先輩は逆輸入車

 数日後。

 授業終わりの喧騒に包まれる校舎の片隅で、俺は目指す管理棟の一室へと向かっていた。この学校は教室のある本校舎と、部室や職員室などから成る管理棟の二つに分かれているため、縁がないと殆ど本校舎のみで過ごすこととなる。家と学校の往復しかしてこなかった身にとって、それはほんの少し新鮮な事でもあった。

 「えっと、第二会議室を使っていいんだよな……」

 渡り廊下を抜けたところで鍵のタグを確認し、階段を下りる。奥から二番目、どうやらあれが目当ての部屋のようだ。

 さて鍵を開けようとドアノブを掴むと、意外にも鍵はかかっていなかった。

 「あれ? 」

 違和感を覚えつつも中に入ると、中は思いのほか整然としていて、すぐにでも仕事が出来そうな具合だ。ただ一つ、ホワイトボードに殴り書かれた『断固反対』の意味が気になったけど。そして長机の向こう、こちらに背を向けて一人の少女が立っていた。赤い腕章がかかっているところからして、多分生徒会の人だろう。瀬雄の知り合いだろうか、声を掛けようとしたときだった。

 「来たわね、郷永くん」

 そう囁くと、目の前の少女は人差し指でブラインドをずらして部屋の中に光を取り込んだ。え、何この刑事ドラマのワンシーンみたいなの。

 「そうですけど。あの、あなたは? 」

 いろいろと突っ込みたかったが、渋々会話とつなげておく。だが、心の中の本能が告げていた。この人に関わらない方がいい、と。

 そして次の瞬間、

 「天城高校生徒会だ!汚職の容疑でお前を捕らえる、覚悟しろ!」

 まるでドラマの刑事みたいに生徒手帳をかざした後、彼女は俺に掴みかかってきた。

 「え、おいちょっと待……」

 勢いに気圧された俺は後退りするも、運悪くバランスを崩して仰向けに倒れてしまった。それをみて彼女はあろうことか、俺の腹に馬乗りになると、冗談とも本気ともつかない勢いで拳を振るい始めた

 「このっ、このっ、人の仕事勝手に奪うなんて!許さないんだから!」

 「お、俺が何したっていうんです?!」

 繰り出される攻撃を振り払おうとするも、彼女は小柄な割りに馬力があり、防ぐのがやっとだ。一体どういう状況なのか頭を巡らせるが、全く見通せない。というか、少しでも顔を上げるとスカートの中が見通せてしまう。

 「失礼します。あーあ、やっぱこうなってたか」

 もう何発目かわからない拳が俺の頬骨を直撃し、痛みで悶えていると、ドアが開いて瀬雄が入ってきた。目の前で惨劇が起きているというのに、コイツは顔色一つ変えず、どことなく卑屈な口調で馬乗り女に声を掛ける。

 「牧島先輩、ここは僕に免じて一旦落ち着いてください」

 「……しょうがないわね」

 牧島先輩と呼ばれたその女がおとなしく立ち上がると、瀬雄は潰れてる俺の手を取って起こした。

 「睦、紹介するよ。牧島あさひ先輩。僕と同じ生徒会役員さ」


 「瀬雄。一体どういうことだ、部屋入ったらこの女に殴られたんだが」

 謎の急襲から解放された俺は、まず訳知り顔のコイツに不満をぶつけた。ちなみに牧島先輩とやらは気に入らないことでもあるのか、起き上がってからもずっとそっぽを向いたままである。

 「いやぁごめんごめん。ちょっと生徒会内部ですれ違いがあったみたいでさ」

 どうやらこういう事らしい。元々学校に登録された車の管理は生徒会の仕事らしく、目の前の牧島先輩中心にやるはずだったそうだ。しかし、仕事の幅が広がりすぎると活動に支障が出るとの意見もあり、急遽アウトソーシングすることが決まった。が、その会議に偶然暴力牧島先輩は休みだったという。で、悪代官・瀬雄が悪知恵を働かせて俺に仕事を任せたものの、目の前のおこさまきしま先輩は不満で不満で仕方がないとのこと。

「端々にそこはかとない悪意が感じられるねぇ」

 ジト目で睨みつける瀬雄と、

「誰が『おこさまきしま』だっ? 」

 飛び膝蹴り決める牧島先輩。その衝撃で、俺の体は少しだけ吹き飛ばされ、後ろのスチールラックに背中を叩きつけられた。

 「何するんですか!」

 「ふんだ!みんなアタシのこと子ども扱いして」

 大人は膝蹴りなんかしませんけどね、と言いたいのを堪えて立ち上がる。そこで改めて牧島あさひ先輩のシルエットが目に入った。

 まず小柄だ。中学、いやランドセルがあれば小学生にも通じるくらいの身長に、可愛らしいウェーブヘア。それに、猫目の大きな瞳がギラギラとこちらを見据えている。

 「とにかくもう決まったわけですから、ね? 」

 間合いを伺うようにして瀬雄が再三説得を試みる。

 「けど、これだと生徒会の面目が保てないじゃない……」

 心なしか、牧島先輩の態度が柔らかくなった。いいぞ、もうちょっとだ!けど、よく考えたらロードスターの調子はどこも悪くないし、本当は俺がやる仕事じゃない気がしてきたんですが。

 そんな膠着状態が続いていた時だった。

 「見つけた。ここにいたのね」

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