第三十話 「勝って」





「……どうやら……あいつらの仇はとれたみたいだな……舞台……」


「……はい……」





 巨人状態と化したあの世への扉が、雷蔵を亡き者にした光景を離れた場所から見守っていた舞台と瀬根川。彼らは作戦をやり通し、見事に強敵を"反則負け"に陥れることを成功させた。





 彼らの作戦は、雷蔵を"あの世への扉"近くまで誘導し、螺旋風雷縛掌(らせんふうらいばくしょう)を"扉"に誤爆させるというモノだった。





 瀬根川はギリギリまで雷蔵に挑発しつづけてその技を引き出させた。そして激突寸前に身を潜めていた舞台に、[刃]の能力に隠された【裏技】である【運命の剣刃の女神 (ザ・ブレードフェイト)】を使わせたのである。





 この能力は、「集合(ロール・アップ)」のかけ声により、能力で創り上げた武器を一カ所に集めて爆散させるというトリッキーなモノ。そして"能力者本人でなくとも発動できる"という特殊性も掛け持っている。





 舞台たちはこの【裏技】を最大限に利用した。





 螺旋風雷縛掌(らせんふうらいばくしょう)を放たれた時、舞台と瀬根川はお互いに剣を一本ずつ所持していた。そして瀬根川の合図によって舞台は自分が持っていた剣を真上に放り投げて「集合(ロール・アップ)」と叫ぶ。そうすることにより【裏技】の力によって、瀬根川は握りしめていた剣ごと体が引っ張られ、高速移動によって雷蔵の攻撃を回避することができたのだ。





「雷蔵(アイツ)が犯した最大のミスは、ルールだらけの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】に参加したってコトだ……とどのつまりアイツは"強さ"を求めてたんじゃない。自分だけが楽しめる場所を探してたってだけだ」


「瀬根川さん……」





 雷蔵を倒し、仲間の無念を晴らした舞台だったが、その顔色は沈んでいた。なぜなら、共に戦った瀬根川は両足を折られ、口からは止まることを知らない吐血が溢れ出している……雷蔵によって負わされたダメージは想像以上に深刻だった。





「へへ……そんな顔するなよ舞台……俺は今、めちゃくちゃ気分がいいんだ……」


「だって……瀬根川さん! このままじゃ……」


「大丈夫だ……」


「でも……」


「舞台……ちょっと話をしようぜ……」


「……はい? 」


「全部……お前のおかげだ……お前が俺たちを導いてくれたんだ」


「ボクの……? 」


「地下で飢獣(モンスター)と戦った時も……れ~みんに金網に閉じこめられた時も……お前が教えてくれたんじゃねぇか……」


「教えた……? 何をです? 」


「どんな窮地も……諦めずに立ち向かえば……突破口を導き出せるってことだ……俺が雷蔵を倒す作戦を考えたのも……お前のそんな姿勢を見ていたからだ……いや、俺だけじゃねぇ……走栄さん、練と雪乃……そして美徳(ぺぱーみんと)だってお前の影響を受けていたハズだ……」


「そんな……ボクにそんなことなんて……」


「……俺は思うぜ……お前は自分で思ってる以上に"強い"人間だ……自信持てよ…………ゴフォっ!! 」


「瀬根川さん!! 」





 せき込んで血をまき散らしながら話す瀬根川の姿に、舞台は悟ってしまった。このままでは、彼は回復の10分まで持ちこたえられない……と。




「舞台……俺は……両親への反発のつもりでな……自分で手首を切ってここに来たんだ…………最初はざまぁみろって思ってたが……今になって思うんだ……もっと別のやり方があったハズだってな……」


「瀬根川さん……まさか……」


「はは……ホント……自分勝手なヤツだよ、俺は……みんなで死のうだなんて意気込んで仲間を集めた張本人だってのに………………」


「そんなこと……ありませんよ……」


「…………ありがとよ……」





 仰向けに倒れ、夜空を見上げながらしゃべり続ける瀬根川。舞台はただじっとその充実した顔を見下ろしつつ、彼の言葉の一語一句を聞き漏らさないように、神経を集中させていた。





「"鍵"は……お前が持ってろよ……使う、使わないは自分で決めな……」


「……でも……」


「……須藤のことか……? 」


「はい……」


「……やっぱりそういうヤツだよ、お前は…………」


「すみません……」


「いいんだ…………なら、最後に俺から……餞別をやるよ…………舞台……あの"ピック"を貸してくれ……」





 "ピック"それは、舞台が三田 鳴(みた めい)と別れた時に受け取った、いわば彼女の形見だ。彼は言われた通りに瀬根川の右手にピックをそっと握らせた。





「…………解放(ロール・オン)! ……」





 瀬根川は力を振り絞り、【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を使ってピックを真っ黒な刀に変化させた。その刃渡りには、落雷を思わせる刃紋が浮かび、三田 鳴(みた めい)と瀬根側の鼓動が伝わるような力強さを感じさせた。





「……コレを……持ってけよ……」


「ありがとう……ありがとうございます……」





 舞台は黒い刀ごと瀬根川の手を握りしめて、感謝の意を伝える。彼もうっすらと笑みを浮かべてそれに応えた。





「……もうそろそろで……ダメっぽいな……目がかすんできやがった…………もう痛みすら……分からん…………」


「瀬根川さん!! 」


「…………最後に……舞台…………一つだけ…………お前の……目…………変わったぜ…………もう……凛花みてぇな…………闇が…………無い………………お前…………」





「"いい目"をしてた…………ぜ」





 瀬根川はそう言い残し、光の球となって闇が広がる空の中へ吸い込まれて行った。





 舞台は一人、その軌跡を目で追いかけて仲間の旅立ちを見送った。右手に力強く握られた黒刀の、固い感触を確かめながら。









■■■第三十話 「勝って」■■■









 瀬根川さんを見送り、ボクは暴走状態になって本草 凛花と戦っている須藤さんを探しに行くことにした。





 ボクは、あの暴走状態は長い間維持するモノではないと予想している。きっと数分で効力が切れ、その反動で体のどこかに異変が生じているハズだ……そこを凛花に叩かれてしまう前に……ボクが須藤さんを助けないと…… 





「ドグオォォォォン!! 」「ズゴォォォォォォォン!! 」と遠くの方で花火が打ち上げられたかのような、地面を響かせる轟音が聞こえる……2人の戦いがまだ続いていて、なおかつその規模がすさまじいことを物語っていた。





 そして音だけではない……、メルヘンな雰囲気を演出していたメリーゴーラウンドやゴーカートといった遊具は毒液と炎によって、どれもこれも融解しているか炎上し、地獄の様相を作り上げている。





 メラメラと燃え盛る炎と、腐臭を放つ毒液の水たまりを避けつつ移動していると、やがて戦いの騒音がどんどんと近づき、はっきりと聞こえてきた……





 近づいているのだ……"悪魔"と"魔獣"による生闘(ライブマッチ)の直中(ただなか)に……





「あれは……! 」





 ジェットコースターのコース上に、闇夜を照らす眩い光を発見した。間違いなくそれは本草 凛花だろう……彼女は今、全身に炎を包み込んでいる。多分これも【裏技】によるものだ。





 彼女は四方八方に火球を乱射している……須藤さんと応戦しているのだろうけど、暗くてその姿はよく見えなかった。





「……どういう状況なんだ……? 」





 ボクは2人の状況を確かめようと、ジェットコースターの方向へと走り向かう。時折響く爆発音は、凛花の攻撃が何らかの物体に命中したコトを示している。ボクはそれが須藤さんでないことを祈っていた。





「早く……急がないと! 」





 焦る気持ちが心を奮い立たせ、不思議と自分の走っているスピードが早くなっていく感じがした。





 ボクは、アドレナリンがボクの運動能力を向上させているのか? などと楽観的に考えていたが、視界の真横を通り過ぎる風景の異変に気が付き、ボクは"戦慄"という言葉の意味を真の意味で理解した。





 植木が……全部傾いてる!? つまり……





 つまり、園内の地面が蟻地獄と同じく"すり鉢上"に"傾いて"いたのだ! ボクが平面だと思っていた地面は、実は下り坂になっていた……須藤さんの毒液は地盤を大規模に緩めて……とうとう自殺遊園地(スーサイドパーク)全体の地形を変えてしまっていた……! 





 そしてそれに気が付いた瞬間……ジェットコースターのコースを作り上げる鉄骨がガラガラと崩れ落ち、それと同時に遠くで漂っていた"輝く存在"が一気に自分の視界に迫って来た! マズイ! 





「おりゃあッ!! 」





 ボクはとっさに両手に唾を吐き付けて合掌し、【裏技】による風のシールドを張った! 





 ボクを球状に包み込む風は、迫り来る炎の物体を優しく受け止め、やがてゆっくりと地面へ着地させた。





「う……うぅ……ゲホッ……げほッ! 」





 "ソレ"を包み込んでいた炎はゆっくりと消えて、隠された姿が露わになっていく……





「……本草……凛花……」





 彼女はおそらく、須藤さんから強烈な打撃を受けてここまで飛ばされてしまったのだろう……そしてその影響で、【裏技】の効果が消えてしまったのだ。





「はぁ……はぁ……」





 この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】にて、20人以上の参加者を敗退させた彼女だったが……今はその実績が嘘と思えるほどに弱々しかった……





 体には一糸も纏ってなく、顔色も悪い……肩を上下に動かしてかろうじて呼吸をしているようにも見えた……多分、自分が今どうして助かっているのかも把握していない……





「……き……清水……舞台く……ん…………? 」





 彼女はようやく目を開き、ボクの存在を確認したようだ……その目には涙と思われる輝きが見えた……





 そして……どういうワケか……ボクはこの時、過去に一度同じようなシチュエーションに立ち会わせたような錯覚を覚えた。





 単なる既視感(デジャビュ)なのか……ハッキリとわからない。ただ一つ、確かな思いが頭の中を駆けめぐった。





「舞台……くん……ダメ! ここにいちゃダメ! あなたは……逃げるの……! 」





 なぜ彼女がボクの名前を知っていて、こんな状況にまでなってボクの身を案じているのか……今はそんなコトを考えるのは後回しにすることにした……なぜなら! 





「ウグォォオオオオアアアアアッッッッッ!!」





 暴走状態の須藤さんが信じられないことに……ジェットコースターから100m以上は離れたこの場所までジャンプして、目の前に着地していたのだから……!! 





「ブルシャォォオオアアッッッッッ!!」





 開けっ放しの口から涎が次々と垂れ流す姿に、ボクを助けてくれた須藤さんの面影は一切無かった……





 でも……それでも彼は……須藤 大葉(すどう おおば)であることは間違いないのだ。





『同盟を組まねぇか? 最後の二人になるまで協力するんだ、タッグマッチだ! 』





 須藤さん……ボクと初めて出会った時、あなたはそう言った……その約束通りに行動するならば、目の前に転がっている弱々しい女の子にトドメの一撃を与えて敗退させることが正しいのだろう……





 でも、ごめん……須藤さん。ボクはやっぱり、何もかも中途半端な人間です……





 念願の"鍵"を手に入れても、それを使わずに……何の考えもなくあなたを救おうだなんて思い上がって……今は、多くの参加者を苦しめた本草 凛花に対して……





 "この子を守らなくちゃ"という感情を抱いている……





 自分で死ぬこともせず、ボクに襲いかかるあなたを助け……そしてボクたちの敵である凛花を守りぬく……本当にどっちつかずで……後のことなんて全く考えてない……何もかも中途半端……





 でも……





 その中途半端な自分が……ボクは大好きなんです! 





「ググォゴォォオオオオッッッッ!!!! 」


「須藤さぁぁぁーーーーんッ!!!! 」





 須藤さんは凶声を上げながらこちらに襲いかかって来た! ボクは地面に突き刺していた黒刀を口にくわえつつ、再び風のシールドを作ってその猛攻を防御する! 





「舞台くん……! 逃げて!! 今すぐ逃げて!! 」


「凛花さん、大丈夫! ボクに任せて!! 」





 ボクは心から思う……自分に与えられた能力が、この[風]を操る【吹けよ風、呼べよ痛み (ワン・オブ・ディーズタイムス)】だったことを本当に感謝している……





 この風には、ただ相手を傷つけるだけじゃなく、こうして他の人間を守護(まも)る力も備えられていることに……





 時には優しく肌を撫で、時には激しく世界を揺るがす……冷たい時もあれば、熱い時もある……常に色んな姿を見せてくれる、風……






 そうだ……今、やっと気が付いたよ……





 ボクは生きていた頃からずっと……風の音が大好きだったんだ……





 だからボクは……風に包み込まれながら人生を終えたくて……気が付いたらその音に誘われて学校の屋上に足を運んでいた……





 多くの出会いと別れを通して、ようやく気が付いたんだ……ボクはこのことを……須藤さん……あなたに伝えたい……! 





 だから……! 





 あなたの暴走を……ボクが止める!! 





 「うおおおおおおッ!!!! 」





 ボクはシールドを張りつつゆっくり前進し、須藤さんに近づいた。そして出来るだけ素早い動きで右手を地面に押しつけ、シールドの解除と同時に風の紋章を作り上げた! 





「ビュオオオオオオオオオオッッッッ!!!! 」





 烈風は怒りの声を上げてつつ、須藤さんを天高くまで舞い上げた! 続けざまにボクはくわえていた黒刀を右手に握り、左手で紋章を作って自分自身を上昇させる! 





 顔に覆い付く空気の膜を押し破りながら、ボクは上空20mはある空間にたどり着き、須藤さんと2人で月光を浴び、一瞬の静寂が生まれた……幻想的なシチュエーションに心を奪われながらも、ボクは覚悟を決めた。





「須藤さん! ごめん!! 」





 空中で体勢を崩して無防備な状態になった須藤さんの"脚"に向けて、ボクは黒刀を全力を込めて振り下ろした!! 





「グゴォアアアアあああッ!!!! 」





 鮮血が飛び散り、ワインレッドに月明かりが反射する。瀬根川さんと三田さんの想いが込められたこの刀は、今まで使って来た武器とは段違いの切れ味があった。暴走状態で肉体が強化されていたとはいえ、右足を深く傷つけ、その機動力を幾分か奪うことには成功したようだ。





 安直な考えだけど、両足を使えなくすれば須藤さんは動くことが出来なくなり、そのまま暴走状態が解除されるまでの時間が稼げると踏んだのだ。





「ズグォオオオオンッ!!! 」





 交通事故でも起きたかのような大げさな音をたてながら、須藤さんはモロに地面へと叩きつけられた。ボクは風のシールドを使ってゆっくりと着地……このまま一気呵成に残された左足にダメージを負わせれば、行動不能にできる! 





 しかし……





 突破口が見え、ボクはほんの少しだけ気を緩めてしまったようだ……凛花さんの呼びかけで、ボクはようやく自分に迫り来る恐怖に気が付いた……





「舞台くん!!!! 上!! 」


「え? 」





 気が付いた時にはもう遅かった……右手が煮えたぎる油に突っ込まれたような痛みが走ったかと思った瞬間、右半身に感じる重みが一気に軽くなったことを理解した。





「ぐあああぁぁあああッ!!!! 」





 ボクを襲ったのは、須藤さんの毒液……彼はボクに斬りつけられた瞬間に体から腐臭の漂う液体を真上に向けて飛ばしたのだろう……粘性を帯びていたその毒液は、ボール状の形を保ちながら落下し、ボクの右腕に命中し……溶かし尽くしたのだ。





「舞台くん! もうやめて……このままじゃ! 」


「……へ……平気だよ……慣れてるんだ……腕が取れるのはね……」





 凛花はどうにかしてボクに加勢しようとするが、弱っていた肉体がそれを許さなかったらしい……何度も立ち上がろうとしては膝をついて地面に伏した……そしてその姿が……ボクの闘争心により一層の火を灯した。





「いくよ……須藤さん!! 」





 幸い黒刀は毒液がかからなかったようで、その形を保っている。右手を失った今、もう風のシールドは使えない……残された手段は黒刀による斬撃と、自分自身を飛ばし上げる風の紋章だけ……!! 





 ボクは黒刀を口にくわえて、次なる攻撃に移ろうとした。右脚のダメージが効いている内に、もう片方の脚へと畳み込まなければならない! 





 よろよろと立ち上がろうとする須藤さん……ボクは背後にひっそりと立っている植木に左手で紋章を真横に作り上げ、それに跳び蹴りを放って自分を大砲のように発射させた! 





 口にくわえた刀を左手に持ち替え、須藤さんの鍛え上げられた大腿部を繋ぐ"膝裏"に向けて刃を振る! これさえ決まれば……行動を封じることが出来る!! そう思った……





 しかし……





「ウゴォォォォアアアアアアッ!!!! 」





 何が起きたのか分からなかった……なぜなら突然視界が真っ暗に変わってしまったから……





 そして数秒遅れて、全身に強い痛みが駆けめぐった。





 気が付いた時には……ボクは仰向けに倒れ……そして首を少し傾けると、左腕がグシャグシャに崩れて食いかけのフライドチキンのように変わり果てていることに気が付いた……





 さらに言えば……ボクの真横には巨大な"壁"がそびえ立っていた……つまりボクは……突如現れた"壁"に猛スピードで激突してしまったようだ……その時に左半身からぶつかっから、左腕に重傷を負っていたのだ……





 そうか……分かったぞ……この壁は……





 記憶を辿り、一つの答えを導き出した……突然現れた壁の正体……これは須藤さんが得意としていた"ちゃぶ台返し"によって作られたのだ……





 暴走状態になろうとも、須藤さんは本能的にその技を使った……そしてボクの攻撃を防いだ……





「グルルルォォ…………」





 壁の陰からひっそりと……ジャングルに迷い込んだ者を睨みつける虎のように……凄みを漂わせた巨体がボクの体を見下ろした。





 両手を失い……これで【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】は封じられてしまった……





 ボクはわずかに残された力を振り絞り、傍らに転がっていた黒刀を口にくわえた……





 両手がなくとも……頭さえ動かすことができれば……





 須藤さんがゆっくりと右の拳を振り上げた……血管が浮き上がり、鍛え上げられた筋肉のツヤが眩しい……





 そして、その拳はあまりにも安直に、重力と共にボクの顔面へとめがけて振り落とされようとしていた……





 このままボクを倒したら……弱り切った凛花にも同じようにトドメをさすのだろう……そうすれば……この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の優勝者は須藤さんだ……彼にとっては念願の結末だ……





 それはそれで……いいのかもしれない……





 でも……





 ボクは結局、須藤さんがどういう理由で自殺したのかを知らないままだ。それが今になって後悔の念になった……





 須藤さんのこと……いや……強奪チームのみんなのこと……もっと知りたかったな……もっと話をしたかった……すればよかった……





 ボクの人生の中で初めての思い……





 もっと知りたい……もっと分かり合いたい……





 それが、今……こんなやりきれない場面でようやく生まれた自分の人生を呪った……





 須藤さんの拳が……ゆっくりとスローモーションでこちらに近づいてくる……





 学校でイジられていたこと……女の子に強姦することを強要されて逃げたこと……飛び降りたこと……ガス男……恵さん……銃の能力者……須藤さん……時計台のお姉さん……凛花さんに……三田さん……来徒さん……努さん……練さん……雪乃さん……瀬根川さん……それに美徳(ぺぱみん)……





 今までの思い出がグルグルと頭の中で飛び交ってかすめる……





 これで……終わりか……









「……まだなの!! 」





「……え? 」





 その声を聞いた時、霞んでいく視界が一気に鮮明になった。





「まだ……まだ戦うの!! 」





「り……凛花さんッ!!!!? 」





 信じられなかった……あの本草 凛花が……炎も、服すら纏っていない状態で……須藤さんの拳を生身で受け止めていたのだ! 





「ぐああああッッッッ!! 」





 須藤さんの拳からは毒液が分泌されている……凛花さんの体は耳を塞ぎたくなるような溶解音と共に……どんどん崩れてしまっている……! 





「ぶたいぐん!! 勝つの! ぜったいに勝ってぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!! 」




 毒液によって体から骨まで露出した状態で、凛花さんはボクを必死に鼓舞した……もう、考えることすら必要ない……することはただ一つ……!! 





「フオオオオォォォォッッッッッッッッ!!!!」





 噛みしめた黒刀を、首が引きちぎれるかと思うほどに力を込めて思いっきり振り落とした! さっきは不発に終わった須藤さんの左膝に向けて!! 





「グォオオオオオぉぉおおおおッッ!!!! 」





 左脚は見事に切断され、須藤さんはそのまま倒れてもがき苦しんだ……そしてしばらくしてその動きはゆっくりと止まり……肌の色は毒々しい紫ではなく、元の赤みを帯びた色へと変化し……膨張された筋肉も風船のようにしぼんでいく……





「…………やった……! 」





「……やったね…………ぶた……い……くん…………」





「凛花さん!! 」





 須藤さんを止めた余韻に浸っていたボクは、急いで彼女の方へと歩み寄ったが……もはや頭部だけがかろうじて形を保っていると言ってもいいほどに、酷い状態だった。





「……ありがとう、助けてくれて……でも、ごめん…………あなたを、守りきれなかった……」





「いい……あ……あなたは…………じゅう……ぶん……たすけ……て…………くれ…………た……」





 そう言い残した彼女の体は、ゆっくりと光りに包まれて、そのまま月明かりの照らす夜空へと昇っていく……





 この戦いで唯一の炎の使い手……そして、何人者参加者を脱落させてきた巨星は……ボクに多くの謎を残しながら脱落してしまった……





 あの子は……一体……





■■【現在の死に残り人数 2人】■■




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