第二十八話 「最終決戦」

 神成 雷蔵(かみなり らいぞう)によって自殺遊園地(スーサイドパーク)のアトラクションに叩きつけられてしまった須藤は、その全身に目を背けたくなるような裂傷と骨折を負ったものの、鍛え上げられた肉体と持ち前のガッツでかろうじて意識をつなぎ止めていた。





「ハァ……ハァ……あのクソバカじじい……派手にやってくれやがって……」





 口を開くたびに血を吐き出しながらも、雷蔵に対する敵意を剥き出しにする須藤。本気で死に向かって戦っているランブル参戦者を愚弄するようなスタンスに嫌気を抱いていたのは彼も同じだった。





 やべえな……なんとか一矢報いてぇところだが……このままじゃ10分どころか1分もたねぇ……なんとか意識を……意識を繋いでおきてぇ……




 闘志が残っていても、体は満身創痍。脱落も時間の問題だった。痛みも感じられなくなり、視界もぼやけ、指一本動かすコトもできない。





 くそ……こんなトコで……こんなトコでやられてたまるかよ……





 彼の「絶対に脱落してたまるか!」と意気込む執念は、死への渇望か? それとも仲間の安否を想ってのことなのか? 単純に雷蔵への復讐心か? それは自分自身でも分からなかった。





 だが理由がどうであれ、この時須藤は……燃やし続けた闘争心を引き金として、彼の脳内に潜んでいた"とある閃き"を導き出していた。





 そういや……あの時……! 





 須藤は思い出していた。一度清水 舞台(きよみず ぶたい)と別れた直後に、本草 凛花(ほんぞう りんか)と生闘(ライブマッチ)を繰り広げていた時のコトを……





 あの時……オレは毒霧攻撃を仕込もうとして、間違って毒液を飲み込んじまってたんだよな……そして……その直後に心臓がバクバクと高鳴って体の奥からマグマみてぇな熱く込み上がるモノがあったんだ……





 理由はよくわからねぇけど……オレの毒液は"気付け薬"として使えるそうだ……無理矢理にでも心臓を動かし続けて、何とか回復の10分まで持ちこたえられるコトができるかもしれねぇ……





 ……よし……!! ここはやるしかねぇ……!! 





 須藤は、思い立ったら迷わず行動に移すタイプの男だった。最後の力を振り絞って右手を口に当て、そこから生み出される毒液をどんどん飲み込んでいく! 





 んぐッ! んぐッ! ……よし……きたぞ……きたぞ! 





 毒液を取り込んだ須藤は、全身の発汗と共に五臓六腑が踊り狂うような、とてつもない高揚を感じ取っていた。





 どんどん来い!! 何でもいい!! とにかく意識を……意識を……





 須藤の思いつきは確かな効果を上げていた。しかし、"気付け"として使った【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】の毒液が及ぼした結果は彼の推測の域を遙かに越えていた。





 うぅ!! なんだコレ!? やべえ……やべえ……体が……体が……!? 





 胎動は激しさを増し、全身の血管は膨張……痙攣に失禁……肌の色は熟したトマトを想わせるほどに紅潮。その様相は、誰がどう見ても"異常"だった。





 マズイ……体が……





 体が爆発する!!?? 









■■■第二十八話 「最終決戦」■■■





 美徳(ぺぱみん)は……最後まで"棄権(リタイア)"しなかった。





 強大な敵が目の前にいようとも、その攻撃からボクを助ける為に……最後の最後まで……全身に苦痛が及ぼうとも構わずに意識を保ち続けていた……





 両親を亡くして……自分に残された名前を誇りにし……誰よりも争いを嫌って、誰よりも優しい心を持った彼女が……自分勝手な暴力の犠牲になって散っていった……





 なぜ? 





 もういいだろう……生きることに絶望して自分から死を選び……どうしてまた死んだ後にまで苦しまなきゃいけないんだ? 





 ふざけてる……こんなコトが……許されてたまるか……!! 





 もうランブル戦も、生きるか死ぬかも関係ない……





 戦闘狂いのクサレじじいに……一泡吹かせない限り……





 ボクは……ボクは……!! 





「待て! 舞台! 」





 ボクが美徳(ぺぱみん)を破壊しつつ、十数m先まで飛んでいった雷蔵を追いかけようとした瞬間、それを制止しようとする一人の男の声があった……





「ヤツを追うな! ここは耐えろ! 」





 言うまでもなく、それは残りわずかとなったチームメイト瀬根川さんだった。雷蔵によってケガを負わされた右足を引きずってボクの方へとゆっくりと向かってきた。





「止めないでください!! 」





「お前もやられちまうぞ! いいのか? それで! 」





「扉に行くのなら瀬根川さん一人で行ってください……ボクはこのまま引き下がるワケにはいかないんです!! 」





「待て! 」





 ボクが瀬根川さんを置いて、再び一人で雷蔵がいる方へと向かおうとした瞬間、足下に微かな振動を感じ取り、乾いた金属音を聞き取った。





 確かめてみると、そこには触っただけで骨まで切断されてしまうかと思うほどに鋭利な日本刀が突き刺さっている。瀬根川さんが【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】で作った刀をボクに向けて投げつけたのだ。





「勘違いするなよ舞台!! 」





「瀬根川さん……? 」





 ボクは振り向いて彼の顔と向き合った。そこにあったのは眉間にシワを作り、下唇を思いっきり噛みしめて血を流す瀬根川さんの顔……彼は、今にも爆裂しかねない怒りを、必死に抑え込んでいたのだ……





「俺は無駄死にするんじゃねぇって言ってんだ! 安心しろよ、俺もお前と一緒の気持ちだからよ……」





 瀬根川さんはそう言って、たどたどしい足取りでボクに近づき、両手をボクの肩に乗せてその瞳を見せつけた。曇り一つ無く、澄んだ眼球の奥に、火山の様に吹き上がる炎の気迫があった。





「自分でも驚いてる……俺は他人の為に怒りを抱くことなんて絶対ねぇと思ってた……でもよ……自分で思ってる以上に俺は……"普通の人間"だったみてぇだな……」





「瀬根川さん……」





「走栄さんと美徳(ぺぱみん)を踏みにじった、あの老害野郎のケツに刀をブチ込まねぇ限り……死んでも死に切れねぇんだよ! 」





 瀬根川さんは、突き立てた日本刀を手に取ってそれをボクの右手に握らせ、そして次にれ~みんマウスから奪った扉の鍵をボクの左手に無理矢理握らせた。一体これは……? 





「いいか? 舞台……"作戦"がある! あの雷蔵とか言うじじいを敗退させる為のな! 」





「作戦……戦うんですね! 」





「当たり前だ! 」





 瀬根川さんのその言葉を聞いた瞬間、ボクは生まれて初めて"武者震い"という感覚を覚えた。ここまで頑なに他の参戦者と戦うことを避けてきた瀬根川さんが、今ハッキリ"戦う"と表明したのだ。





 彼とは初対面で本気でぶつかり合い、意見の不一致もあった。正直に言えばあまり仲良くはなれないタイプだと思っていた……





 そんな彼とボクが今こうして、同じ感情を共有している……それほどまでに憎いのだ。あの神成 雷蔵(かみなり らいぞう)という男が。





「瀬根川さん……教えてください! 作戦を! 」





 瀬根川さんは口の端を一瞬だけつり上げ、ボクに話を続けた。





「いいか舞台。アイツは一見最強だ……だけどな、ただ一つ"大きな過ち"を犯しているコトに気がついてねぇ! そこにつけ込むんだ! 」





「過ち? それって……」





「それは……"俺たち"が知っていて、ヤツには"分からない"コトだ! 」





「え? つまりそれはどういう……」





 瀬根川さんの言っている意図がよく汲み取れず、焦りを感じて日本刀を強く握りしめた。そして血管が浮き上がるほどに力を込めた右拳が赤く染まったことを確認すると、なにやら地面に不吉な黒い影が一点できあがっているいことに気がつく。





「ワシが過ちを? ほう、そりゃ教えてほしいもんじゃな!! 」





 ボク達を鼻で笑うような口調のしゃがれ声……その発声源は上方向。雷蔵が上空よりこっちに向かって空襲をしかけてきていたのだ! 





「くそっ! 」


「もう戻って来やがったのか!? 」





 瀬根川さんの"作戦"の全貌が分からないまま迎える宿敵の不意打ち! 美徳(ぺぱみん)を肉塊へと変えた吐き気を催す拳が目の前に迫り、ボクはとっさに両手を合わせて風のシールドを作ろうとした。





「うおおおおぉぉぉぉ!! 」





 電撃を纏った拳を振り下ろし、ボク達を粉砕させる勢いの雷蔵だったが、その攻撃がこちらに届く直前に事態は急変する! 





「ハァッ!! 」





 勇ましいかけ声と共に熱気が目の前を横断して、雷蔵の姿が視界から消えた! 「なんだ!? 」と状況を飲み込めなかったボクと瀬根川さんだったが、やや離れた場所に横たわった雷蔵と、その姿を堂々とした立ち振る舞いで見下ろすセーラー服の女子の姿を見て、全てを理解した。





「待たせたのね……さぁ、続きをやりましょう」





「ぐふっ……容赦ないのう、凛花ちゃんは……だが嬉しいぞ。ようやく死合いを再会できる」





 本草 凛花(ほんぞう りんか)だ。チーム仲間の練さんと雪乃さんを敗退させた彼女が、偶然にもボクたちを助ける形で雷蔵を攻撃したようだ。





 詳しい事情は分からないけど、彼女と雷蔵には因縁があるらしい。雷蔵の口振りから察するに、凛花も同じように戦いを楽しんでいるようなニュアンスを汲み取れるが、どういうワケかボクは彼女からそんな空気を感じ取れなかった。





 残虐な行為も意図もたやすくこなしてきた彼女が、不思議と憎めなかった……その理由を知りたい気持ちもあったけど、今はそれどころではない。せっかく生まれた好機を逃すワケにはいかないのだ。





「瀬根川さん……! 今ならチャンスですよ! 作戦を教えてください! 」





 ボクは凛花と雷蔵に悟られないようなヒソヒソ声で瀬根川さんに戦略を請う。





「ああ……でもマズイな……」


「何がですか? 」


「本草 凛花……アイツがいるとなるとちょっと難しいぞ……どうにかして分断させるか、もしくは……」


「もしくは? 」


「悔しいが、凛花と協力して3対1で戦うか……そうせざるを得ないぞ」





 確かに現実的に考えると、それが一番ベストな方法かもしれない……でも、彼女がボク達の協力を受け入れるかどうかは分からないし、そもそもボクたちが、あの怪物級の強さの2人の戦いに割って入って戦力になるのかすら怪しい……





 結局ボク達は、2人の様子を伺うことにした。雷蔵にやられた須藤さんも、まだどうにか敗退せずに残っているハズだ。せめて須藤さんが復活する10分の間だけでも時間を稼いでおきたい……





「凛花ちゃんよ……一つ提案があるんじゃが」





 膠着状態の空気を一新させる、雷蔵の言葉。凛花は「なんなの? 」と、両手にお炎を携えながらその"提案"とやらを聞くスタンスを見せた。





「ワシとあんたが心おきなく戦える為にのう……とりあえずそこにいる"雑魚共"をサクっと排除しておかんか? こやつら実力は無いが、ちょこまかと鬱陶しくてのう」





「ふ~ん……なるほどね……」





 凛花は"雑魚共"であるボク達の方へと視線を向けた……緊張が一気に高まって足が震えそうになったけど、彼女は"何か"に気がついたらしい。すぐさま振り返って雷蔵に問いかけた。





「アイツは? 須藤 大葉は倒したの? 」


「ああ? あの木偶の坊のことか? ヤツならワシの蹴りを喰らって今頃虫の息じゃ。あんたを凌ぐほどの実力者と聞いてたんだが……とんだ興醒めじゃったわ」


「……敗退させたの? 須藤の魂が光になったのを確認したの?! 」


「いや。まぁ大丈夫じゃろ、ほっとけば勝手に……」





「…………ッ! あんたバカなの?! なんでトドメをささないの!! 」




 須藤さんの話になって、どんどん焦りの様子を見せる凛花。「どういうコトだ? 」と瀬根川さんも不思議な表情を作っている。ボクも同じだ……なぜ彼女がそこまで須藤さんを警戒しているのかが謎だった。





「おいおい凛花ちゃん……何をそんなに、あんたらしくもないのう……あんなヤツの何に恐れているんじゃ? 」


「あんたは知らないのね! 前回の【自殺(スーサイダーズ)ランブル】で30人もの参加者をたった一人で敗退させた…………彼は"魔獣(ビースト)"なの!! 前回ワタシがアイツを倒すことが出来たのは"運"が良かっただけなの!!!! 」





 須藤さんが……魔獣(ビースト)? 





 何度となくボク達を助けてくれた須藤さんからは、遠く離れたイメージの形容に、違和感を覚えずにはいられなかった。だって、須藤さん自身は当の本草 凛花を恐れていたというのに……どういうことなのだろうか? 





「スグに須藤を倒しに行くの!! さもなければ……ここにいる全員が一瞬で敗退することになる! 」


「凛花ちゃん……何をそこまで恐れてるんじゃ? 」


「ヤツの"本当の力"! それが恐いの……だから何度も倒せるチャンスがあったのに、恐怖で強気に攻められなかった……」





 須藤さんの"本当の力"とは一体? 妙な展開になり、呆気にとられたボクだったが、瀬根川さんがトントンとゆっくりと肩をつつく感触に我を取り戻し、息を殺しながらの言葉に耳を傾けた。





「とにかくチャンスだ……今のうちにこっそり移動するぞ! 」


「どこにです? 」


「あの世へと続く"扉"だ。あそこに俺達の勝機がある! 」


「と……"扉"にですか!? 」





 その行動の意味はよく分からなかったけど、今はとにかく凛花と雷蔵が揉めている内に離れることが賢明のようだ……片足にケガを負った瀬根川さんに肩を貸しながら歩き、ゆっくりとその場から離れようとした時……




 何か妙な感覚があった。





「瀬根川さん……」


「どうした? 舞台」


「気のせいかもしれないですけど……なんか妙じゃないですか……? 」


「なんだ? 何があった? 」


「遠くの景色が……歪んで見えるんです」





 戦いのダメージが蓄積していて目眩を起こしていたのか……遊園地内のアトラクションの数々が、どれもこれも右や左に傾いているように見えたのだ。まるで、ピサの斜塔のように……





 さっきから何度も目をこすって視界を元に戻そうとしても、一向に戻らない。もうここまでくると、実際に傾いているのでは? と感じ始めていたので、その確信を得る為に瀬根川さんに聞いてみたのだが……





「舞台……俺もそう思ってた……だけど、あえて気がついてないフリをしてたんだよ……」





「ズゴゴォォォォォォォォン!! 」





 直後、どこかで建物が崩れ落ちたと思われる崩落音が園内に響き、凛花と雷蔵もその不吉な予兆に目を丸くした。





「くそう……遅かったのね……」





 凛花はそう言って、音のした方へと体を向け、その視線の先をボクたちも一緒になって追った。そこにあったのは、立ちこもる埃の膜にうっすらと揺れ動く、人の影……





 大きな肩幅に、2m……いや、それ以上はあるんじゃないかと思わせる長身。ゴリラに匹敵する巨大な体躯が、ゆっくり、ゆっくりとこちらの方へと歩みよって来る……





「もしかして……」


「まさか……」





 砂煙のヴェールが徐々に晴れてその影の姿が露わになった時、ボクと瀬根川さんは思わず声を漏らしてお互いに顔を合わせてしまう……





 現実と思えないその変貌……





 そこにいた男は、衣服が破けて肌が剥き出しになり、張り裂けんばかりに筋肉が膨張させ、血管が独立した生物のように波打っていた。それだけでも異常さのフォルムを際だたせているが、特筆して目を見張るのはそこではない。





 全身の肌の色が、毒々しい紫色に変色していたのだ。





 そして、その表面には溢れ出す煮汁のように体液が流れ落ち、滴(しずく)となって垂れ落ちて地面に接触すると「ジュウゥゥゥゥ」と焼け焦げた音を発し、異臭と共に半径10cmほどのクレーターを作り上げる。





 よく見ると、その男が歩いた地面は湿ったスポンジケーキのようにグズグズに窪んでいる。そのせいで地盤が歪み、周りにたてられた建造物がどれもこれも傾いてしまったのだ。





「ほほう……なるほどな。あやつ、本当の力を隠しておったな……」





 雷蔵が関心を示したその男は、変わり果てた姿になりつつも、その顔と特徴的なライン入りの髪型は変わっていなかった……





「ブシュルォッ!! シュゴォォォォッ!!!! 」





 その正体は、須藤さんだ……間違いなく……





 彼が魔獣(ビースト)となって、おぞましい雄叫びを上げているのだ。





■■【現在の死に残り人数 5人】■■




■■■自殺ランブルの能力紹介20■■■


【裏技名】地獄の階段 (ステアウェイ・トゥ・ヘル)

【能力者】須藤 大葉(すどう おおば)[28歳]

【概要】

 胸いっぱいの毒を(ホールロッタベノム)に隠された裏技。自身が生み出した毒液を飲み込むコトで発動出来る。毒への抵抗反応による副作用として、理性を失う暴走状態の魔獣(ビースト)へと姿を変える。

 身体能力を極限にまで上昇させ、全身から全てを溶かす毒液を発散させるようになり、敵味方関係なく無差別に攻撃。そのパワーは元々の身体能力が高ければ高いほどに強力なモノとなる。

 この状態は一定時間で解除されるが、反動としてしばらく能力を使うことが出来なくなる上、全身に痛みを伴い、おまけに魔獣(ビースト)状態での記憶を一切失う。


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