第9話 容疑

 

 窓から差し込む陽の光が柔らかな午後の図書館。

 遠縁坂と由真は刑事から手に入れた容疑者リストを眺める。

 ここには事件当日の確実なアリバイが無い者が並んでいる事になる。

 無論、そのアリバイってのが何なのかは教えて貰えていないので、このリストから外された人間が犯人じゃないという確証には由真達は至れない。それでも警察が裏を取ったと確信して、眺める。

 リストに上がっているのは13人。

 かなり絞っているとは言え、確かにかなり多い数だ。だが、これは校内の関係者でも極一部。同級生に限っただけの数だ。きっと、校内にまで広げるとこの10倍以上になるかも知れない。

 担任の小酒井芳子

 同級生の市川隆文

     佐伯由美

     遠藤康之

     小堀恵那

     パトリシア=ハーレイ

     結城勉

     毛利エヴァンス

     多田由紀

     今井千夏

     進藤薫

     立石ゆめ

 改めて見ても、由真にはこの中に人殺しが出来そうな人物が見当たらない。

 「この中で、二階堂さんとトラブルを抱えている人は?」

 遠縁坂の質問に由真は頭を捻る。はっきり言えば、彼女は他人に興味が無い。ましてや自分が関わっていない事など、知る由も無かった。

 「なるほど・・・その辺から調べ上げないとダメみたいだね」

 「この中に犯人が居るの?」

 遠縁坂に不安そうに尋ねる由真。

 「それは解らない。この中に居ない可能性だってある。だけど、それも調べてみないと解らない。彼等が犯人じゃないと立証されたら、容疑者の数は減るし、それが犯人逮捕へと繋がる」

 遠縁坂が言う通りだと由真は思った。二人は早速、このリストの人物について、調べる事にした。

 

 小酒井芳子

 年齢は56歳

 担当教科 現代国語

 既婚者で子どもあり

 見た目は小太りで温和な顔立ち。

 人当たりは柔らかで、あまり厳しい指導をしないので、生徒からの人気はある。

 「アリバイが無いって言っても、小酒井先生が殺人犯とは考えにくいわね」

 由真は最初に名前が載っている小酒井について、そう呟く。

 「ふーん・・・じゃあ、このリストの中で殺人をしそうな人は居るの?」

 遠縁坂がそう尋ねると、由真は答えに窮する。

 「なかなか普通の人で、殺人までしそうに見える人ってのは稀だよ。むしろ、殺人なんて縁遠そうな人ほど、危険な殺人鬼である可能性は高いんだ。その辺はあまり先入観で人を判別しない方が良いと思うよ」

 遠縁坂の言う事はどれも最もである。だが、それが由真の癇に障ったりもする。

 「解っているけど・・・そんな事言ったら、誰もが犯人じゃない」

 「僕は最初からそう言っているよ」

 遠縁坂は癇癪を起した由真に笑いながら告げる。

 「じゃあ、私の事も疑っている?」

 確かに由真も容疑者の一人である。刑事はリストの中で読み上げなかったが、きっと、警察では彼女が最有力容疑者だろうと遠縁坂は思っている。

 「まぁ・・・可能性は否定はしないね。君が殺人犯で、捜査の進捗状況を知るために僕に協力してくれている可能性もあるね」

 遠縁坂は素直にそう告げる。

 「だったら、用が済んだら、殺されちゃうかもよ?」

 「なるほど・・・確かに」

 遠縁坂はふと気付いたようだ。

 「仮に君に殺されたとしても、僕は良いかな」

 遠縁坂がそう告げた時、由真は驚く。

 「だって・・・こんな命を賭けたゲームに参加する事が出来たんだ・・・僕は楽しいよ」

 遠縁坂の口角がニヤリと上がる。その表情に由真は底知れぬ何かを感じた。

 「まぁ、殺されるかどうかはこれからの話の進み方だと思うな。まだ、僕らは犯人の影すら解らない有様だ。僕が予想するに犯人は自分が捕まらない自信があるはずだ。相手が怯えるまでに近付けば、必ず、動き出す。奴の想定を超える事が、僕らの捜査の目的だよ」

 「犯人の想定を超える?」

 「あぁ、犯人は僕らの存在を想定していないと思う。あくまでも捜査をするのは警察だ。警察の動きさえ警戒すれば、捕まる事は無いと思っているかもしれない。だから、犯人の想定外を起こして、彼の計画を破壊する。そうすれば、向こうからシッポを出すよ」

 遠縁坂の考えに由真はただ、ついて行くしか無かった。


 白田由真と遠縁坂正樹

 刑事と共に警察署に向かった様子だ。何故、二人が・・・。刑事とどのような会話をしたのか・・・。

 そして、その後に彼女達は図書室で何かの調べ事をしている。それとなく、遠目で彼等の行動を見る。何かのメモを見て、話しをしている。図書室だけに妙に小声で話をするのと、口元を見る事も出来ないので、何を話しているのか解らない。

 とても気になる動きだ。

 多分、白田由真は犯人捜しを始めている。それは想定内だ。彼女の知識、好奇心ならば、当然、ここは犯人捜しをするはずだから。だが、そこに遠縁坂が加わった事によって、多少、動きが読み辛い感じはする。やはり邪魔だ。

 ここは暫く、彼等の観察をしなければならない。彼等の行動の意図を理解しなければ、危険だ。しかし、彼等がこうして、動いてくれるのもあのバカ女を殺したお陰だと思うと、とても感謝したくなる気持ちになる。せめて、つまらない殺人だと言った事は詫びよう。

 

 ベテラン刑事は缶コーヒーを飲みながら、考え込んでいた。

 「繁さん、やっぱり、重要容疑者のリストを教えたのはまずかったんじゃないですかね?」

 若槻が隣で尋ねる。

 「ふん・・・警察だって手詰まりなんだ。むしろ、警察じゃないからこそ、調べる事が出来る事ってあると思うぜ」

 「そんな無責任な。白田由真が犯人だったらどうするつもりですか?」

 「そんな時は・・・俺が懲戒免職になって終わるよ」

 ベテラン刑事は笑いながら言う。

 「おっさん一人クビにしたぐらいじゃ、収まりませんよ」

 若い刑事は溜息混じりに応じた。

 「まぁ・・・どう転ぶかを見ておけば良い。隠れている奴を追い出すには藪を突かないとな」

 ベテラン刑事は笑いながら遠くの空を見ている。

 

 遠縁坂は小酒井芳子の情報を集める事にした。ネット社会とは言え、何も目立った事をした事の無い個人の情報を探るのは難しい。小酒井ぐらいの年齢だとブログなどをやっている形跡も無かった。

 「これ以上は小酒井先生については調べられない」

 相手が犯人の可能性がある為、あまり本人の周辺を動き回る事は出来ない。ある程度、相手に悟られない方法で情報を集める事からしないといけない。

 遠縁坂は小酒井の次に市川隆文を見た。

 彼は運動神経が良く、野球部のレギュラーでもある。背は高く、真っ黒に日焼けをしている。顔立ちも整っており、女子に人気があるらしい。

 「小酒井先生以上に動機が無いよね」

 こんな根暗な殺人事件からは最も遠い存在にも見えた。

 「確かに・・・だけど、実際、これまでの殺人事件を見ていると、犯人の身体能力が高い方が成功率が高いような気がする」

 遠縁坂は事件の推理をする為に学校の簡単な図面を書き起こす。

 「第一の事件。二階堂由美の位置が仮に解っていたとしても、誰よりも先に彼女の元に辿り着き、何らかの方法で彼女に毒を与える必要がある。その為には相当の脚力が無いといけない気がするんだ。それと第二の事件、新島早苗の自殺。これも仮に他殺だとすれば、彼女を絞め殺すだけの力が必要だ。最後の神戸茜の事件も彼女を殺して、ここから退避する為には真っ暗な中を走らなければならない。色々と考えると、彼ぐらいの身体能力があると、成功率は飛躍的に上がるよね」

 「まぁ・・・そうだけど。でもそれだけで犯人とはねぇ」

 遠縁坂の推理に納得するも、さすがに市川を犯人だとは思えなかった。それは遠縁坂自身も思った事のようで、次の容疑者へと意識が向いていた。

 佐伯由美

 眼鏡を掛けた大人しい子である。眼鏡を掛けているから優秀というわけじゃなく、尚且つ鈍い感じなので、よく女子達からからかわれているように由真は感じていた。

 「二階堂由美からも同じ扱いを?」

 「よくは知らないけど、そうかも・・・」

 遠縁坂は少し考える。

 「まぁ、怨恨ってのは一番、解り易い動機ではあるけど・・・ただ、彼女にこんな大胆な犯行が出来るのかな?」

 由真も考える。確かに運動神経も鈍く、何をするにも決まらない優柔不断な感じの女子生徒だ。由真自身も傍から見ていて苛立つ事があったぐらいだ。

 「でも出来ないとも言えないでしょ?」

 「それは・・・その通り。あまり一方的な思い込みだけで、可能性を潰すのは危険だ。相当に用意周到された計画なら、誰でも達成する事は可能だろうしね」

 遠縁坂は一瞬、自分の心が見透かされたように思えた。彼自身もこの女子生徒が教室の中で特に鈍い事を知っている。だが、それはあくまでも偏見だ。彼女と言う人を深く知りもしない者が表面を見ただけで、決めつけているだけに過ぎない。

 

 彼等の話の内容は大体、解って来た。

 容疑者のリストを作ったのだろう。どのような基準で作られたのか知らないが、なかなか面白い。リストに挙がっている名前はぜひ、一度、見せて欲しいが・・・ここで下手に近付くのは危険だ。そろそろ退散した方が良いだろう。

 だが、私は心底、喜んだ。

 白田由真が私の思惑に乗っかって来たのだ。

 そうだ。

 どんどん、私を追い掛けて来い。

 お前が私の影に触れるのならば、私はどれほどの快感に身を震わせるだろうか。そして、その絶頂を迎える為にお前は贄となるのだ。

 さぁ・・・最高の時間を楽しませておくれ。


 遠縁坂は何かに気付いた。

 「ここ・・・同じクラスの人って居たっけ?」

 その言葉に由真も辺りを見渡す。だが、知っている顔は居ない。

 「いや・・・入った時から、あんまり知っている顔は居なかったけど」

 「そう・・・ひょっとしたら、誰かに見られているのかもと思ったけど」

 遠縁坂は少し不思議そうな顔をしたが、気のせいだとして、改めて、リストを見た。この後、全員の名前を挙げていく中で、二人が気になった人物が3人居た。

 パトリシア=ハーレイ

 今井千夏

 進藤薫

 彼等は殺人の匂いを感じさせる雰囲気を持っていると二人は感じたのだ。


 パトリシア=ハーレイ

 フランス人。10年前に親の仕事の関係で来日した。

 日本語は堪能で性格は明るい。見た目は金髪のサラサラしたロングヘア―に透き通るような青い目に白い肌。フランス人形のような少女。

 だが、彼女は魔女で、気に入らない者を呪うという噂があった。そんなのはただの妬みから発したのだろうと思うが、思いの外、誰もが知っている噂であった。その原因は彼女が小学校の時に、嫌がらせをした子が事故に遭って死んだことから始まっているらしい。

 遠縁坂はその事を転校してきた時に知り、事故の事を調べた。

 事故は車に衝突した事による事故死だが、彼はその現場にも言ったが、開けたまっすぐな道で、飛び出すにしても事故を起こすような場所では無かった。彼は事故について、周辺の人々に聞いて回ったが、どうも、現場にはパトリシアの姿もあったという話だった。

 それだけで彼女がどうとは言えないが、遠縁坂はパトリシアに対して、かなりの興味を惹かれた事は間違いなかった。


 今井千夏

 瓶底眼鏡にボサボサの癖毛の酷いオカッパ頭。いつも暗い顔をしている。

 由真は彼女を知っている。今はどうか知らないが、彼女が小学生の時、執拗に蟻を殺していたのを。コンクリートの上を列を成して歩く蟻に対して、彼女は落ちていた釘の頭で一匹づつ、押し潰していた。それはずっと繰り返していたのだ。その光景はあまりに気持ち悪く、由真の記憶に残っていた。


 進藤薫

 クラス委員

 成績優秀で真面目。

 彼を疑う理由の一つは真面目故にだ。

 彼の真面目には病的な側面があると遠縁坂は語る。

 多分、完璧主義者なのだろう。誰かの間違った行為に酷く、気持ちを乱す部分があった。ある時、目の前で誰かが他の者の悪口を言った時、彼は激高して、今にも掴み掛かりそうになりながら、彼に謝罪をさせていたのを二人は知っている。無論、彼なりに我慢をしている為に、いつも起きるわけじゃないが、それは稀に起きる事だった。もし、それが二階堂由美の行為に対して激しく怒り狂った場合、その存在を消し去ろうとしてもおかしくは無い。二人はそう考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る