登場が空振り。

看守に向けて挨拶をしたが、またしても失敗した。


「こんにちはに、ですは付けなくてもいいんだよ」

先生が言う。



二人は、アバシリ監獄の別棟に案内された。

この棟は、ある人物を閉じ込めておく為だけに造られた塔だ。


その最上階には、一人用の牢屋と同じくらいのスペースがあった。


鎖と鉄球が複数ある。


「ここは、世界で一番凶悪といわれた大犯罪人、ルドラ・シヴァ・ゼロを百数十年閉じ込めていた牢屋です」

と、看守。



__ここは、あにさまがいた場所?



「君のあにさまは、ここからこんな素晴らしい景色を眺めていたんだね」


先生が指差すのは、鉄製の椅子が顔を向ける窓。


「わあ」

窓の外には、樹氷と、日の光に照らされてキラキラ揺れるダイヤモンドダストが見られた。



「綺麗だね」

「はい。先生」


鉄製の椅子に、フードを目深に被った青年の姿が見えた気がした。


「今日からこの素敵な場所が、君の住む所だ」

「え?」

スーリアの体に、鎖が繋がれた。



___


一方、Aガーデン、ガーネシア市は騒ぎになっていた。



「破軍が通るぞ。道を開けろー」


いくつもの旗を掲げたバイクの集団が、市の大通りを走って回る。

先頭には、北斗七星を背負った破軍のヘッドがいる。



「今日は、ヘッドが学校を代わる記念すべき日」

「道を開けろー」

「今日は花道を用意しましたぜ」


ガーネシア私立高校で止まったバイクたち。校門に紅い絨毯が敷かれた。


そこに降り立つのは、新しい制服をパリッと着こなしたヘッド。


「行ってらっしゃいませ。ヤンさん」

ズラーッと頭を下げたライダーたちが並ぶ。


「おう」

と、ヤンが応える。


「何の騒ぎですか、これは」

と、校門にぞろぞろとやってきたのは、校長と教頭。



「おはようございます」

ヤンは爽やかな笑顔で言った。


「これはこれは。坊っちゃんでしたか。寒い中お疲れ様でした。ささ、どうぞ職員室へ。さあ」


ヤンは、校長に導かれるままに職員室へ向かった。


「君がヤンくんだね」

と、ヤンの前に現れたのはゼロ。


「初めまして。担任のゼロ先生ですね。よろしくお願いします」


「うん。転入手続きが済んだら、教室に行こうか」


ゼロはヤンの背中に手を添える。


「ゼロ先生、くれぐれもヤン君のこと大切にしてくださいね」

と、校長。


「ん?特別扱いは良くないって、前に聞いた気がしましたが?」



すると、校長はゼロに耳打ちする。


「彼は特別なんです。彼の機嫌を損ねただけで、この学校はどうなることやら…なんですよ!」


「ふーん。それじゃあどうなるのか、ヤンくんの機嫌を損ねてみたいですね」


「冗談でもそんなことは言わないように!」


そしてヤンが咳払いする。

「教室に行きましょうか。先生」



口笛を吹く、楽しそうなヤンを連れて、教室のドアを開ける。

「皆、おはよう」

「おはようございます。先生ー!」


元気な返事が返ってくるが、クラスの中の誰かが「ゲッ」と言った。


それはシンだった。

「いましたね。シン」

「おー」


「ヤンも来たのか」

そう言ったのはケイティ。


「お前もここにいたんですね」

「そうだぜ。おいらはシンを追いかけてきたんだ」

「ストーカーか」

ヤンは呆れて言った。


「違う!シンも言ってやれ。おいらとシンは運命の赤い糸で繋がってるんだからな」


「いや。わざわざオレをからかいに転校してきたんだよな」

と、シン。



「何でそう言うかな。おいらがどんなにシンを想ってるか、シンも知ってるだろう?」

ケイティはシンに腕を組んだ。


「やめろ!何企んでやがる」

「何も企んでなんかないぞ」



ヤンはため息を吐いた。

「ケイティもシンも相変わらずですね」




ヤンの元に、いぶかしげな顔をした学級委員の宇喜田くんとハルさんがやってきた。


「ヤンさん」


「ああ。あなた方もここにいたんですね。久しぶり」


宇喜田くんとハルさんは顔を見合わせる。



「心配しなくても、ここでは平和的に行きますよ」

ヤンは作り笑顔をした。



「あなたのお嬢様は、ここで居場所ができてます。安心なさって、元の高校にお帰りください」

と言ったのは宇喜田くん。


「ツレないことを言いますね。俺はもう転入手続きをしたんですよ」


「転入初日にずいぶん騒ぎを起こしているじゃないですか。僕たちは心配ですよ」


「偉そうに俺に意見するようになったんですね。ここでも俺が一番になると言うのに」



ハルさんが口を挟む。

「お願いですから、スーちゃんには手を出さないでください」


「手なんて出さないですよ。俺の大事なお嬢様ですから」


宇喜田くんとハルさんはため息を吐いた。おそらく、これから何か騒ぎが起こると予感している。


「それで、肝心のお嬢様は?お姿が見えないようですが」


それでクラスがざわつく。


「スーちゃんは、居ません」


ハルさんはゼロに目配せした。


「スーリアを追いかけて来たのかな?残念だけど、スーリアは新学期になってから登校していないんだよ」

「!?」


ヤンは驚いた。


スーリアのGPSが機能しなくなっているのは知っていたが、それは政府の方針か何かで、彼女はここにいると思っていたのだ。



「お嬢様はどこに?」


「オレも分かんねー。元旦に会ったっきり、あいつの顔を見てないんだよ」


「シンも?」


せっかくスーリアと同じ学校に来たのに、なんたる事だ。


破軍の連中を引き連れ、派手な登校をして、今度こそは記憶に残る男になるとキメてきたのに。



「ほんっとーに残念だったな」

シンはニヤニヤしている。


「笑うんじゃねえ。その顔潰されてぇか」

ヤンは怒りを滲ませる。



「まーまー。落ち着いて」

と言ったのはハルさん。


「スーちゃんが元旦に居なくなって、誰と今一緒にいるかは分かってるの。政府の人間が調べはついてるらしいよ」


「いったい誰が彼女を連れ去ったんですか?」


ヤンは正気を意識して、気を取り直した。


「スーリアは、主治医と一緒にいるみたいだね。今は、東照機国にいるよ」


ゼロがそう言うと、ヤンは教室を出て行こうとする。


「あれ?ヤンくん、どこに?」

「東照機国に行くんですよ」

「あんな遠い所に、簡単には行けないよ」

「じゃあどうするんですか!俺は今度こそ彼女を守りたいのに」


「心配しないで。と言っても無理かもしれないけど、小生と政府の人間で、迎えに行く準備ができてる」


「早くしないと彼女の体は!手遅れになるかもしれないのに!」


ヤンは自分の右の義手に左手で触れた。


「ヤンさん。ウチらも心配だけど、こればっかりは国の問題だから」

とハルさん。



「ヤンくん。君の義手は、そういう奴らにそうされたんだね。大丈夫。スーリアは今はまだ五体満足だよ」

ヤンの記憶を読んだかのようなゼロの口ぶり。



「東照機国に行くんなら、オレも行くかな」

と言ったのはシン。


「シンくんは口を挟まないで」

とハルさん。


「何?シンも行くならおいらも行く」


「あー、話がややこしくなる。ケイティもダメだよ。クラスの皆、ここで待ってなきゃダメなの」


「シンもケイティも、ハルの言うことを聞きな。スーリアの主治医は、私の会ったこともない兄なの。血が繋がっただけの他人だけど、その人はスーリアの体を傷つけたりしない」


と、エメラルド・サンドラが言う。



「え?何、サンドラ。スーリアの主治医と知り合い?」

と、ハルさん。


「いいえ。見ず知らずの他人。だけど、その人も私も、同じDNAの両親からなる試験管ベイビーなの」


「なるほど。デザイナーベイビーなんだね」

と、全てを察したゼロ。



「先生は私の言ってる事が分かるでしょう。その人は、自分と同じ試験管ベイビーのスーリアに感情移入してる。だから、先生と政府の人間は、会えばすぐスーリアの無事を確認できるはず」



「そうか。貴重な情報ありがとう。エメラルドさん」


ゼロがそう言うと、教室のドアをノックする音が。

「ルドラ・シヴァ・ゼロ。今から例の地へ行く」


ドアを開けたそこには、黒ずくめのスーツ姿の人物が何人も並んでいる。



「いよいよだね。行こう」

ゼロは教室を出て行く。


「授業は他の先生に任せた。皆、いい子で授業受けてね」



(え?このタイミングで?)

と、クラスメイトたち。


「先生待って!俺も連れて行ってください!」

と、ヤンはゼロを追いかけ廊下に出た。


すると、ゼロは黒ずくめの人物たちと七色の光の中にいた。

「行ってくるね」

手を振るゼロ。


クラスメイトたちがこぞって廊下に姿を現す。

「先生ー!」


ゼロは七色の光の中に姿を消した。



「あいつ魔法使いやがった」

と、腕にケイティをくっつけたシンが言う。


「魔法?」

「空間移動の魔法だよ。ゼロはいっきに東照機国へ行くらしい」


クラスメイトたちは目を光らせる。


「スゴイ!」

「シンもできるの?その魔法」


シンは大威張りで言う。

「できるに決まってんだろう!」


わあっと盛り上がるクラス。


「やってみて」

「やってみて」



「俺を今すぐ東照機国へ連れて行け」

と言ったのはヤン。


「無理だよ。オレがやると、着くのは何日も向こうになっちまう」

と言うシンに、ヤンは舌打ちをする。

「使えねえヤツ」



クラスメイトたちがダダーっとシンの前になだれ込む。


「スゴイよ魔法」

「どうやったらできる?」

「私もやりたい!」

「最近使った魔法は、他にどんなのがあるの?」


人気者になったシンは鼻高々で。


「スーリアと一緒に使った魔法があるな」



「えー?それはどんなの?」

「封印の魔法だな」


「それはどうやってやるの?」

「キ、キスだよ」


「キャーえっちー」



「キス!?」

ケイティとヤンが反応する。


「シン!スーリアとキスしたのか?」

と、ケイティ。


「お、おう」

「それは、恋人のキスなのか?フレンチなキスなのか?」


「フレンチ?まー、大人のキスだな」

「何だとー?」


クラスメイトたちがあっと声を上げる。


「この浮気ものー!」

ケイティの右ストレートが、シンの頬にヒットした。



ああ。


と頭を抱えるヤンとクラスメイトたちだった。


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