第8話 人に死を与える者は神なのか悪魔なのか

 早朝、ベテラン刑事は土手に来ていた。

 「広い土手だな」

 土手の上には交通量の多い道路もあり、見通しも良い。

 燃えた車はその堤防道路から転げ落ちる形で土手の途中に引っ掛かっていた。

 「なるほど・・・普通に考えれば、堤防道路を走っていて、事故ったみたいに見えるな」

 ベテラン刑事は黒焦げになった車を見て、呟く。

 「だけど、ただ、落ちただけで車が燃えますかね?」

 若い刑事の言う通りだ。車が燃える要因の一つは事故では無く、機械的トラブルの方が多い。電気系統からの発火などが要因であり、衝突事故などでの火災は珍しい方だろう。

 「何らかの理由でガソリンが漏れたか・・・だろ。その辺は鑑識がこれから車を引き揚げて調べるさ」

 「そうですね。それで、繁さんは何でこの現場を見たいと言い出したんですか?」

 若い刑事は疑問をぶつけた。

 「あぁ・・・この車、週刊タイムリーの記者の車だろ?」

 特徴のある車体を見て、ベテラン刑事が呟く。

 「あの・・・白田由真にべったりくっついていた女記者ですか?確かに・・・フランス車に乗ってましたが・・・こんな黒焦げじゃ、同じかどうか・・・」

 「ナンバーだよ。控えてあるんだ」

 ベテラン刑事は手帳を取り出した。

 「へぇ・・・抜け目ないですね。まだ、身元不明のはずですから、所轄に連絡しておきましょうか?」

 「止めておけ。それは所轄の仕事だ。ナンバーを洗えばすぐに解る」

 「はい」

 黒焦げになった車を上げるためにクレーン車が用意され、その準備に取り掛かったのを見て、刑事達は引き揚げた。

 

 翌日になっても茜は姿を現さなかった。放課後になって、由真は校門を出て、茜の姿が無かった事に苛立つ。その隣には遠縁坂の姿もあった。

 「あの記者さん、結局、姿を見せなかったね」

 遠縁坂に言われて、由真は明らかに不機嫌な顔で彼を見た。

 「あんな、ろくでもない記者なんかに話し掛けるからよ。もっとマシなマスコミを選ばないと!」

 「マシなマスコミなら、ほとんど撤退しちゃっているよ。むしろ、まだ、彼女はフリーじゃないだけ、マシかなと思ったけど?」

 確かに遠縁坂の言う事はイチイチまともである。それが由真の勘に触る。

 「よう、お嬢ちゃん、元気そうだな」

 突然、声を掛け来たのは二人の刑事だ。

 「あ、刑事さん」

 由真は以前に取り調べを受けたので、その顔を覚えていた。

 「そっちの子は初めてだね。彼氏?」

 ベテラン刑事は笑いながら遠縁坂を指さす。

 「違います」

 遠縁坂ははっきりと答えるが由真は顔を真っ赤にして俯くだけだった。

 「ははは。青春だねぇ。おっさん達には遠い昔の事だよ。若槻、お前もそうだろ?」

 「ぼ、僕は・・・」

 若槻と呼ばれた若い刑事は口籠る。

 「んっ?なんだぁ。高校生の頃に女と付き合わなかったのか?」

 「僕の事はどうでも良いじゃないですか?聞きたい事があったんでしょ?」

 若槻は誤魔化すようにベテラン刑事を急かす。

 「なんだよぉ。まぁ、良い。お嬢ちゃん、神戸茜って言う記者は知らないかね?」

 ベテラン刑事の出した名前に驚く二人。

 「やっぱり知っているね?彼女、あんたにベッタリ張り付いてただろう?いつ頃から見てないか覚えてないかな?」

 「な、何かあったんですか?」

 刑事の質問に答える前に由真は尋ねた。

 「んっ?まぁ・・・ちょっとね。それより、質問をしているのはこっちなんだけどなぁ」

 「す、すいません。実は昨日の夜に会う約束をしたんですけど、現れなくって」

 「会う・・・約束?」

 ベテラン刑事は由真の答えに首を傾げる。

 「はい。事件の事が知りたくて、独占インタビューを受ける約束をしたんです」

 由真は素直に答えた。

 「なるほど・・・会う約束ねぇ・・・それで、何処で?」

 「それは・・・記者さんに任せてあったので・・・」

 「なるほど・・・じゃあ、昨日の夜から姿を見ていないわけだ?」

 「はい・・・本当に何があったんですか?」

 由真は不安そうに尋ね直す。

 「あぁ、ニュースは見なかったかい?土手で車が燃えていたって奴」

 「それなら、朝のニュースで見ました」

 遠縁坂が答える。

 「それだよ。まだ、身元不明ではあるが、彼女のらしき車が丸焦げで性別不明な遺体が一人分、出て来た」

 「それが記者さん?」

 由真は驚きのあまり、目を真ん丸にしている。

 「たぶんな。それで、あんたに話しを聞きに来たってわけだ。まぁ、話しは解った。俺とは別に刑事が尋ねに来るかもしれないが、丁寧に答えてやってくれ」

 そう言い残すと二人の刑事はその場から足早に去って行く。

 

 神戸茜

 バカな女だ。

 想像をしていたがあまりにバカな女なので、殺す楽しみが少ないにも程がある。あまりに楽しめない殺人ではあった。だが、これもシナリオの一部ではある。本来ならば、別の相手ではあったが、一番、殺し易いと思われたので、殺してみた。白田由真との関係性が重要だったことは当然である。

 白田由真と会う約束をしたのを聞いたのが切っ掛けだった。このチャンスを狙っていたのである。ずっと窺っていたのだが、ようやく巡って来たチャンスを活かさないわけにはいかない。

 茜と別れて、彼女は忙しそうにセッティングをしていたようだ。事前に彼女の取材を受けていたので、名刺は持っている。だから、連絡を入れてやった。最初は先約があると断っていたが、新島早苗が他殺である証拠をチラつかせてやったら興味が湧いたらしく、会う約束をしてくれた。だから、あの土手を指定したのだ。

 あの土手の周囲には民家が少なく、交通量こそ多いが、監視カメラも少なく、外灯も無いから周囲は見え辛い。そこで私は彼女に会った。私の作った話に彼女はとても興味が湧いたようだ。そうだろう。白田由真を怪しんでいる彼女のシナリオに沿った形の証言をしてやったのだから。

 私の話を必死にメモを取る彼女に缶コーヒーを差し出すと、何の躊躇いも無く飲んだ。その中には睡眠導入剤が入っている。コーヒーの成分と相まって、効果はすぐに出た。彼女は眩暈を感じながら、疲れも出たのだろう。彼女は意識を失うように眠ってしまった。

 私はガソリン給油口の蓋を外し、シフトをドライブに入れた。車はそのまま路肩から走り出し、土手を転げ落ちていく。だが、それだけで火が点くとは限らない。漏れ出たガソリンに火が点くように予め、車内にあった彼女の衣服などに火を点けておいたのだ。車内で発生した火災がやがて、車外で漏れ出ているガソリンに着火して、車は炎に巻かれた。

 人目を忍んで、少し堤防道路から入った河川敷に降りる道路だからこそ、これらの事が誰にも見られる事も無く終わる。私は自転車でその場から目立たないように逃げるだけだった。


 夜のニュースには神戸茜の身元が判明する。しかし、それが自殺の可能性があるされていた。その事に由真は疑問を持つ。あの人が自殺するようには思えなかった。なぜ、自殺が疑われるのか?その疑念を遠縁坂にSNSを使って尋ねる。

 ー事前に関係者に自殺を匂わすような事を言ったか、遺書らしき物があったかだろうね。それが無ければ、普通は事故、または他殺というのを疑うねー

 返信はそんな感じだった。確かにその通りだ。だとすれば、何故、遺書を残したのか。昨晩は自分達と会う約束をしていた。それが自殺する。あまりにも不合理だった。これはひょっとすると偽装?そう考えるのが普通だ。だが、何故、雑誌記者なのか?事件を追っていただけの記者が殺されるには理由が不明だった。

 

 この由真の疑念はベテラン刑事も同じだった。神戸茜の遺書とされる物は路上に落ちていた彼女のスマホの中にあったメモである。そのメモがすぐに見える形になっていたそうだ。

 鑑識が調べた結果、そのメモが書かれたのは車が転落しただろうと思われる時刻の直前となる。この辺は不合理な点は無い。だが、彼女の死は不合理な事しか存在しない。

 そして、電話会社から彼女の通話履歴が提供された。すると、関係者以外の電話番号が最後に入っていた。当然ながら、それはすぐに持ち主の捜査が行われたが、案の定と言うべき、飛ばし携帯であった。持ち主は金に困って、電話番号を取得して売り飛ばす。大抵は詐欺などの犯罪に使われる。そう言った類の電話番号だった。

 「そっちの方は県警本部で探るらしいですよ」

 若槻がベテラン刑事に告げる。彼は気の無い返事をした。

 「どうせ、最後は煙に巻かれるだけさ。それより、女記者が電話一本で会うぐらいだから、俺は相手はこの学校の関係者じゃないかと思うんだ」

 「なるほど・・・それで?」

 若槻は納得したような顔をしながら尋ねる。

 「それでって・・・。まぁ、多分、事件の詳細について何かを証言するとでも言われたんだろう。それに乗っかって、この様ってわけだ」

 「あり得る話ですが、それが誰かを特定しないと何もならないですね」

 「付近の監視カメラを徹底的に探れば、出て来るんじゃね?」

 「それは当然、やっていますよ。あの学校の関係者全員の顔や背丈で探ってますが、そもそも監視カメラ自体が少なくて、何ともなりませんね。周辺の聞き込みもやっていますが、場所が場所だけに堤防道路の通りは多くても下の歩道などをあの時間に行き交う人は少ないですから」

 若槻は無理だって言う感じに答える。

 「そうか・・・最初から仕組んでいたって事だな。どう思うよ?」

 「どうって・・・何がですか?」

 「誰が女記者をやったのかって話だ」

 「それが解っていれば苦労はしませんよ」

 若槻は溜息混じりに答える。

 「いや・・・白田由真とか・・・」

 「しかし、彼女にはその時間にアリバイがありますよ。例の男の子と自宅で一緒に居るっていう」

 「家族の証言は意味が無い。男女の仲なら家族も同然だろ?共犯って可能性だってある」

 「とても・・・家族ぐるみで嘘をつくように思えませんが?」

 若槻のやる気ない表情を見て、ベテラン刑事もやる気を失う。

 「最近の若い奴はノリが悪いな」

 「ノリだけで刑事やっていたら、誤認逮捕ばかりなっちゃいますよ」

 若い刑事に諭されて、ベテラン刑事は捜査資料を眺め直した。


 翌日、白田由真は遠縁坂と共に警察署を訪れていた。ベテラン刑事は呼ばれて、慌てて戻って来る。二人は取調室の中に居た。

 「まさか、そっちから来るとは思わなかったよ」

 ベテラン刑事は彼等の前に座り、開口一番、そう告げた。

 「あの・・・僕等は、この事件の情報が知りたいんです」

 「情報・・・悪いが・・・特に関係者に捜査情報は出せない。規則なんだ」

 「では・・・交渉しませんか。僕らの情報も出します」

 「交渉?・・・警察相手に何を言っているか解らないが・・・お嬢ちゃんはまだ、容疑者の一人なんだよ?」

 ベテラン刑事の言葉に由真は驚く。

 「容疑者だとしても・・・ただ、それだけの事。容疑だけを言えば、あの学校、全員が容疑者でしょ?」

 遠縁坂が答えるとベテラン刑事は舌打ちをする。

 「解っているじゃないか・・・お前、遠縁坂なんて、変わった苗字なんだろ?」

 「調べているんですか?」

 遠縁坂はベテラン刑事はまっすぐに見る。

 「まぁ・・・な。前の学校では相当な優等生。なんで、この学校に入った。偏差値から言って・・・無意味だろ?」

 「偏差値?ふっ・・・高校程度の偏差値がどうこうなんて、それこそ、無意味ですよ。どこの高校に通うと、それこそ、高校など通わなくても、最後は東大にでも入れば良いんでしょ?」

 遠縁坂の一言にベテラン刑事は唖然とする。

 「言うなぁ・・・頭の良い奴は何を感がえているか解らないよ」

 さすがに口では遠縁坂に敵わないとみたのか、ベテラン刑事は態度を改めた。

 「まぁ、こっちにも事情があって、話せない事はたんまりあるが・・・お前さん達から話も聞きたい。ここなら、誰にも聞かれていない。聞かせてくれ」

 ベテラン刑事の態度を見て、白田由真はこれまでの成り行きを話した。それは以前の事情聴取でも話した内容だが、ベテラン刑事は静かに聞いていた。

 「なるほど・・・確かにお嬢ちゃんの主張には破綻している部分が無い。ただ、肝心のアリバイが無いんだよ。刑事としては裏取りが出来ない話は信憑性が半分だ。それを鵜呑みには出来ない」

 ベテラン刑事がそう告げると遠縁坂が切り出す。

 「そうでしょうね。じゃあ・・・逆に聞きますけど・・・これまでの犯行の中でアリバイが無い人物は誰ですか?」

 「そう・・・来たか。それは言えないって解るだろ?」

 ベテラン刑事は怯む。だが、遠縁坂は叩き込むように続ける。

 「だけど・・・その中に犯人が居る可能性があります。犯人はあのクラスの中に居るはず。そうでなければ、この犯行に至るまでの情報は得られない」

 「ちっ・・・なるほどな。だが、悪いが・・・かなりの数になるぞ?」

 「クラスの殆どですか?」

 「近いな。人間なんて、余程じゃないと自分のプライベートを誰かと共有するなんて少ないからな」

 ベテラン刑事は若槻に止められるも捜査資料を片手にリストアップされている容疑者たちの名前を告げた。

 

 

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