままその場を去り、扉の巨人も何事も無かったように元の"扉"状態へと体の形態を戻し、ゆっくりと眠りについた。





 神成 雷蔵……彼の魂は"生"と"死"、いかなる概念からも遠く離れた場所へと旅立ち、歴史からひっそりと消滅した。





■■【現在の死に残り人数 4人】■■




 ■ ■ 扉の巨人とは ■ ■


 自殺遊園地(スーサイドパーク)に設置された、あの世への扉の正体。


 体高は20m・重さは250トンもある巨体。





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