No.SIX 集会の主。

悲しい。

目が覚めたら、悲しい世界が私を待ってる。


四角い天井が、私を冷たく見下ろしている。


悲しい。


理由もなく悲しい。



この世界が終わって仕舞えばいいのにと、

何度思ったことだろう。


こんな苦しみが、あと何十年も続くのかと思うとうんざりする。


あなたには分からないでしょう?


生まれた時から、幸福を約束されているようなものじゃない。


死ぬことがないんだから、

悩みだってないでしょう?



どんな道を辿っても、いつだって幸福に向かって歩いてる。



そんな人が、

私の苦しみも悲しみも生きづらさも、

分かりっこないわ。




「分かるよ」



「分かるよ。小生には分かる。小生は生まれた時に、もう不幸になることが決まっていた」


「何が分かるの?あなたの永遠の命は、唯一無二の幸福でしょう」


「苦しいんだ、悲しいんだ」


「あなたは、私みたいに何も背負ってないから、そんなことが言えるんだわ」


「君みたいに一つの国の未来を背負っていたり、生まれのトラウマがあったりはしない」


「だったら、何が分かるのよ」


「君とせっかく出逢えたのに、いつか君と一緒にこの世界を生きることができなくなる。それが苦しいんだ」


青年は、高く両手を広げた。手のひらを目一杯空に向けている。


「何をしようというの」


「この世界を壊すのさ」



手のひらが焼けだす。ものすごい引力で星を呼び寄せた。


「やめて。あなた、手が無くなっちゃうわ」


「いいんだ」


大地が震える。海が大きく波打つ。世界が変わってしまったようだ。


空には大きな月が一つ増えていた。


「でも、やっぱりダメだね。この星は女神に守られてるせいで、これ以上星を近づけることができない」


青年は、星を大地にぶつけようとしていたのだ。


しかし、それは阻止された。


この世界を守る女神の力によって。


「スーリヤの力?」


「そうだ。彼女のせいで、この世界の全てを壊すことは、この時代ではできないようだ」



___


「へー、それが月が二つになったエピソードなわけね」


スーリアは、夜明けまでの間、シンからゼロが月を二つにした話を聞いていた。



「そうなんだよ。流星をゼロが引き寄せて、この星にぶつけようとしたんだけど、スーリヤの力のせいか何だか成功しなかったんだ」


「あにさまの力に対抗できるのは、スーリヤの力だって分かったわ」


「お前、そんなスゲー力持ってんだから、もっと偉ぶってもいいんじゃね?」


「偉ぶるって、ただでさえ世界の歌姫で偉いのに、これ以上偉そうになったら嫌味でしょ」


「オレが言っといてなんだけど、その言葉が嫌味だわ」



「てかさ、気になったんだけど、さっきの話。あのスキー合宿の夜、あんた、あたしの呪い解こうとしてたの?」



「ん?まーな」

「それ、ダメでしょう!あにさまがいなくなっちゃう!」


「いいんだよ。あいつはそもそも死にたがりだし。てか、今は封印を二重にしたからいいじゃん」

「良くない!あんたはホント軽く物事考え…」


「待て!ちょっと静かにしろ」


「何!?突然に」

「誰か来た。バイクの音聞こえるだろう?」


二人は植え込みに身を隠した。


すると、空中バイクが何台もこの公園に集まってくるのが見える。


バイクは旗を掲げていて、そこには日の出が描かれたものと、北斗七星が描かれたものと、破軍という漢字の文字がおどっている。


バイクから、一番景色の良い丘の上に降り立つライダースーツの人物。


ヘルメットを脱ぐと、夜明け前だというのに丸いサングラスをかけた。顔は暗くてよく見えない。背が高い少年だ。

「お前ら!今年も天辺獲るぞー!」


「おおおー!」


その少年の掛け声で、バイク乗り達が皆雄叫びを上げる。


と、少しの沈黙の後、バイクの一人が言う。

「何でらしくないことやってんすかヘッド」

「一度、やってみたくてな。文句あんのか?」

「いえ」



するとこぞって声を上げるバイクの者たち。


「今年も全国一位を守り抜くぞー」

「おおおー!」


「今年も不動の地位を守り抜くぞー」

「おおおー!」


「今年こそ彼女をつくるぞー」

「おおおー、お?」


「誰だ今ふざけた事言ったの」

「お前か?」

「お前だろ」


咳払いをする丸いサングラスの少年。


「いいかお前ら。初日の出を見るためやってきたこの元旦のめでたき日に、オレらだけじゃなく余計な奴らがここにいる」



ギクっとなるスーリアとシン。



「探し出して締め上げろ!」


バイクの連中は辺りの捜索を始めた。



「どうしようシン。あの人たちあたしらがここにいる事知ってる」


「どうするかなスーリア。オレは見つかっても大丈夫だと思うけど」


「大丈夫じゃないでしょう!締め上げろって言ってたよ?」


「大丈夫大丈夫。あいつら見たところ大したことないぜ」


「何でそんな余裕?あたし、不安だよ」


「てかさー、あの丸いサングラスの奴、雰囲気がオレが知ってる奴に似てるんだけど」


「え?」


シンは一人、植え込みから姿を現す。



「見つけたぞー!」


「恐ろしくなって出てきやがったか」


「ヘッド、どう料理しますか?」


シンの周りにバイクの連中が集まってくる。


「明けましておめでとう。エア・ヌラシンハ・ヴァラーハ」


丸いサングラスの少年が言う。

シンは気づいた。この少年が何者なのかを。


「オレの本名知ってるってことは、やっぱりお前、アイツか」


と言っているうちに、シンに飛びかかって行くバイクの連中。


「元旦からめでたい初喧嘩か。いーねー」


多勢に無勢。

シンは不利な状況で、次々と連中をバッタバッタとなぎ倒していく。


「怯むな。あいつは一人だ。束でかかればいつかバテる」


サングラスの少年はそう言ったが、シンは一向にバテる様子もなく、倒れて行くのはバイクの連中ばかり。


ついに、立っているのはシンとサングラスの少年だけになった。


「よえーな。精鋭部隊でないとはいえ、全国一位の破軍がこのザマか。お前ら、帰ったらシゴいてやる」

と言ったのは、サングラスの少年。シンも言う。


「ホントよえーな!お前の仲間。いつぞやのスキー合宿を思い出すわ」


ギクッとなったサングラスの少年が誤魔化す。


「お前は何で平気なんだよ。息も上がってねーじゃん。化け物か」


「まーな」


サングラスの少年は、辺りを見渡す。

「お前のお連れ様はほっといていいのかよ?」


「あ、忘れてた」

シンは慌てて指を鳴らす。


パチンっという音と共に、スーリアは銀河の宇宙にのまれた。


「え!何!?突然何するの、シン!」


すると銀河の空間に、シンの声が響く。


「お前は先帰ってろ。この星の中のどれかにお前ん家へ続く光がある。数秒したら大きな画面にお前ん家の玄関前が出てくるから、そこから脱出しろ」



「え…でも…」

「オレはコイツと一戦交えてから帰る。心配すんな!」

「そんな事言ったって、大丈夫なの?」

「大丈夫。ほら、行け!」


と、スーリアの目の前に、スーリアの部屋の玄関前が映し出された画面が出てきた。


「スーリア。お前、天駆天瑰のヤンには気をつけろよ。何か企んでやがるからな」

「何?それってどういうこと…」

「じゃーな!」


ブチっと会話が途切れる。


スーリアは突如として吹いてきた風に押されるように、自宅の玄関前になだれ込んだ。




シンはサングラスの少年から、頬に一発喰らっていた。


「ボーっとして黙り込んでんじゃねーよ。俺を目前にして、ずいぶん余裕だな」


サングラスの少年に、胸ぐらを掴まれるシン。


「へっ。お前くらいどおーってことねーんだよ。スーリアが居なくなったから、これで好きに暴れまわれる」


「ふん。そんな減らず口きけなくしてやる」


二人はぶつかり合った。衝撃波が、風を水紋のように波打たせている。


「俺が何者か分かったと言ったな。どうしてあの子に言わなかった?」


「言った所で何が変わる。ヤンが怪しいやつだってことに何も変わりはないだろ」


サングラスの少年ことヤンの拳の向こうに、笑みが見える。


「俺が何を思って、何を一番に優先してるか分かってんのか?」


シンは、ヤンの拳に応える。


「わかんねーよ。ただ、スーリアのことは大事に思ってんだろ」


「ほう」


シンの一撃一撃が、ヤンにかわされる。


「チクショー。おわんねー」

「何でお前の攻撃の全てが俺に届かないか、教えてやろうか」

「何だよ」

「お前の拳は先が見えてる。俺の方が強いぜ」

「偉そうにすんな!」


シンは、ヤンの顎を目掛けて自分の頭を突き上げる。



ガンっ。



「これでどーだ!」

「いって!」

反則な動きに、ヤンは顎をおさえた。



「さあ、トドメだ」

シンが拳を温めて。


「まあ待て。お前に話しておくことがある」

ヤンは左の手のひらを見せた。



「はあ?楽しい時間は終わりにしよーぜ」

シンは拍子抜けして力を抜く。



「お前にしたら楽しい時間かも知れねえけど…」

と、ヤンは言ったところでシンの脇腹に一発入れた。


「ってー!反則!」

シンは地面に転がり込んだ。



「それで、本題だ」

ヤンはケロっとしてシンの前に立つ。


「ちょっ。こんなのお前の勝ちじゃねーぞ!」

とシン。


「勝ち負けなんて二の次だ。お嬢のことだよ」


「お嬢?誰?」


「スーちゃ…いや、スーリアさんのことだ」


「今、スーちゃんって言おうとしたよな?おいおい」


「それはほっとけよ」

「ほっとけねー。幼稚園児かよ!」

と、シンはゲラゲラ笑う。


「笑うんじゃねえ。もう一発喰らいてえか?」


ヤンは、サングラスを外しながら言う。

「あのな。東照機国がディーヴァプロジェクトに勘付いて動き出してる。彼女の身に危険が迫ってる」



「ディーヴァプロジェクトぉ?何だそりゃ」


「別名、スーリヤ復活計画だよ。今、この世界にスーリヤが復活したとして、彼女を手に入れれば巨大な力が手に入る。それに気付いた東照機国のお偉いさん方が、彼女を狙っているんだ」



「ほー、スーリアをな。あんなどーってことない普通の女に大それた力なんてあんのかね?」


「あるんだよ。スーリヤは、かつて大陸全土を支配していた姫巫女だ。その神通力と支配力が復活してみろ。大きな戦争になるぞ」


「ふーん。ヤンが今日ここにいんのも関係あるのか?」


「は?」


「スーリヤの力は、さっきここで封印したぜ?」


「封印?」


「キスしたんだよ」


「キスぅ?」


ヤンの額に青い筋の血管が浮かび上がる。


「封印は完了したから、スーリアに関するゴタゴタは心配ねーと思うけど」


「は!?ちょっと待て。お前、お嬢とキスしたのか?」


「あー、柔らかい唇だったぜ。スーリアは歯に当たって血が出たとか言ってたけどな」


「おまぇえー!」

ヤンが拳を突き上げる。シンはすかさずそれを交わす。


「何だよ。妬いてんのか?ヤンはスーリアが好きなん?」


「シン、お前、自分が何をしたか分かってんだろうな!女神を汚したんだぞ!」


「女神?お前にとって、あいつはそういう立ち位置なんだ」


「嗚呼、お前分かってねえな。それがどれほど罪深いことなのか、全く分かってねえ」


「はあ。そうなん?」


「この世界の行く末は、女神の動向に左右されると言っても過言ではない。それを簡単に、普通の女にしたように言うなんてどうかしてるぜ」


ヤンの息が荒くなる。



「まーまー、とりま落ち着いて」

と、ヤンの肩を撫でるシン。



「落ち着けるか!あの悪名高い東照機国が彼女を手に入れようと画策してる時に、呑気なもんだ」


「何だよ。そのトウショウキ国っつーの。なんかスーリアに影響あんの?」


「ディーヴァプロジェクトの担当医に、東照機国出身の奴がいるんだよ。どうも彼女を懐柔して取り込もうとしてるらしい」


「ふーん。スーリアは自分のかかりつけ医のことなんて、何も話してないけど」


「とにかく、シンはお嬢を守れ。今、一番彼女の側にいるのは、お前なんだよ」


「ほー。なんかよーわからんけど、スーリアのことは見てることにする」


そうこうしている間に、夜が明けてきた。


山の向こうが白く光りだしている。




「シンと一緒に初日の出を見るのか、俺は」

と、ヤンが肩を落とす。


「ん?なんか不満そうだな」

シンは鼻をほじっている。



「不満だよ!シンには消えてもらって、お嬢だけ残って欲しかった」


「ふーん」


「ふーんかよ。おい!お前ら起きろ!」

と、ヤンは寝ているバイクの連中を叩き起こして回る。



「何すかヘッド。まだ朝には早いですぜ」


「寝ぼけてんじゃねえ。帰るぞ」


「あ、あいつ、まだ倒れてねえ!ヘッドいいんですか?」


と、バイクの連中が指差すのはシン。


「あいつはいいんだよ。飛ばして帰って、おせちを食べるぞ!」


「わー、おせち!ヘッドん家のおせちメチャクチャ旨いんだよな」


「じゃあな。シン。お嬢によろしく」

ヤンは、バイクの連中を引き連れて、空中を駆け、去っていく。



「よろしくも何も、オレ、スーリアとは新学期まで会わねーけど」

と、シンは一人残され、ポツンと言った。


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