第1章 王都編 第1話(5)

 意匠の施された厚刃の長剣を振り抜いた形で、颯爽と現れたクラウディアは眼前の敵に向けて射るような視線を返す。彼女の周囲にはいつの間に対処したのか、まるで暴風に薙ぎ倒されたように数人の男達が転がっており、刃を提げたティーズが彼女の脅威を見測るように距離を取っていた。

 彼女の後ろから、わずかに遅れて自警団の控えの団員達が次々と到着する。既に増援を引き連れて駆けつけて来てくれていたらしい。

「何だ、あんた?」

「あ、赤い髪に、炎玉の瞳…」

「この女、まさか、あの…?」

 油断ない目を向けるティーズに対し、ディングは畏怖の目で、ゼルは強者を警戒する目で、それぞれ彼女の正体に勘付く様子を見せる。クラウディアは燃えるような眼を彼らに向けたまま、示威のように名乗った。

「王都自警団の団長よ。あなた達の顔は憶えさせてもらった。逃しはしないわ。大人しく投降しないなら実力でねじ伏せるけれど、それでもいいかしら」

 クラウディアの宣告に、彼女の引き連れてきた自警団員が一斉に動き出す構えを取る。

 一転して不利な状況になりながら、しかしティーズは動ぜず、ぎらついた眼を見せた。

「はッ、団長サマの御登場か。だが運がないな、あんた。今の俺ら相手に女一人で勝てると思ってるのか? ナメられたモンだなぁ?」

 威勢良く吐き捨てるように言うと、ティーズは大きく跳び退り、クラウディアに毒蜂の針のような槍の穂先を向け、居並ぶ黒い同志達に激突の檄を飛ばした。

「お望み通り、蜂の巣にしてやるよ。行くぜお前ら、暴れちまいな!」

 ティーズの檄に男達がときの声を上げ、クラウディアに狙いを定め、殺到する。

「勝つわ。それが私の仕事だから」

 それを眼前に迎えるクラウディアは己の覚悟を確かめるように呟くと、静かな気勢と共に愛剣を構えて対峙し、背中を見せる団員達に告げた。

「皆、下がっていなさい。加勢は要らないわ。包囲を崩さないように」

「団長!」

 クランツは思わず声を上げたが、その胸には不安の裏に信頼もあった。彼女が、こんなごろつきの群れに後れを取るわけがないと。

 そしてその予想は、正解だった。

 揺らめく炎のようにクラウディアが踏み込む。紅い髪が彼女の残影となって尾を引く。

 周囲から襲いかかる男達の乱雑な波状攻撃を、クラウディアは正確に見切り、受け流し、躱していく。大振りな鈍撃も鋭い槍の刃先も、暴虐の嵐に踊る赤い風のように身を躍らせる彼女を捉えることはできなかった。

のろいわね」

 一声、クラウディアは攻撃の入り乱れる中で身を勢いよく回転させて横薙ぎに剣を振るい、囲いを蹴散らす。そのままその勢いに乗って踊るように華麗に立ち回り、厚刃の剣の重い一撃を流れるように繰り出していく。金色の刀身が鮮やかな軌跡を描き、叩き込まれる重撃が敵の心骨を容赦なく砕いていく。

「この女ァ!」

 逆上したゼルが血走った眼と共に手にした銃の銃口をクラウディアに向け、発砲した。炸薬の破裂音と共に漆黒の弾丸がクラウディアに迫るが、クラウディアは乱戦の中にありながら、その銃撃を完璧に読んでいた。

「ふッ!」

 赤い眼光を走らせると共に、クラウディアは神がかった反応で剣を振り抜き、視認からの反応の不可能な速度の黒い銃弾を弾いた。

「なッ…!」

 ゼルが絶句するその隙にクラウディアは光のような一足で懐に踏み込み、強烈な当身をくらわせる。ゼルの体が吹き飛び、その手から黒い銃が離れて宙を舞った。

(凄い…やっぱり、彼女は…)

 多勢の暴力を前に、彼女の足元は微塵も揺らがない。誇りと強さを厳然と示すように立つその勇壮な後姿を、彼女の背中に守られるクランツはあの日から変わらない憧憬と熱情を感じながら見惚れていた。

「包囲せよ!」

 圧倒的な実力差を示された男達が怯んだ隙に、クラウディアが一声、命令を発する。その声に応え、後ろに控えていた団員達が、彼女の攻勢で態勢を崩された男達を包囲するように展開した。

 形成が逆転する中、クラウディアはリーダー格らしきティーズに剣を向け、宣告する。

「抵抗は無駄よ。まだ向かってくるのなら何度でも打ち倒す。投降しなさい」

「へぇ…いい女だな、あんた。さすがは戦乱の英雄『紅勇ローツ』ってとこか」

 地に血の混じった唾を吐き捨てながら、ティーズは小さく感嘆の声を上げた。

「ここは分が悪いな。お前ら、一旦退くぞ」

 そして、あっさりと退却の意思を示した。それに、劣勢に追い込まれていた男達の間に動揺にも似たざわめきが広がる。

「はあ? 何言ってんだぁティーズ。たかがギルドの犬と女一匹増えただけじゃねえか」

「やりたきゃ好きにやれ。首が飛ばされても知らんがな」

「…ちっ。命拾いしたな、テメーら」

 ティーズの言葉に、クラウディアの脅威を自覚するゼルは舌打ちと共に渋々ながら従い、親指を下に向けてみせる。対して、ディングはあからさまに不安げな様子を見せていた。

「おい、いいのかティーズ。俺達もう、ギルドに目を付けられたも同然だぞ」

「なに、今さらビビる事ぁない。あいつが後ろ盾でいる限り、俺達は正義だ。それに、どうやら一ついいネタも見つかったしな」

「ネタ?」

「後で話してやるよ。お前ら、そいつらを近づけるな。とりあえず一旦帰るぞ」

 ティーズの号令に、男達は武器を外側に槍衾やりぶすまのように向けながら、じりじりとティーズのいる中心へと後ずさる。彼らを取り囲む自警団員達もその反撃を警戒しながら、制圧の機を窺うように少しずつその包囲を縮めていく。

 双方が張り詰める中、ティーズはクラウディアの方に向き直り、値踏みする眼差しと共に彼女を指差して、挑発するように言った。

「おい、『紅勇』の姉ちゃんよ。あんた…魔女だろう?」

 問われたクラウディアは、揺らがずに答えた。

「そうよ。それが何か?」

「オーケーオーケー。忠告しといてやるよ。あんたはもう目を付けられてる。あんまし調子に乗ると、そのうち痛い目見るぜ。せいぜい身の回りに気を付けときな」

 ティーズがそう言う間に、彼らの足元を囲うように金色に光る紋章が広がった。それが意味する所を知るルベールが、驚愕の声を上げる。

「転移魔術だって…!?」

「逃がすか!」

 クラウディアが突き出されていた槍衾を恐れず、紅い軌跡を残すほどの苛烈な勢いで踏み込み、必殺の勢いで剣を振り抜く。厚刃の剣はルベールの風銃と同じく、殺傷用に作られているものではない、斬るのではなく叩き砕く剣だが、彼女の剛力と技量をもってすれば活殺も思いのままとなる。その剣での渾身の一振りは、しかし僅かな差で消えゆく敵を捉えられず、空しく空を切った。

「ちっ…」

 クラウディアは口惜しげな目で虚空に消えた敵を見、剣を収めると、

「マルクとリッツは現場の調査に。クローネは負傷者の処置に当たって。他の皆は現場周域を封鎖、周辺の警戒と住民の交通整理、手の空いている者は他街区の見回りをお願い」

「「「了解ヴィッセ!」」」

 速やかに団員達に指示を出してから、クランツ達の元に歩み寄ってきた。

「大丈夫? 三人とも」

 そして、残された状況を確認する。自分が庇ったクランツは言うに及ばず、ルベールとセリナも戦闘で大きな傷を負うことはなかったらしい。だが先行していた団員二人は負傷して倒れており、さらに道具店も荒らされている。惨状としか言えない状況だった。

「あ、ありがとう、ございます、団長」

「急に呼び出して、申し訳ありませんでした」

 ぎこちなく礼を言うクランツに、ルベールも重ねて性急の事態を詫びた。クラウディアは抜き差しならない状況であることを把握しながらも、彼らの無事を気遣う。

「気にしないで。事情を聞いて心配になって駆けてきたのだけれど、本当に危なかったわね。ひとまずあなた達が無事でよかったわ。それより、状況を説明してくれる?」

「そうだ、大変! スウェインさん!」

 セリナは体のふらつきを気力で抑え込み、改めて倒れている従業員スウェインに駆け寄り、その体を起こす。スウェインは息も絶え絶えながら、セリナの声に反応した。

「あ、ああ…セリナちゃん、か…」

「何があったの、いったい! ねえ!」

 涙ながらに訴えるセリナに、スウェインは途切れ途切れに言葉を繋ぐ。

「と、突然、奴らが店に押しかけてきて…セフィラスさんを…」

 息も絶え絶えになりながら、スウェインは歯を食い縛り、己の非力に声を震わせた。

「ごめん…ごめん…僕は、セフィラスさんを、守れなかった…!」

 わななくスウェインの姿にクランツの胸が嫌なざわめきを覚える中、セリナが逸る思いでスウェインに問い詰める。

「セフィラスお婆ちゃんは!?」

「店の、中に…まだ、息がある、かも…ぐ、っ…………」

 そこまで言って、呻きと共にスウェインの意識が途切れた。

「スウェインさん!」

「セリナ、落ち着いて。脈を取ってみるわ」

 崩れ落ちるスウェインを抱きとめ動揺するセリナをクラウディアは鎮め、スウェインの手首を取った。しばらく真剣な表情でスウェインの脈を診て、クラウディアは言った。

「だいぶ弱々しいけれど、脈はある。生きてるわ。クローネ、こちらも処置をお願い」

「はーい、今行きますねえ、少々お待ちをー」

 クラウディアの指示に、医務班所属のクローネが、腰に着けてあったポーチから応急処置用の魔道具を手に駆け寄って来た。簡易治癒魔法の効果を記憶させた携帯用のもので、起動させると身体の内外の負傷の進行を抑える働きがある。

 その間、クラウディアがルベールに状況を聞いている間に、クランツはセリナと荒らされた店の中に踏み込んだ。

「ったく、こんな白昼堂々に襲撃かけるなんて、何考えてやがるんだあいつらはッ! それもセフィラスばあちゃんを殺すなんて…ふざけやがって、許せねえッ」

「マルク、気持ちはわかるけど今は調査に集中しよう。僕らが怒ってる場合じゃないよ」

 先輩団員のマルクとリッツが言葉を交わしながら、荒らされた店の中を慎重に調べている。その間、状況説明が終わったクラウディアとルベールも店の中に入ってきた。

「…………っ……」

 クランツは、その惨状に言葉を失っていた。

 理由もなく壊された大切な場所。全てのガラスが小さな破片となって床を埋め尽くし、これまでのあらゆる思い出が詰まった場所が、嵐が吹き荒れた後のように跡形もなく破壊され、無残に蹂躙じゅうりんし尽くされていた。

 そして、カウンターがあった場所には、胸を貫かれ絶命したセフィラスおうなの姿があった。

「ばあちゃん…」

 クランツは、強く歯を食い縛っていた。

 祖母であるセフィラス嫗の道具店には、自警団に入った後も時折用具調達のために訪れることがあった。孤児院に行ってから留守にするようになってからも、自分をいつも見守ってくれていた、両親を失った自分にとってのただ一人の大切な家族だった。

「お婆ちゃん…」

 隣に立つセリナが、涙に震えた声を零すのをクランツは聞いた。それと共に、何もすることができなかった自分に対する行き場のない怒りが湧き上がってくるのを感じた。

「……っくそ………!」

 胸の奥から、止めどない自責の思いが溢れ出して、クランツの身を震わせた。その隣で涙を滲ませるセリナの肩を支えるように抱きながら、ルベールは努めて冷静に言った。

「気持ちはわかるけど、ここで泣いていても状況は動かない。今は今僕らにできることをやろう。クランツ、セリナ。いいかい?」

 自警団員としての行動を、前を向くことを促すルベールの言葉に、瞳に涙を溜めながら、クランツとセリナは共に無言で頷いた。



 その後、増援の団員と共に荒らされた店と周辺を調査し、現場周辺の人々に事情聴取などを行って、現場の処理を終え、クランツ達が詰所に戻ったのは日が中天から傾き始める頃になってだった。処理の終わった後にクラウディアの主導で、その場にいた団員は亡くなったセフィラス嫗と道具店に冥福の祈りを捧げた。聖女の祈りのようなその様もまた凛として壮麗な姿だったが、さすがのクランツもその時ばかりは浮かれていられなかった。

「さて、情報を整理しよう。それで、君達からは何がわかった?」

 詰所に引き上げた後、最初に現場にいたルベール、セリナ、クランツに、団長室で改めて事後報告の場が設けられた。三人は横一列に並び、マルクの作成した報告書を前にしたクラウディアに、彼らなりのその後の調査結果を報告する。

「ここに来た方から報告を受けて駆けつける間に既に事が終わっていたことから、犯行は極めて性急に行われたものと思われます。それに、あの後の現場を調べた結果、店の商品が奪われずに多く残っていたことから、襲撃者の目的は単なる強盗ではない可能性が高いと考えられます」

「というと?」

「現場から、当時の状況を探れそうな証拠品を見つけてきました」

 ルベールはそう言って、ポーチにしまってあった証拠品を取り出し、机の上に置いた。それは、天辺てっぺんに小さな魔石が埋め込まれた、銀色の半球型の魔道具だった。

「音声記憶用の魔道具のようです。リッツさんに許可を貰って借り受けてきました」

「セフィラスお婆ちゃん、人と話すのが好きだったから…カウンターにこれを置いてて、毎日のお客さんとのやり取りを一日の終わりに聴き直すのが日頃の習慣だって言ってたの、前に聞いたことがありますけど…」

 浮かない声で話すセリナの説明を聞いたクラウディアは、微かに目を眇めた。

「ここに、何らかの証拠音声が?」

「そう思って回収してきました。現場でも確認しましたが、とりあえず聴いてください」

 ルベールはそう言って、天辺にある魔石回路に思念を送ることで魔道具を起動・操作し、記録時間を犯行があった時刻の近くに合わせ、音声を再生させる。

『いらっしゃい。…おや、見かけない顔だねえ。何か入り用かね?』

 セフィラス嫗のゆるりとした声に、何かを予感したような響きが混じっていたのをクランツは感じ取っていた。次の瞬間、武器を構えるような金属の擦れる音が聞こえた。

『ああ。あんたの命を頂きに来た』

『お、おい君! 何をするっぐわあっ!』

『邪魔すんじゃねえよ。そこでくたばってろ』

 鉄が空気を裂く音の後に、スウェインらしき男が倒れる音が聞こえた。

『何をするんだい、あんた』

『あんたに伝言だ。「革命の時は近い」だとよ。ってわけで、悪いが死んでもらうぜ』

 驚くセフィラス嫗の声の後に、嘲笑うような男の声が響いた。再び、鉄が空を切る音。セリナが思わず目をつぶった。血風が舞う一瞬の静寂の後、金属の擦れる音と共に、再び男の声がした。

『へっ、時見の魔女ってなどんな化けモンかと思えば、こんな脆いもんなのか。こりゃ、話に乗って正解だったぜ。あんた、魔法とか使わねえのかよ。すげえ魔女なんだろ?』

『私の魔法は、人を傷付けるためのものじゃないからねえ…あんた達こそ、あんな奴のこんな手管に使われるとは運がないねえ。時と命は大事にするもんだよ、若いんだから』

 煽るような男の声に、息も切れ切れになりながら、セフィラスの返す声が聞こえた。

『それにしても、こんな形で幕を切るとは、あいつも情けがないねえ。まあ、わかっていたことではあったけれどね…』

『はあ? 何言ってんだあんた』

 窮地の中、セフィラスが最後にふと笑んだ声が、微かに聞こえた気がした。

『もう無駄だとは思うが、もしもあんた達の雇い主に会えることがあったら、代わりに伝えておいてくれないかい…あんたのその革命を、あたしは天から見守り続けるってね』

『ぐだぐだうるせえババアだ。いい加減死んどけ!』

「やめて…!」

 セリナの叫びをかき消すように、嘲る声と無情な銃声が響いた。その残響が空気に溶けて消えた頃、ゼルらしき男の吐き捨てるような声が聞こえてきた。

『ったく、めんどくせぇババアだ。訳のわからないこと言ってやがって』

『そう言うな。どうやら本当に面識はあったみたいだしな。これで俺達の行動の意味もはっきりしたってわけだ』

 それに応えるティーズの声の奥から、金貨の鳴る音とたどたどしい足音と共に、今度はディングの声が聞こえてきた。

『おいティーズ。金庫の金は手に入れたぜ。後はどうするよ?』

『よし、奴の指示通りにして、店の中をズタボロにしたらとっととずらかるぞ。魔女に関わるとこうなるってのを存分に示せってのもあいつに言われてたからな』

『オッケー。しっかし妙なジジイがのこのこ出て来たと思ったら、とんだ物持ちだったな。おかげで貴重な魔導武器がボロボロ手に入るわ。これさえあれば俺達無敵じゃねえ?』

『ギルドの奴にも通用するなんて、間違いないぜ。ホンッとあの役人様々だな。あいつの言う《革命》とかってのも、もしかしたらまんざらでもないかもしれねえな』

『ああ、まったくだ。さて、俺達は《革命》の狼煙のろしだ。派手にやるぜ、お前ら!』

 ティーズの号令が轟いた途端に、ガラスが割れる音と、耳障りな笑い声が響いた。ルベールはその凶状に眉をひそめながら、そこで再生を中断した。

「これ以降は自分達が駆けつけた後の音声になります。証拠として機能するのはこの辺りかと」

「ひどい…!」

「ちくしょう…何でこんな…」

 セリナとクランツが声を震わせる中、クラウディアはしばらく無言のまま厳しい表情をしていたが、ふいに考え込むように頭を抱え、目元を隠し、そのまま黙り込んだ。

「…団長?」

 その様子を訝しんで声をかけたルベールに、クラウディアはやがて長く息を吐くと目元を拭うように手を払い、立ち直るように再び凛とした目を見せた。

「いや、すまない。あまりに非道だと思ってな…つい、考え込んでしまった」

 そして、迷ってはいられないとばかりに、状況把握を進めるべく、分析能力に長けるルベールに訊ねた。

「ルベール。君達が会敵した不良達がセフィラスさんを襲う理由について、当てはつくか?」

 クラウディアの問いに、ルベールはわずかに考える間を置いた後、答えた。

「難しいですが…今の会話を聞くに、少なくとも彼らとセフィラスさんの間に直接の私怨や利害関係があったとは思えません。彼らは『伝言がある』『面識がある』と言っていた。それは彼らが、セフィラスさんと面識がある別の何者かの依頼を受けたというのが最も妥当だと思われます。それがおそらく、セフィラスさんの殺害だったのでしょう」

「殺人を依頼されたというのか…しかし、なぜセフィラスさんだったんだ?」

 クラウディアの重ねた問いに、ルベールは厳しい面持ちで知る限りを語る。

「詳しくは僕も知らないのですが…セフィラスさんは《時見》…未来予知の力に長けた魔女だったそうです。あるいは何者かがその能力を恐れてのことだったかもしれません」

 ルベールのその推論に、クラウディアの眉根が険しく寄せられる。

「とすると、セフィラスさんが狙われたのは、彼女が時見の魔女だったからか?」

「先程までの会話から判断する以上、その可能性もあると思います。理由は不明ですが、彼女の能力を危険視した者、あるいは《神無き者》の一派による犯行である可能性が」

「そんな…じゃあ、セフィラスお婆ちゃんは、何も悪いことしてないのに…」

「魔女ってだけで、殺されたっていうのか…!」

 導き出された残酷な帰結に、セリナとクランツの方が慚愧ざんきに震える。

「ちくしょお…っ!」

 たまりかねたクランツが、胸の内に渦巻く激情を吐き出すように机を殴りつけた。

「許せない…あいつら、許せないよ…!」

 逆鱗げきりんのあまり荒い息になっていたクランツを鎮めるように、クラウディアがその頭にそっと手を置いた。髪に触れるそのたおやかな感触に、クランツは燃え滾る心が熱いまま鎮まっていくのを感じる。

「君の気持ちはよくわかる。それに、セフィラスさんを守れなかったのは我々の失態だ。このような非道な凶行を、町の平和を守る我々としてもこれ以上許すわけにはいかない」

 クラウディアは決然とそう言うと、次いでクランツの心を鎮めるように、静かな口調で言った。

「けれど、この件は君には荷が重いかもしれない。私達はこの時間の調査を続けるが、君は辛いようなら別の者に代わってもらってもいい。まだ無理はしなくていいから」

 気遣うようなその言葉に、胸の内に火が付いたクランツは決然と顔を上げて、クラウディアの紅い瞳を見返した。

「いいえ、大丈夫です。ここで僕がくじけてたら、ばあちゃんに合わせる顔がありませんから」

(それに、ここでくじけてたら、あなたに合わせられる顔もないんです)

 クランツは、既に心を決めていた。

 セフィラスの店の前で冥福の祈りを捧げた時、そして今さっき、クラウディアの目元に嘆きの色が現れていたのを彼は見ていた。深い嘆きの色を見せていたそれは、クランツの心にも深い場所から熱いものを湧き上がらせるものだった。

 何の罪もない善良な祖母を無惨に殺めたあの男達は、もちろん許せない。だがそれ以上に、彼女クラウディアにあんな目をさせた奴は、何者であろうと許せないのだった。

 それに加え、もしも今回の犯人達の犯行の動機が「魔女を狙って」ということであったならば、クランツにとってはなおさら許すわけにはいかなかった。それは、魔女であるクラウディアが危険に晒されることにも繋がりかねないからだ。

 たとえどれほどの難敵難局が待っているとしても、この一件は必ず自分の力で解決してみせる。それが、祖母セフィラスへの弔いの念と共に、クラウディアを悲しみと危機から守る男であろうとする自分への誓いだった。

 決意を宿したクランツの心は、かつてないほどに燃えていた。クラウディアはクランツのその眼に驚いた顔をしたが、やがてそこにあった意志の強さを認めたのか、安心したようにふっと表情を和らげた。

 その時、団長室のドアがノックされた。

「スウェインさんが、気が付かれました!」

 医務班員からの報告を受け、クラウディア・クランツ・セリナ・ルベールの四人は、スウェインの様子を見に医務室へとおもむいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る