9.死体の心臓


 殺人鬼という人種は嫌いだが、まさかここまでバカだとは思わなかった。

 少なくとも「捕食者」は頭のいい類だと、影浦は思う。



「この時間になってもまだ月城さんが家にいると思うなんて、浅はかですね~」



 へらへらと笑いながら近くの自動販売機の影から綾子が出て来た。

 そして同意を求めるよう影浦の顔を覗き込む。



「普通不審物を見かけたらそれを警察に届けて、届けられた家には寄りつけませんよねぇ」

「まぁ、ここまで頭がイってたらそこの判断はつかないんだろうな」



 影浦はそうぼやきながら、不死原に取り押さえられているを見下ろした。

 女性は支離滅裂なことを言いながらもがいている。

 しかし、不死原には痛くもかゆくもないようだ。



「なぁ、この女殺してもいいよな」

「殺さない方がいいと思いますよー不死原先パイ」

「何でだよ、どうせコイツも人殺してあの心臓手に入れたんだろ? 人殺しなら殺したっていいじゃねぇかよ」

「いやいや、何であれ殺しちゃダメですって……捕まっちゃいますよ」



 つまらないと文句を垂れる不死原を何とか説得していく綾子。

 人殺しがどうなろうと……と影浦も考えるが、どんな人間であれ殺してしまえば殺人罪となる。

 今ここでこの女性を不死原が殺してしまえば、彼は明日から「捕食者」を探すことは出来なくなるのだ。

 その旨を懇切丁寧に説明すると不死原もようやく諦めたようで、一息ついてから綾子はある人物に電話をかけた。



「百合先パーイもういいですよー」

『あら、もう宜しいのですか?』

「はい、もう捕まえましたから」



 その言葉を合図に月城家の窓のカーテンが開かれた。

 そのカーテンを開いたのは百合であり、その部屋には彼女以外の人間はいなかった。

 月城は今、彼女の叔父と合流して交番にいる。






 心臓を見つけてしまった月城はすぐさま叔父と警察に連絡を取り、また綾子にも連絡を入れておいた。

 殺人鬼や殺人事件に付きまとわれ続けた彼女の経験からして、この心臓は今朝学校にあった死体のものに違いないと確信したそうだ。

 そして綾子はその連絡を受け取ると続いて影浦、百合、不死原にも連絡をして〝犯人を捕まえよう〟と言い出した。


 まず月城と心臓は警察の元へ行く。

 次に、夜になれば犯人は月城の帰宅を気にするだろうということで、百合のみが月城の部屋で待機。

 そしてその部屋からは見つからない、また部屋の様子をうかがえるこの場所、アパート裏の高台で犯人が来るのを待った。



「そんな、のこのこ来るものかな……?」



 と月城は心配していたが、犯人が戻る確信はあった。理由は簡単だ。

 この犯人は彼女を狙っている。

 だったら絶対、すぐにでも接触したがるはずだ。

 彼女はそういう体質なのだから。






「何でもいいけどよ、オマエが殺したんだろ? あの男。女のくせにすげぇよなぁ……肋骨開くの大変だったろ?」

「何の話だ!? 私はただ、プレゼントを盗っただけだ!」

「はあ~? なあに言ってんだよ、テメェだろ? 殺ったの」

「知らない!」

「?」



 不死原と女性のやり取りに影浦と綾子は耳を傾けた。

 どういうことだ、と。



「あのー、今朝学校の前に死体があったんですよ。胸を開かれて心臓のない……」

「は? だから何?」

「アレ、あなたの仕業じゃないんですか?」

「さあね、私はただ彼女の通う学校を見たくて昨晩あそこに行った。そうしたら新鮮な心臓があった。だから、もらって行っただけさ」

「……それ、ホントですか?」

「その時の死体はどんな状態だった?」



 ポカンとする綾子を押しのき、影浦がすかさず女性に尋ねる。

 すると女性は何がおかしいのか、ケタケタと笑いながら答えた。



「そんなに気になるのかい? どんな状態って、本当に危なかったよ……やっと心臓を見つけられたと思ったのに、ナイフとフォークが突き刺さっていたんだからね」

「!」

「すぐに引き抜いて出血しないようにするのが大変だったよ……アハハ」



 胸が開かれ、ナイフとフォークが見つかったことから「捕食者」の模倣犯だと踏んでいた。

 だが実際あの男性を殺した犯人は、心臓にナイフとフォークを突き立てていたらしい。

 それでは確かに模倣犯とも取れるが明らかに犯行内容が違う。



「あいつはナイフは絶対心臓には刺さない……いつも置くだけだ」

「どういう意味なんでしょう? まぁどちらにしろ、銀食器を使っている時点で『捕食者』のことを意識していることに変わりはありませんが」

「どうでもいいからよー、この女どうすんだ? そろそろ飽きてきたから絞めていいか? いいよな」

「あーあーダメですよ。縛っておいて、あとは警察に通報です」

「はああ? 何ヌルいこと言ってんだ?」

「だってあの死体の犯人じゃなくて、彼女はただの窃盗犯なんですから」



 窃盗犯というのも随分変わった言い方だと思うが影浦はスルーした。

 そんなことよりもまずはその真犯人を探さなければならない。

 その真犯人を見つければ、何故「捕食者」の模倣をしたのか聞き出せる。

 自分達と同じようにその真犯人も「捕食者」から影響を受けているということは、どこかで会っているということだ。



(心臓に刺す……何でだ? 何のために……)



 想像もつかない犯行動機を考えて答えが出るはずもなく、そうこうしている内に女性は手足を縛られそこに寝かされていた。

 抵抗していた彼女も今となってはただ不気味に笑い続けているだけだ。



「キッモ。殺せねーんならオレは帰る」

「そうですね。僕等も帰りましょうか、影浦君」

「……あぁ」



 警察は綾子がもう呼んでおいた。

 この調子ならきっと犯行内容もスラスラと自分の口で言うだろう。

 月城の部屋に待機していた百合も合図を受け、犯人は別にいると連絡をすると残念そうにしながらも送迎車に乗って帰っていった。

 これで振り出しには戻るが、明日になればあの惨殺死体の解剖結果が出ているはずだと綾子は浮かれている。

 影浦はというと、前進がなかったことへの落胆が少しばかり大きかった。



「月城さんには僕の方から連絡しておきますけど……あの」

「……? 俺か?」

「えぇ、一つ気になることがあるんですよ」



 顔を上げると綾子は横に並んでこちらを見上げていたが、不死原はとっくに帰った様で姿がない。

 夜の公園で男が二人きりというのも嫌だなと影浦も早く帰りたくなった。



「月城さんから連絡が僕のとこに来たんですけど……」

「あんな話をした後だしな。お前に言えば全員に伝わるだろ?」

「いえそれはそうなんですけどね」

「?」

「どうして、? 月城さんと一緒にいた……とか?」



 まぁタッチの差でしたけど、と綾子は口をすぼめる。

 問われた影浦は素直に答えるべきか迷ったが、こいつには隠すことでもないだろうと判断して答えた。



「お前ならわかるだろ、綾子。どうしても気になって、後をつけてったんだよ」

「月城さんをですか?」

「……からな」

「あぁ、なるほど。別人だとわかっていても、心配してしまうわけですね~」



 納得した綾子はニヤニヤと笑いながら影浦の横顔を見続ける。

 冷やかしたいのだろうが、期待には答えられそうにない。

 自分でも違うとわかっているのに、彼女を見ずにはいられなかった……。



(何で、そっくりなんだろうな……)



 また彼女を苦しませたくない、そう思ってしまうのだ。


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