第1章 王都編 第1話(3)

 グランヴァルト聖王国の中央に位置する王都ブライトハイトは、その中心にある王城とそれを囲む中央広場から東西南北の四方向に伸びる大通りに沿って広がる造りをしている。大通りに沿って広がる各街区はそれぞれの街区で市民の生活が成り立つような施設の配置がなされており、聖王の庇護の下、活気のある日々が営まれていた。

 自警団協会ガーディアンギルド王都支部はその王城の正門の向く南通りの中央寄りの一画に、団員の駐在及び活動拠点となる詰所を構えている。この詰所は今から9年前の王都自警団発足当時に、設立者たる有志の行動を歓迎した国王による贈与として建てられた、王国内最初の自警団の拠点だった。

 民間の治安維持の主義と理念の下、自警団協会は王都を含めた王国各地の人々を守る役割の一端を担っているが、元が有志運動だったことと行動の独立性を守る意味合いもあって、基本的には国府からの援助に依存しない独立組織の姿勢を保っている。各地の自警団は王都から始まった活動に賛同した各地の有志による発起の後、その活動を応援する市長や財団などの協力者の支援により詰所となる建物や資金の援助を受けて活動の基盤を固め、その後も基本的には規約に基づき設定される依頼者からの依頼料や有志からの寄付を収入源としている。そのような微細な収入形式でも組織が困窮せず現在に至るまで活動を安定させているのは、ひとえに自警団協会が王国各地の人々にとって需要があり、またその活動の実績が信用されているということの証だ。

 時刻は昼の1時を回った頃。王都東街区の巡回を担当することになったクランツ達は、街の様子を確認しながら石畳の街路を歩いて回っていた。「王国の農場」ローエンツや「王国の市場」ハーメス、「王国の工房」エヴァンザなど王国東部の都市群に面する東街区は主に商品の流通が盛んな区域で、王都自警団の支援者でもある科学者・オルガノ博士の工房や、王国の東側から流れてくる様々な品を扱う商店などが多く軒を連ねている。白石で舗装された道の並びには質の良い石材と木材で組まれた木枠と白い壁とガラス窓の建物が空間の余裕を保ちながら端然と並び、頑丈ながら気品ある王都の風格を感じさせる造りをしている。

 店々の様子を見回り、道を歩く人には挨拶を返し、異変がないか確認する。昼下がりの道には街区を歩いて移動する人々や魔道具の発注を受けた工房の整備士などが行き交い、所々に看板や屋根を出している軽食を扱う屋台や露店の中には火の力を記憶させた加熱用の赤い調理道具や、水の冷気を放ち涼を取るための青い水晶玉のような魔道具が使われている所も見られる。7月の3週目、日柄もよく、熱い光の注ぐ街は平和そのものだった。

 各自手分けして東街区を一通り回った後、2時間ほどして三人は合流し、見回った街区の情報を共有した。それが終わると、ルベールが軽く場をまとめる。

「特に異常は見られず、と。今の所は問題なさそうだね。それじゃあ戻ろうか。そろそろ報告と交代の時間だ」

「オッケー。あ、そうだ。二人とも先に戻っててくれる?」

 と、思い出したようにセリナが言った。

「どうしたんだい、セリナ?」

「セフィラスお婆ちゃんに手紙配達の頼み事されてたの。その報告に行かなくちゃ」

「え…ばあちゃんの?」

 セリナのその言葉に、クランツは思わず驚く。セフィラス・アントヴォーナ。南街区で小さな魔道具の店を構える、クランツの実の祖母だ。

「そうだよ。あ、何だったらクランツも一緒に来る? 顔出すのも久しぶりでしょ。お婆ちゃんきっと喜ぶと思うよ」

 笑顔を見せるセリナの誘いに、クランツは祖母の顔を思い出しながら一考し、その誘いに乗ることにした。依頼の一環ならさほどの寄り道でもないだろう。

「そうだな…わかった、一緒に行くよ。久しぶりだし、挨拶に行くくらいなら」

「オッケー。そうと決まればちゃっちゃと行きましょ。あんまり待たせるのもよくないし」

「まあ、あのばあちゃんなら待つことくらい全然気にしなさそうだけど」

「それはそれ、これはこれよ。親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ。それにあたしも早くお婆ちゃんに会いたいし」

 セリナは明るい笑顔を見せながら言った。

「あたし、あのお婆ちゃん大好きなんだ。とっても優しいし物知りで、あのお婆ちゃんと話してると知らないこともたくさん教えてもらえるし。それに何と言ってもクランツのお婆ちゃんだしね。そりゃ敬意も湧くってもんよ。あたしも将来ああいうお婆ちゃんになりたいなぁ」

「その理屈はよくわかんないけど」

「そうだね。でも確かに、セフィラスさんはこの王都街でも一番の人格者だろうな」

 クランツの感想に口を挟んだルベールが、ついでのようにセリナに訊いた。

「ところでセリナ、その手紙っていうのは誰宛てだったんだい?」

「ん? なんか、北街区のアンセムさんっていう昔の知り合いの人だって。行ってみたら難しい顔したおじさんが一人で住んでたけど、セフィラスお婆ちゃんからって言ったらちゃんと受け取ってくれたよ。お婆ちゃんとどういう関係だったんだろあの人。謎だなぁ」

「ふふ、セリナ。女性から男性へ送る手紙なんて、だいたい一つしかないだろう?」

「一つなわけないでしょ。極端すぎよ」

 セリナが呆れたようにルベールに言う傍らで、クランツもその話を耳に挟んでいた。

 女から男へ送る手紙といったら一つ…つまり、ラブレターのことだろう。

「好きだ」と、憧れの彼女の前でそう堂々と告げる自分。それを聞いた時、彼女はどんな顔をするのだろうか。そんな妄想が脳内演出と共に湧き上がり、クランツの頭を熱くする。

 冗談だとわかってはいるし、そもそも自分の話でもないのだが、クランツはその想像に体が火照るのを感じた。それを見取ったルベールが苦笑しながらクランツに言う。

「まったく、彼女のこととなると途端に元気になるのは君の特徴だね。セリナが呆れるのも無理ないな」

 ルベールのその言葉に自分の純情を茶化されているように感じて、クランツは少しむっとなりながら言い返した。

「ルベールはどうなんだよ。あの人に何にも憧れないっていうのか?」

「おや、それは答えようによってはさらに君を落ち込ませることになりはしないかい?」

「う、それは…」

 勢いで口にした失言を指摘されて、クランツは言葉を詰まらせた。それを見たルベールは申し訳なさそうに笑う。

「まあ、憧れがないってことはないよ。男としてというより、人としてね」

「人として?」

 クランツの問いかけに、ルベールは頷いた。

「うん。あの若さでこれだけの団員をまとめ上げて、街の人達の信頼と期待を背負って、気丈な態度を崩さず毎日頑張ってる。人として、とても立派な人だと思うな」

「…本当にそれだけか?」

「わざわざ自分から傷を広げに行ってどうするのさ。本当にそれだけだよ。君の恋敵になるつもりはないから安心しなって」

 疑心暗鬼に自らはまりに行くクランツをルベールは笑ってなだめ、話題を変えた。

「そんなことより、クランツ。君、そろそろ自警団に入って1年だろう。研修期間もそろそろ終わりなんじゃないかい?」

 その言葉に、クランツは浮ついていた心が引き締まるのを感じる。

 自警団の新人は正式な団員認定の前に1年ほどの仮入団期間を設けられ、正規の団員と共に実地の研修業務を体験しながら、業務の適性の審査と入団の意思確認を行う。そうして研修の最後に団長から認定を受けることで、その支部所属の正式な団員となる。

 ルベールの言う通り、クランツは王都自警団に入団してそろそろ1年になろうとしている。そして彼にとって自警団の正式な団員になるというのは、団長であるクラウディアに認められるということに等しかった。それを意識して奮い立たんばかりのクランツの様子を見て、セリナが声をかける。

「ようやくクランツも一人前になるのね。ちっちゃい頃からずっと面倒見てきたあたしゃ嬉しいよホント。クランツも大きくなったんだねぇ」

「子供扱いすんなよ。セリナだって僕とそんなに歳変わらないんだし、自警団に入ったのだって1年違うだけだろ」

「その1年が大きいんでしょ。ふんだ、あたしにとってはクランツはいつまで経ったって世話の焼ける小便小僧のクランツなんだから。あんたが一人で寝るのが怖いって言ってあたしの布団に入って来たこと、忘れたとは言わせないからね」

「いつの話だよ!それに、それを言うならセリナだって同じこと…」

「ちょっとあんたルベールの前でそれ言う!? 絶対ネタにされるでしょうが!」

 それに気づいてクランツとセリナが恐る恐る顔を向けると、ルベールが生暖かい目で二人の言い合いを眺めていた。

「詮索はしないよ。続けて続けて」

 ニヤニヤと面白そうに笑うルベールを前に、クランツとセリナは互いに矛を収めた。

「セリナ。それ、絶対に団長の前で言わないでよ」

「わかったわよ。その代わりあんたも絶対に言わないでね。特にそこのそいつには」

 そうして事が収まったのを見てセリナは小さく息を吐くと、あっけらかんと砕けた調子でクランツの肩を鼓舞するように叩いた。

「ま、冗談はおいとくとして、そんなに深刻になるなってクランツ。あたしが昔からあんたのこと全部知ってて応援してるって知ってるでしょ? あんたの気持ちも知ってるんだし、そんな意地悪しないってば」

 屈託なげに笑うセリナの笑顔は、クランツにとって昔から見慣れた、そして今でも変わらず頼もしい姉貴分のそれだった。

「ようやくあの人に近付けるチャンスか来たんだし、頑張んなよクランツ。あたしは応援してるからさ」

「冗談きついんだよ、セリナ…」

 クランツはぐったりしながら言い返す一方で、メラメラと心が奮い立つのを感じていた。彼女クラウディアに一歩近付くチャンスが迫って来ている。己の念願を懸けた一大勝負を前に、クランツは知らず唇をぐっと引き結んでいた。

 そこに、少しばかり早く、彼を試す始まりの試練が舞い込んで来た。


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