エピローグ
一週間後
「いや~ここの紅茶美味しいわね」
「さすがあさひちゃん、わかってる。結構いい葉を使ってるのよ」
「あ、このエスプレッソもいい香り」
「そっちはインスタント」
喫茶店としてどうかと思う会話が店内を飛び交う。珍しくカフェ・アズテックには人が入っていた。牧島先輩のような見知った顔だけでなく、他にも多くの天城高校の生徒で溢れ、店の前に行列が出来るほどだった。その理由はというと、
「すいません、注文いいですか? 」
テーブル席からオーダーが入る。そして、それに応対したのは
「はい。ど、どうぞ」
レースクイーンの格好をさせられた貴良だった。羞恥で頬を染めるその姿に、店内をどよめきと拍手が包む。あの日の翌日、楓姉さんに話をつけた結果三秒でOKとなり、貴良は当面の間カフェ・アズテックで働くこととなったのだが、まさかこんなマネさせられてようとは。しかもその衣装、かなり際どいやつだし。
「やっぱりこの格好、ちょっと恥ずかしいですよ……」
「何言ってんの。すごく可愛いわよ!でしょ、睦? 」
「あ、ああ……。似合ってると思う」
勝ち誇った顔でガッツポーズする楓姉さん。まあ言ってることはわからなくもない。元々貴良は顔立ちが整っているし、クラッチ操作で鍛えた美脚は、本職の人たちと肩を並べられるレベルだ。蛍光灯に当たって光る白い肌が眩しい。
「けどこれじゃあ活動どこじゃないわね」
書類片手に牧島先輩がため息をつく。元々今日は、バイト先で活動すれば楽じゃんと思ったのだが、この混み具合だとどうやら無理そうだ。外にもレースクイーン姿の貴良を見に、大勢の人が列をなしている。
そこでまたドアベルが鳴り、誰かが入ってきた。やれやれ繁盛してんな、と特に気にも留めなかったが、
「ここにいたんだ、探したよ」
「か、川澄館長? 」
「今日は。お、繁盛してるね」
まさかあなたまでレースクイーン姿の貴良を見に!? 俺と牧島先輩が怪訝そうな顔をしたが、スーツ姿の紳士は特に気にせず楓姉さんに会釈すると、止めてあるトラックに招いた。そして、その荷台に載っていたのは……。
「ロードスター!」
やっと修理から戻ってきた。だけどよく見ればあちこち違う。焼け付いたブレーキローターだけ交換するよう頼んだはずだが、バンパーが空力を重視したものに替えられ、ホイールも軽そうなものになっている。
「校長先生経由で話は聞いたよ。日本グランプリに出場するんだってね」
「ええ、そうですけど」
「君達と知り合ったのも何かの縁だ。少しだけ私も仲間に混ぜてくれないかな。とりあえず、これはほんの挨拶代わりなんだけど……」
「もうわかったよね? 」
思わせぶりな瀬雄を見て、俺は生まれ変わった愛車の意味に気がついた。
日本グランプリ高校生部門・車輌規定一。
『出場可能な車輌は以下の通り。全長四.五メートル以下、全幅一.七メートル以下、全高一.五メートル以下、最高出力二百馬力以下』
ロードスターはいずれの基準も満たしている。
「ブレーキだけじゃなくて、へたってたサスペンションとクラッチも交換しておいたから。これでいつでも出場できるよ。……まあ気に入らなければ考えるけど」
「別にいいですよ、今更」
そこに、賢さんと作り上げたポンコツの面影はもうなかったが、俺はそれ程気にならなかった。人も車も、進化するものだ。
「へぇ~。随分速そうね。ちょっと転がしてくれば? 」
騒ぎを嗅ぎつけた牧島先輩が、間に割って入ってきた。彼女の言うとおり、ステアリングを握るのは貴良を助けて以来だ。どんなもんか試乗してもいいだろう。鍵を受け取り、乗り込もうとしたときだった。
「待って」
透き通った美しい声。振り返ると、店の中から貴良が現れた。勿論、後ろにはたくさんのファンを連れている。
「隣に乗せてくれないかしら。どんな車に仕上がったか気になるわ」
途端に辺りが騒がしくなるが、知ったこっちゃない。深く頷くと、俺は運転席に腰を静めた。
「あまり遅くなるなよ」
野次馬を掻き分け、楓姉さんが俺に耳打ちする。
「わかってますよ」
「その間の時給タダだからね」
ひ、ひどい。ガックリとうな垂れてると、貴良が愉快そうに微笑んだ。
「準備は出来た? 」
「いつでもOKだ」
青空の下で、エンジンが軽快に吹け上がる。間もなく、ロードスターは勢いよく発進した。
ガクエンスー SS 1119 @ssauto
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