大好きな人を守るために。
「シンに近づかない方がいいってどういう意味?」
「あの子、アホでしょう。スーリアにアホが感染ると困るじゃない」
「シンは確かにアホだけど、楽しい奴だよ。近づかないって意味がわからない」
食い下がるスーリアに、葉月は言いにくそうにして。
「あの子はね、あなたを不幸にするわ」
「そんなはずない。葉月さんとシンは知り合いでしょ?戦友だって、シンは言ってたよ」
「あの子はあなたと一緒にいると、悲劇を生むのよ」
「どうして?」
と、スーリアが言った所で赤ちゃんの寿が泣き出した。
「よしよし、寿。新生児室へ戻りましょうか」
「待って。葉月さん」
「ゆっくりお話しができなくてごめんなさいね、スーリア。別に、あなたに喧嘩を売ってるわけじゃないのよ」
「じゃあ何?何かあたしに話してないことがあるんじゃないの?」
ギクリとした葉月。
本当は言うつもりなどなかったのだが。
「珍しく鋭いわね。シンは、封印の少年なのよ。あなたの中に眠る力を古代のDNAから呼び起こしてしまうかもしれないの」
「え?それはどういうこと…?」
とスーリアが首を傾げた所で、葉月はエレベーターに乗り込んだ。
「とにかく、封印が解かれてしまうと色々と傷つく人が出てきちゃうってことなのよ。覚えておくのよ!」
葉月がそう言うと、エレベーターの扉が閉まる。
「ちょっと待って葉月さん!あたしそんなの聞いたことがないんだけど!」
というスーリアを置き去りにして、エレベーターは下に向かって行った。
__あたしに何かが封印されてて、シンがその鍵を持ってるってこと?シンは、このことを知ってるのかな?
ガーネシア病院を出ると、スーリアは真っ先に市立図書館に向かった。
__シンに近づかない方がいい?そんなの知らない!
図書館のパソコンの前に座り、本の情報ではなく、星と夜景の見える場所を調べる。
__これはもうシンに会って確かめるしかない!
画面に出てくるのは、どれもガーネシア市内の有名な場所ばかり。
__ここじゃない。ここじゃない。ここでもない。
ガーネシア市内の公園は、どこもすぐ側にビルが立ち並んでいるところばかりだ。スーリアが探すのは、周りは木ばかりの山の中。
__そうだ!ガーネシア市じゃないのかもしれない。
検索する範囲を広めて、画面の下の方まで隈なく見る。
__あたしとシンのスキャンダルも一緒に調べれば出てくるかな?
すると、一人の有名人のブログにその場所があった。
「今日はクラスメイトと一緒に星と夜景を見た」
マップも一緒に付いている。
__これだ!
ブログを開くと、天駆天瑰の公式サイトで、シンのブログだった。
「シンかい!」
思わず大声を出してしまった。
図書館の他の人たちが白い視線を送ってくる。
__ごめんなさーい。てか、シン。あんたブログに載せるなよ。これじゃ見つけてくれって言ってるのと同じじゃん。
写真が載っている。星と夜景だ。日付も時刻も、スーリアと一緒にいた時間と合っている。
__ここって、ガーネシアの隣の市じゃん。なるほどね。
___
スーリアは大晦日の日まで、年末年始のテレビ収録やライブで忙しい日々を過ごした。
大晦日の大型歌番組では、天駆天瑰と一緒になったが、そこにはやはりシンはいなかった。ひな壇で、彼らと隣の席になった時、ヤンがスーリアに話しかけてきた。
「シンは無責任な奴だと思いませんか?年始には戻ってくるとか言ってたけど、天駆天瑰のダンサーとしての自覚がないですよね」
「うん。そうかもね。ところで、ヤンくんの方こそ勉強、忙しいんじゃないの?」
「俺を気にしてくれるんですか。嬉しいなぁ。大丈夫ですよ」
「そう?国立第一高校は勉強本当に難しいから、大変でしょ?」
「はい。まあ、俺にかかれば簡単なもんですけどね」
「あたしは国立第一高校にいた頃、ついてくのに必死だったよ」
「そうなんですね。もしよかったら、俺がお嬢様にお教えしますよ」
「ううん。大丈夫。ガーネシア私立高校はだいぶ楽だから」
「あ、もし良かったら、一緒に初詣にガーネシア神に祈りに行きませんか?俺、元旦の昼間は暇なので」
「ううん。大丈夫。気を使ってくれなくてもいいよ。ありがとうね」
スーリアは時計を見る。もう11時を過ぎようとしていた。
「あたしそろそろ行くね。約束があるから」
ヤンはまだ何か言いたそうだったが、スーリアは席を発った。
ハイヤーに乗り込む。
公園に行くのに、ハイヤーだと足がつくので、途中の山の麓のホテルに降ろしてもらった。
さあ、ここからは歩きだ。
暗闇の中、ハンズフリーの懐中電灯に照らされた道を歩く。夜の森はなんだか迫力があって少し怖い。二週間ほど前に積もった雪はすっかり溶けて、歩きやすい黒い道を登る。
__シンめ。あたしの労力について何も考えてないな!
「シン、来てやったぞー!」
30分かけてたどり着いた、星と夜景の見える公園。誰もいない。本当に穴場スポットなのだ。
持ってると言っていた。いや、正確には待ってると言っていたのに、シンの姿はまだなかった。
公園の下に広がる夜景から、ニューイヤーを祝う花火が所々から上がっている。
「綺麗」
空の月の姿は、二つとも無かった。
輝く星々と、賑やかな夜景。初めて来た日を思い出す。
確か、月が二つなのはあにさまのせいだとか言っていた。
聞きたいことがあれば自分で直接聞いてみろとも言っていた。
そうだ。
シンに聞かなければならない。
自分のDNAにあるという封印のこと。これからどんな悲しいことが起こるのか。シンはいったい何者なのか、と。
すると、突然目の前に何者かが転がり落ちて来た。
「スーリア、ハッピーニューイヤー!」
シンだ。
「ハッピーニューイヤー!てか遅いよ!」
「やーわりぃわりぃ。時間の計算間違えたかな?ちょうどいい頃だと思ったんだけどよ」
「相変わらずノリが軽いね。こっちはここに来るのにずいぶん手間がかかったんだから」
「うん。ごめんなさい。許してくれよな」
シンはふん反り返っている。
「なんで偉そうなんだ!」
スーリアの拳がシンの頬をかすった。
「ざーんねんでしたー。お前の拳は見切った」
「ちょ、何それ。そういう態度って何か違うんじゃない?あたしに謝るべきじゃないの?」
「何を?」
「黙っていなくなったこととか、色々」
「何で俺がお前に、イチイチどこに行くか言わなきゃなんねーの?」
「!?…」
「ま、いいわ。さっそく本題に入ろうじゃん?今回のオレの旅の成果!コレだ!」
シンが出したのは、古い本。というか、古文書のようなもの。
「何これ」
「これは、オレの故郷から発掘してきた古に定められた呪いの本だ」
「呪い!?怖いじゃない」
「怖くねーって。触った奴が呪いにかかるとかいう類の、いかにもな本じゃねーもん。呪いの記録っつーの?それ」
スーリアは本を手に取った。これに一体何が書かれているのだろう。
「いいもん持ってんじゃん、スーリア。照らして見るか」
シンは、スーリアのハンズフリーの懐中電灯を本に向けた。
「何この文字。Aガーデンの古い言葉とも違う。あたしには読めない」
「こんなのも読めねーの?バカだな」
「お前に言われたくねーよ」
「あたっ」
スーリアの拳が覗き込むシンの頭にヒットした。
「これはなスーリア。お前にかけられた古の呪いについて書かれているんだよ」
シンは文章を指差す。
「我々は決した。憎きスーリヤの子孫とその来世に、惨き苦しみを与えることを」
「怖っ。スーリヤってことは、あたしの遺伝子の元になった女性のことだよね」
「そうだぞー怖いだろー」
シンは懐中電灯を手に持ち、自分の顔に光を当て、怖い顔をして見せる。
「いいから次行く」
と、スーリアに促されたシン。
「ここから数ページはつまんねーぞ。懇々とスーリヤへの恨み辛みしか書いてねーから」
「そうなの?シンの故郷の昔の人達に、あたしの前のスーリヤって、ずいぶん嫌われてたのね」
「肝心の呪いのことについてはコレだ」
魔法陣らしきものと一緒に書かれた文章に指を指す。
「これはな。スーリヤが生涯、結婚もせず子供も作らなかったから、本当に人を思う気持ちがわからないって。だからこの呪いをかけるって理由も一緒に書いてある」
「なにそれ。ずいぶんスーリヤについて知った気になってるのね。結婚しなくたって子供産まなくたって、人を思う気持ちは分かるんじゃないの?」
「それはなー、オレも理解できないんだけど、わからないって決めちゃったらしいぜ、こいつら」
「ずいぶん勝手」
「まあなー。そんで、この魔法陣は呪いという魔法のかけ方について描いてある。こいつをどうにか工夫すれば、呪いが解けるらしい」
「それじゃ早く呪いを解いて」
「まー待てよ。呪いを解くったって、お前呪いが何かわかってんの?」
「何なの呪いって」
「それはとてもオレの口からじゃー言えねー」
「引っ張るなー。あたしは早く、あにさまを殺すなんて物騒な呪いから、解き放たれたいの!」
シンは少し躊躇している。
「あのな、スーリア。スーリアにかけられた呪いは、ゼロを殺す宿命じゃねーんだぜ」
「え?じゃあ何なの」
「お前の中に封印された虜の能力を目覚めさせるか、使えないままにするかはできる」
「虜の能力?あたしはもう持ってるじゃない。世界のファンをあたしの歌の虜にしてる」
「違うんだなコレが。お前は知ってるか?ゼロは、将来、虜の能力者によって命を奪われる、らしいぜ」
「どういうこと?虜の能力があたしには封印されてて、その虜の能力を持った者に、あにさまは殺されるっていうの?」
「そうだ。なんでも、数百年前の高名な占い師が、この世を混沌と恐怖に陥れる破壊神、ルドラ・シヴァ・ゼロに対抗できるのは、虜の能力者スーリヤしかいないと占ったんだと」
「スーリヤでしょ?スーリアのあたしではない」
「うん。それがな、可能性として残ってるんだよ。スーリヤと同じ遺伝子を持つ人間がいるとしたら、その人間も虜の能力者である可能性が高い、とな」
「なんか難しいこと言ってるけど、大丈夫?シン。混乱してきてない?」
「大丈夫大丈夫。つまりはな、破壊神はゼロで、虜の能力者はスーリアで、高名な占い師が、オレかもしれないってことで、混沌と恐怖に陥れるのはオレってことだよ?ん?なんか違うな」
「ほら、難しいこと考えるから混乱してる。今言ったことは聞かなかったことにするから」
「おかしいな、途中までうまく説明できてると思ったのに」
「要点をまとめると何なのよ。あたしがあにさまを守るためにはどうしたらいいの?」
「それはな、まーとりあえずは、オレとキスすれば良いってことだよ」
!!?
混乱しすぎてシンが変なことを言っていると思ったスーリア。
「あんた頭の中混乱しすぎ」
「いんや。これは、オレとお前がすべき最優先事項だ」
シンは真顔で言う。
「はぁあ?」
「オレは悩んだんだぜ?一族の仇のゼロを、殺すことも生かすこともできる。どうしたらいいのかって、すごい悩んだんだぜ?」
「うん。それは悩むよね。あたしの中の力を解くとあにさまを死なせてしまうんだよね」
と言ってから思い出す。
シンは、ゼロを憎んでいる。それなのに生かすことを考えるのだろうか、と。
「そうなんだよな。ゼロを殺せるのなら殺すべきだと思った。でも、あいつは生きることを望んでいない。死を叶えることが、果たして復讐になるのか?」
「だからなの?悩んだのは。本当は、あにさまを殺したいと思っているの?」
「オレも自分で分からん。あいつは仇のはずなのに、あいつはオレをここまで育ててくれた。感謝してるのか、殺したいほど憎んでいるのか、分からん」
スーリアは黙り込んだ。
__シンは葛藤しているんだ。それなのに、今日会おうと言った。あにさまを生かしたいあたしと会って、呪いをどうにかしようとしている。
「ねえシン。今日はどういうつもりで、あたしと会ったの?」
シンは、スーリアを真っ直ぐ見つめる。
右手人さし指は、目下に広がる夜景の中で上がる花火を指差していた。
「一緒に花火を見ようと思って」
「誤魔化さないで」
「うん。そうだよな。誤魔化すべきじゃないよな」
シンは古文書の魔法陣に手をかざす。すると、魔法陣が宙に浮かび上がってきた。
「この魔法陣を、こう、こうして作り変えれば、二重にお前の封印ができる。後は、キスするだけだぜ」
「だ、だから!何でキスする必要がある?」
「物語の王子や姫は、キスで魔法が解けるだろう?そんなようなもんだよ」
「魔法が解けちゃダメでしょう」
「解けない。封印を二重にするんだ」
「そんなこと言ったって、信じれると思う?」
「だから、悩んで悩んで、あいつを生かすことにしたんだって」
「生かすのに、何でキ、キスが必要なの?」
「あーもう、うるせー」
シンは、スーリアの胸ぐらを掴むと、強引にキスをした。
少し長めのキスだ。二人の唇から虹色の光が発せられる。シンはそれを大空へ放り投げた。
「ちょ、何してくれる!?」
唇が離れたら、スーリアが真っ赤な顔で怒る。
「痛いよ。歯が当たって血が出た!っていうか、ホント、マジで何してくれる!?」
空へ上がった虹色の光は、星に当たると弾けて砕け散った。
一瞬の輝きが、二人を包んだ。花火のようだった。
「どーしよう、どーしよう。あにさまが死んじゃう。こんなことって、こんなことって…」
あわあわするスーリアに、冷静なシンは言う。
「ごちそうさま」
「何が!バカ、アホ、チンドン屋!お前のかーちゃんデーベーソ!」
プッと吹き出すシン。
「照れんなよ。久しぶりに聞いたぜ、そのセリフ。小学生か!」
「余裕で見下してくんな!あんたのせいで、あにさまが死んじゃう。バカ!」
涙目のスーリア。
「大丈夫だよ。落ち着け。試しにオレに、虜の魔法かけてみ?」
「そんなの、いきなりできるわけないじゃない。やり方は?」
「オレの額に手を当てて、私に従いなさい、と言ってみ」
スーリアは言われた通り、シンの額に手を当てた。
「私に従いなさい」
少しの間沈黙が流れる。
「ほらな」
シンはケロッとしている。
「虜の能力みたいなの、発動してない」
自分の手のひらを見つめるスーリア。
「虜の能力、封印されてるってことだよ」
と、シン。
「ふーん」
それから、シンは話した。
自分が旅に出たのは、ゼロを死なせずに生かす方法を探すためだった。スーリアには今、説明するつもりだったこと。
「オレ達が出逢ったのは、呪いとか運命とかって言えるのかもな」
シンは自分の荒れ果てた故郷で、呪いについての書物を探し当てたと言った。
「スキー合宿の夜、やろうとしてたことは何なの?」
「オレ流で、呪いが解けねーかなと思って」
「てか、この場所ってこの前にブログに書いてたんだね。そりゃ見つかるわ」
「え?ブログって日記だから誰も見てないんじゃねーの」
「そんな訳ないでしょ!全世界に配信されてるよ」
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