モブキャラと侮るなかれ

「ごめんね、こんな朝早くから。しかも取り込み中だったみたいだし」

「別に取り込んでなんかいねぇよ」

 それからすぐ、席に着いた生徒会ボーイは開口一番俺に詫びた。開店時間はまだ先だが、貴重な客を前にそうも言ってられないので、今回はイレギュラー。ちなみに楓姉さんはというと、「注文は? 」と無愛想に聞いた後、豆を挽いて二階に消えてしまった。多分ヘッドロック見られたのが恥ずかしいんだろう。

 「手短に行こうか。先生達から昨日の処分について伝言を預かっててね」

 カフェオレを一口飲むと、瀬雄は切り出した。

 「あれからさらに、君のロードスター、車検証に不備があるって話だよ」

 「え、嘘だろ? 」

 車検というのは、その車が公道を走るために受ける検査のようなもので、当然パスしてないと違法だ。高校生が車を持つ場合だと、月ごとに許可証を学校に提出するシステムなのだが、慌てて出したからどこかに記入ミスがあったかもしれない。

 「さすがにマズいよねぇ。今時暴走族だってそんなことしないのに」

 「おいおい勘弁してくれよ」

 エンストして、事故起こしかけて、今度は車検に不備。どんだけ問題あんだよこの主人公。

 「けど場合によっては考えてくれるってさ」

 「どうすればいいんだ? 」

 俺の問いに、瀬雄は少しだけ声のトーンを落とし、内緒話をするように顔を近づけた。

「ウチの学校で登録してある車の数は大体三百台。学校だってそれだけの台数を管理するのは結構面倒な話だよ。毎日何かしら手続きがあるわけだし。そこで、その手の仕事をやる人がどこかにいないかなぁ、と」

「つまりその仕事をやれってことか」

 俺は部活や委員会をやっているわけじゃないし、適任といえば適任なんだろう。だが、一応下宿先の仕事を手伝っているという建前がある以上、急にそんなの押し付けられてもなぁ。

 「そういえば今週学校の近くで警察が検問やるね。ほら、整備不良の法律また厳しくなったみたいだし」

 「……」

 瀬雄の精神攻撃は続く。

 「僕が警察だったら真っ先にスポーツ系の車に目を付けるよ」

 「わかったわかった、やるよ」

 「よし、決まったぁ!」

 両手を挙げて降参のポーズ。俺が溜め息をつくと、瀬雄は胸ポケットから携帯を出して小さくガッツポーズした。

 「これでバッチリだよ。基本的に仕事をするのは月曜と金曜の放課後から一時間程度だからよろしくね。部屋は管理棟の一室を用意してあるから」

 「用意のいいことで」 

 さも満足そうに、ポケットから鍵を出す瀬雄。こうなってくると気になるのが、

 「で、車検証にはどこに不備があったんだ? 」

 「ん? あ、ゴメン。どこも問題ないよ」

 「な!」

 嵌められた!俺の声を録音したのはそういうことかよ。これにはさすがに堪忍袋の緒が切れそうになる。

 だが、コイツの狡猾さはこんなものではなかった。

 「まぁまぁ聞いた話、君のロードスター、ブレーキパッドが擦り減ってたそうじゃないか。どっちにしろ整備不良で捕まる日は近かったね」

 「ど、どうしてそれを? 」

 それはまだ半日前の話だ。わなわなと震える俺に、瀬雄は犯人を追い詰めた探偵のように不敵な笑みを浮かべた。

 「苑浦貴良ファンクラブをナメてもらっちゃ困るね」

 「苑浦? 苑浦って、確か……」

 フラッシュバックする記憶。昨日突然俺の前に現れ、目の前の事故から救ってくれた、どこかミステリアスな容貌の美少女。そして、俺は一方的に彼女に約束された。

  ―明日の放課後待ってなさい。

 「どうしたの? 何か思い当たる節が? 」

 「い、いやそんなことないけど。で、苑浦にファンクラブ、と」

 「あれだけの美少女ってのもあるけど、それよりもあの超然とした雰囲気で気安くは話しかけられないじゃん。だから遠目で見つめるしかないんだよ。勿論、会員番号001は僕!」

 「コイツ、無駄な人脈を… 」

 瀬雄曰く、ファンクラブの会員は男女関係無しに結構いるらしく、その中の一人が偶然、例のサーキットでロードスターのブレーキパッドを交換する姿を目撃したという。

 「昨日見た車とよく似てたし、それで鎌をかけてみたらドンピシャリ」

 「よくそんな名推理を……」

 「ここ数日は気をつけたほうがいいよ~。君がブラックリストに乗るのも時間の問題かもね」

 「余計なお世話だこの野郎」

 「困ったことがあればいつでも相談乗るから。それじゃ、俺はこの辺で。バイビー」

 苦虫を噛み潰したような俺を尻目に、瀬雄は悪代官みたいな笑みを浮かべながら、優雅な仕草でママチャリに乗り去ってった。取り残された俺は、マグカップを洗いながらふと考える。

 「超然とした雰囲気、か」

 瀬雄の発言に疑いの余地はない。暗闇ではっきりとは見えなかったが、その少女・苑浦貴良はまわりに人を寄せ付けない、圧倒的オーラを発していた。

 しかしそれが彼女の全てとは思えない。

 ガラス彫刻のような気高さの裏には、どこか孤独な少女の姿が映っていた。目に見えなくても、感覚でわかるその理由は…。

 「客は帰った? 」

 二階から降りてきた楓姉さんを見て、俺はそれ以上考えるのをやめた。

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