どん底に落ちてます。

「お前自身に何か変わったこととかねぇ?」


「え?別にないけど」


「ふうん。それならいい。じゃーな」


シンはスーリアの部屋を出て行った。



その日の夕方、ゼロと葉月がやってきた。


「スーリア、ちゃんと食べてる?」

「うん。葉月さん、今日はシンが来て朝食作ってくれたよ」

「そう」


浮かない顔をしている葉月。


「スーリア、そろそろテレビに出てみたらどうかな?」

そう言ったのはゼロ。


「あにさま、それは無理かも」


「この世間の混乱の中、テレビに出ちゃったらもっと混乱が広がるってことかな?」


「う…うん」


「このまま騒ぎが静まるのを待つより、自分から真実を話してみた方が、事態が好転するかもしれないよ」


「そうかな?あにさま…」



__何でも分かっているあにさまが言う話なら、本当にそうなのかもしれない。



「でも、出るテレビがないよ。あたしを出演させるなんてリスクがあるでしょ?」


「いつもスーリアが出てるロックオンって言う歌番組に出演できるよ」


「え?それはもう決まってるの?」


「うん。明後日の午後の生放送で、歌うのは、バイユアサイドって曲でお願いできるかな?」


__ちょちょい。展開が早すぎてついていけないよ。


「あんた、何企んでるのよ」

葉月が疑いの目をゼロに向ける。


「スーリアに早く元気になってもらえるように、設定してみたんだ」


ゼロは、自分の広い人脈を使って、ロックオンのプロデューサー・ハヌマにコンタクトを取っていたらしい。



__あにさまは、スーのためにしてくれたんだ。


スーリアは、前を向いた。


「あたし、出るよ。歌う。バイユアサイド」

ゼロは微笑んだ。

「頑張れ」



スーリアは、この日、声と体調の調整をした。


次の日は、リハーサルに出かける。

歌うのはバラードだ。バックダンサーは必要ない。スーリア一人の舞台だ。


そして、その日がくる。


「よろしくお願いします」


マネージャーと一緒に頭を下げるスーリア。プロデューサー・ハヌマは笑顔で迎えてくれた。


「今日は、スーリアにたっぷり時間をとったよ。最初にスーリアからファンへメッセージを。それからバラードだ」


「はい」


怪訝な顔をする者たちがほとんどのこの場所で、出来ることを精一杯やるしかない。周りの評価は二の次、自分が立ち直るのが先だ。



スポットライトがスーリアへ当たる。


「皆さん、ご心配をおかけしてすみません。スーリアは、また新たに皆の歌姫として出発します」



言えることは全て言おう。


シンとは付き合っている振りをしていたこと。


他国へ自分の体を差し出した訳ではなく、主治医と旅行に行っただけだということ。


主治医のヤジマ先生は、スーリアの唯一の理解者で、いつも相談に乗ってくれていた。


気づいたら先生を大好きになっていて、先生が世界の全てだった。



何故?



何故なのか、いつのまにか被験体として利用されようとしていた。


スーリアの心とは違うところで、物事が進んでいた。



__あたし、先生が大好きだったのに。



「聞いてください。バイユアサイド」



これしかないと思った

あなたに信じられるにはこれしかないと


夜行列車で向かい合って話した


あなたのこと

わたしのこと

全てを知った


全てを知った気になってた


これであなたを手に入れたと思う


でも違う

これはあたしの望んだ道じゃない



距離が必要だったの

本当は二人には距離が必要だったの



こんなに近くては

見えてこない



真実は

あたしとあなたしか見えてないのでは

本当は

見えてこない


__先生はあたしに同情してた。でもそれじゃ、本当に行きたい場所が見えてこない。



スーリアの姿は色んな所にある。


街頭テレビ、巨大スクリーン、家庭用テレビ、モニター、パソコン画面、タブレット画面、携帯電話の画面。



それらの前にした人々は、理由もなくスーリアの姿に釘付けになった。


どんな思惑もそこにはなかった。

歌声に惹かれ、姿に惹かれ、何者でもないスーリアに惹かれていた。



「ハヌマさん、放送を止めてください」

「何?」

「テレビ画面を見ていた人たちが、次々に失神していると連絡が入りました」

「なんだと!どういうことだ?」


ディレクターが倒れる。

「おい!どうしたんだ」


倒れた先に見えるのは、涙しながら歌うスーリアの姿。


プロデューサー・ハヌマも倒れた。


その会場で立っている者は、スーリアしかいない。


周りの者が気を失っていく中、スーリアは自分の世界に入り込み、バイユアサイドを歌いきった。



気づくと声援も何もない、しんっとした世界が広がっていた。

「どうしたの?皆。どうしちゃったの?」


いったい何が起きたのかと戸惑うスーリアだったが、これが女神の伝説の始まりだった。


スーリアは悲しみを味わい、恋を知って、覚醒した。



ゼロは、摩天楼の中、屋上にいた。

街は雑踏の中にあったが、人の声は消える。画面の砂嵐が響いている。


「目醒めたか。スーリヤ、やっと会える」


遠い日、自分を置いて逝った人を仰ぎ見る。



降り続く雪はかみ雪で、もう近い春の訪れを示唆している。春が来れば、やっと望んだ場所に行けるのだ。


灰色の世界に降る雪の白が、頬に溶けて雫となった。



___


その日からのスーリアは、仕事が無くなった。


あの歌はいったい何だったのかと、目覚めた人々が異常を叫んだ。

もう二度と動画では歌えないだろうと、人は言った。


マネージャーもいなくなり、ロックオンにも出演できなくなった。


「スーリアだ。魔女だよ。あの娘は」


道を行けば、口々に言う人々。

国からの生活のための支援もいったん打ち切られた。

スーリアは苦しい日々を送る。



「スーリア、ちょっとこいつに私の名に従いなさいっと言ってみ」

と、学校で言ってきたのはシン。


学校へは通っているスーリアは、何のことかと思いながらも、ハルさんに向いた。


「私の名に従いなさい」


そう言うと、ハルさんの瞳から光が消えた。

「はい。姫巫女」


大昔の人が言っているかのような不思議な声音でハルさんが言う。


パチンと指を鳴らしてシンが言った。

「お前、能力が覚醒してる!」

「え?」




スーリア〜winter〜了。

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