第7話 殺人と事故と自殺の合間

 殺人事件とは何だろうか?

 殺人事件とは警察が捜査を行った上で他殺と認めたものである。

 では、それ以外は?

 事故死か病死か自殺か。不審な死に方であれば検死や司法解剖が行われる。そうで無ければ自然死として処理される。

 言うなれば、殺人であっても、警察がそれを認めなければ、そこに殺人は存在しなかったとなる。

 殺人の要件には幾つか存在する。

 1に死体

 2に物証

 3に証言

 4に論理的な状況証拠

 5に自供

 これらの内でどこまでが揃っているかによって、起訴、または判決が殺人の罪が確定する判決が下る事になる。

 簡単に言えば、この世には明らかにされていない殺人事件など腐るほどある可能性を示唆している。

 完全殺人と呼ばれる類ではあるが、それはミステリー小説のように創意工夫を凝らしたモノでは決してない。極ありふれた方法なのである。むしろ、極ありふれた方法だからこそ、警察はそれを他殺と疑わない。

 ゲームの趣向性としてはこれまでと違う。

 二階堂由美は派手に死んで貰った。彼女の性格からして、ああなる事は見えていたし、仮にああならなくても、チャンスは何度でもあった。それだけの事だ。目論見は見事に当たり、彼女は私の要望通りに派手に死骸を晒してくれたわけだ。

 そして、二人目の新島早苗。こっちは自殺で他殺を偽装するという凝った趣向ではあったが、完全犯罪の域に達しているわけじゃない。この捜査をしている警察がどの程度のレベルかを測るための物差しでしか無い。

 だから、白田由真はあれが自殺では無く他殺だと気付いているはずだ。多分、警察の動きからしても、あれを自殺とは処理していない。他殺で処理している。だが、まだ、誰が犯人かを突き止めるまでに至っていない。

 警察も白田由真も疑似餌に食らい付いている。それで結構。

 まだまだ、ゲームは続くのだ。もっと翻弄して貰わないと、私が愚かに思われてしまうじゃないか。


 茜は焦っていた。何かしら二階堂由美殺人事件の進展か、その後にあった自殺についての新しい事実をスクープしなければ、ここは撤退となる。他の新聞や雑誌もゾロゾロと撤退をしていった。残って居るのは契約のフリージャーナリストとかぐらいだ。

 「はぁ・・・警察は何をやっているのよ」

 毎日のように捜査本部の立てられた所轄の警察署に出向くが、収穫は無し。捜査本部自体も捜査員の数を減らしているところを見ると、殺人事件の方は難航しているとかしか言いようが無い。

 カメラを持って、生徒達の家の周囲を聞き込みに回るが、それもそろそろ限界だ。あまり執拗にやったために、周辺住民から警戒されている。彼等の口が重くなってしまった。

 残る方法は怪しいと思った生徒の行動を監視するだけだった。特に怪しいと思う白田由真。この女子高生の行動を監視して、何か不都合な事実を抱えていないかを確認が出来れば、それでも充分にスクープになるはずだ。

 茜は学校以外の由真の生活を全て追う事にした。それは基本的に眠ったり食事をしたりすることを由真が学校に行っている間に行い、あとはひたすら、彼女を監視するという生活である。夜だっておちおち眠っては居られない。深夜に動く事も考えられるからだ。

 由真が自宅から出るまでを家の前に駐車させた車で監視する。少し年式の経ったフランスのコンパクトカーは私物である。ほとんどをここで寝起きする為に車内は乱雑に散らかっている。中を他人に見られたら、さすがに恥ずかしいので、車の窓にはフィルムが貼ってある。

 由真は主に朝、7時30分に自宅を出る。これはほぼ決まった時間だ。それに合わせて、茜も車から降りる。いつでも撮影が出来るようにコンパクトカメラを首から下げている。記者だと言うことはこの辺の人達は皆、知っているから、今更隠すような事じゃない。本当ならば、茜には見付からずに移動したいので、距離を取りながら、彼女を尾行する。

 徒歩、20分程度で彼女は学校に到着する。その間に彼女が挨拶をするような顔見知りの接触はほぼ無い。同じクラスの人とも目で軽く会釈する程度である。まぁ、普通と言えば、普通なのだが。校門へと消えて行く彼女の後姿を見送り、よやく仕事は終わる。あとは彼女が帰宅するだろう時間までは睡眠を取る事が出来る。

 

 白田由真は視線を感じていた。否、視線とかそんなのではなく、尾行をされている。それは彼女も含めて、周囲の人々、皆、気付いている。いつもなら、挨拶をしてくれる同級生もさすがに後ろからカメラをぶら提げて、睨む女の姿に圧倒されている。こんな事がもう1週間も続いている。さすがに出版社なりに抗議をした方が良いのだろうか?それとも下手に動けば、余計に刺激をするだけなのか?そう考えると何も出来なくなる。

 マスコミが減っていく中で、残った連中なのだから、相当にこの事件に興味を持って接している事は間違いが無い。だが、自分を執拗に追うところを見ると、彼女は真犯人に到達する情報を持ち合わせていない。要は接するだけ無駄な相手だ。

 マスコミなら警察の情報を掴んでいてもおかしくは無い。一介の高校生よりは遥かに情報量は多いはずだ。だから、直接、聞き出したいとは思っているが、まともな情報も無い者に聞く意味は無い。その点において、執拗にストーカーしてくるあの女は・・・要らない。

 その事を遠縁坂に話した。彼も茜の事は気付いていた。彼は取材を受けた事が無いので、名前すら知らなかったが、この事件を最初から追っている記者だとは人伝に聞いていた。

 「僕は興味があるな。彼女自身の情報は希薄かも知れないが、他のマスコミの動きを察知している可能性もある」

 由真とは考えが違っていた。彼はこの情報が無い中で、少しでも別の情報源を辿るのは一つの方法だと指摘する。

 「解った・・・帰りに彼女に話をしてみる」

 由真は遠縁坂にそう告げると彼はコクリと頷く。

 「じゃあ、僕も一緒に話を聞こう。本物の記者さんと話をするなんてそう無いことだからね」

 彼は楽しそうだった。

 

 ニヤリ

 笑みが零れる。

 週刊タイムリーの記者、神戸茜。

 三流ゴシップ誌の若手記者。

 取材を受けたから知っている。名刺も貰っている。

 白田由真の自宅前で車を路駐させて張り付く、珍しい記者だ。

 若い女性ながら、根性があると言えるだろう。

 顔立ちはまぁまぁ。赤いアンダーリムの眼鏡がトレードマークなのだろうが、それが不細工に見えるのだと面と向かって言いたくなるような感じの女性だ。

 気が強そうで、反吐が出そうなタイプだ。

 その茜と白田由真が接近する。

 その事が何かを変えるなんて事は無い。

 何故なら、神戸茜の持つ情報は、最初から白田由真が犯人だと言う稚拙な推理に固執な偏見的な妄想のみであり、他のマスコミが諦めたのにも関わらず、彼女がここに残っているのはそれに憑りつかれているだけに過ぎない。はっきり言えばクズだ。まるで使えないクズだ。私のシナリオにおいて、彼女はまったくのモブである。否、モブ以下の画面を汚すゴミでしか無い。

 マスコミは前々から糞みたいな連中だとは思ったが、あんなのが寄生しているかと思うと、やはり、程度が知れる。

 だが・・・私の余興の為に役立ってくれるなら・・・どんなゴミも、それは楽しい玩具となり得る。


 神戸茜は車の中でラジオを聞いていた。時間を知る為にもラジオは都合が良かった。いつものニュースが流れる。この時間に学校に向かえば、白田由真の帰宅時間に着ける。カメラを持ち、自動車の扉を開く。

 彼女が歩くだろう道のりを歩いて向かう。一日二往復を毎日行えば、自然と慣れるものだ。周囲を田畑に囲まれた学校。周囲にあるのは汚水処理場ぐらいなものだ。殺人事件が起きるとは思えない程に長閑な場所に建っている。

 周囲に民家が無い事から、不審人物がウロウロとしていれば、すぐに見つかってしまうような場所。故に自分の姿も多分、隠し切れてはいない。記者の肩書がなければ、昼間からウロウロとはしていられないだろう。

 良い意味で初期の取材活動で周辺に顔を覚えて貰えたからこそ、活動が出来るとも言える。

 茜は学校前の植木畑で身を隠した。他が田んぼである以上、隠れれるのはここしかない。はっきり言えば、明らかに農家の人とは違う恰好をした若い女がこんな場所に潜んで居れば目立つ。それは解っているが、これ以外に方法は無い。


 同じ頃、校門から出て来る生徒達が出来る限り、植木畑の方を見ないように帰っているのが後ろ姿でも解る。多分、そこに記者が居る。

 白田由真は安易にそれが解るだけに辟易としそうになる。

 「面白い記者さんだね」

 遠縁坂はそれを面白がっている様子だが、由真からすれば、あまり面白くは無い。自分のせいで、生徒達が気を遣っていると思えば、嫌になるもんだ。

 校門から出ると、目の前にある植木畑の木陰で女が一人、立って、こちらを見ている。目が合うと、彼女は慌てて目を逸らした。由真は一度、ため息をつく。そして、彼女に向かって真っすぐ、歩く。突然の接近に茜の方が驚いて、逃げ出しそうになっている。

 「待ってください」

 由真が声を掛けると、茜は眼鏡をズレ落としそうになりながら間抜け面を晒している。正直、こんな人に頼み事をして良いのかと一抹の不安を覚える。

 「な、何ですか?」

 茜は動揺している。それを察した遠縁坂が声を掛けた。

 「あの、話しを聞かせて貰えませんか?」

 「話・・・私に?」

 唐突の願いに茜はイマイチ、理解が出来なかった様子だ。

 「あの、僕達はマスコミがこの事件をどこまで調べているか知りたいのです」

 遠縁坂の質問に茜は少し考える素振りを見せる。だが、これは深く考えているより動揺を落ち着かせるためだ。

 「い、良いわよ。その代わり、そちらの彼女のインタビューをさせて貰えるかしら・・・」

 雑誌記者として、事件の当事者の単独インタビューというあまりに安い取引を持ち掛けて来た辺り、単純だと遠縁坂は思った。

 「良いですよ」

 「えっ?」

 遠縁坂が間髪入れずに了承したのを当の由真が驚く。

 「まぁ、どうせ、話を聞く為にはこちらの情報も出す必要があるわけだし、良いじゃないか?」

 遠縁坂は由真に笑いながら言う。

 「で、でも・・・そのインタビューって言うと、ちょっと心の準備が・・・」

 由真が少し恥ずかしそうにする。

 「君でも意外とそういうところは普通の人なんだね?」

 驚いたように遠縁坂が言う。

 「普通って・・・なによ?」

 由真は顔を真っ赤にして、上目遣いで遠縁坂を見る。

 「いや・・・そういうのにあまり無関心なのかと・・・」

 遠縁坂は言い訳めいた事を言いつつはぐらかす。

 「あ、あの・・・確かに急にインタビューは心の準備が出来ないわね。そうね。今夜、車で迎えに行くから、自宅前で待っていて貰えるかしら?どこかに場所を取って、ゆっくりと聞きたいわ」

 茜の提案に二人は頷いて、その場を後にした。


 茜はチャンスだと思った。単独インタビューを押さえることが出来たらならば、編集長も、取材の継続を認めてくれるはず。このインタビューは失敗が出来ないと思った。咄嗟に、時間の引き延ばしを決めたのも、準備をするためである。それと立ち話では深くは話が聞けない。フリーの記者も目を光らせている。どこかに場所を確保して、じっくりと話を聞かねばならない。

 茜はスマホを取り出し、とにかく、場所の確保などを始めた。


 夜の9時を回る。由真は家の前を見たが、いつも止まっていた茜の車は居ない。すでに7時頃から遠縁坂が来ている。彼は居間で彼の家族と共にテレビを見ていた。そんなのんびりとした彼に苛立ちを覚えながら緊張する心を抑える由真。

 「一体・・・いつ来るのよ」

 茜は一向に姿を現さない。さすがに痺れを切らして、名刺にあった携帯番号に電話をした。だが、電話は繋がる事が無かった。何度もダイヤルしても繋がらない茜の携帯電話。

 「もう!あの記者!」

 怒った由真は居間に居る遠縁坂に怒鳴る。

 「何か用事があったんだよ」

 茜は由真達の携帯番号を知らない。だから、何かあっても掛けて来れないのかも知れない。遠縁坂にそう言われて、由真も納得した。そして、遠縁坂は帰って行く。

 由真は怒りであまり眠れなかったが、翌朝になったら、何事も無かったように家の前にあの記者が戻ってきていると思い、何とか眠りに就いた。

 翌朝、カーテンを開け、家の前を見た。だが、昨日と同じく、そこには車が無かった。由真は変だなと思いながら、居間に行く。いつも通り、出勤前の父親がテレビでニュースを見ている。

 「昨晩、土手で車が燃えているのが発見されました」

 ニュースでは同じ市内にある川の土手が映っていた。そこは公園になっていて、車ごと入る事が出来る場所だった。そこに真っ黒に焼け焦げた車の残骸だけが映っている。

 「車の中には性別不明の一人が遺体として残されており、警察は事件、事故の両面で捜査を行っております」

 また、同じ市内で人が死んだ。これも殺人ならば、また、街が騒がしくなる。由真は憂鬱な気持ちになった。

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