8.心からの贈り物


 その出会いから二週間たった今日、遂に彼女へプレゼントを贈った。


 喜んでもらえただろうか? いや、ビックリはしただろうと思う。

 サプライズということで、きっと彼女も笑ってくれるだろう。

 だが匿名のプレゼントにするとは決めたものの、どうしても彼女の反応が見たくてしょうがなかった。

 だから、陽が沈んでからもう一度、彼女の家に来てしまった。



「あ、明かりが……」



 彼女の家の裏には高台がある。

 その高台の木の裏に隠れ、彼女の家の様子をうかがうと窓には明かりがついていて更に幸運なことに彼女らしき人影も見えた。



「あの部屋が……あの子のなのかな?」



 そう考えるだけで幸せになれた。

 我ながら単純だと思うが、これはまさしく恋なのだろうという確信が強まる。

 思春期時代に味わったそれに、いやそれを超えるような気持ちだ。

 相手を思うだけでもこんなに幸せになれるなんて……、と頭がボーっとする。



「あぁ、喜んだ顔が見たいけど……そのカーテンを開けてくれれば……」



 届かないとわかっていても、その願いを口にせずにはいられなかった。

 どうか、どうか彼女がカーテンを開き、こちらを見てくれますように。

 あの笑顔を、見せてくれますように……。

 そう願うだけでも、私は幸せを味わえる。





「カーテンは開かない」





 甘い夢を見ていたところに、水を差す声が背後から聞こえた。

 じわじわと上がっていた体温は急激に下がり、頬の筋肉にも力が入らなくなる。

 あぁ、誰だ? 夢の邪魔をするのは。



「こんな時間に他所の家の窓を覗いて、どうしたいんだ?」

「……」



 青年の声と思われるそれに振り向くと、夜の闇に紛れてそいつは現れた。

 夏だというのに暑苦しく、目の前の男は黒いコートに身を包んでいる。

 見たこともない興味もない男は、私のことを冷ややかな目で見ていた。



「君には関係ない。それに、君くらいの年齢の子がこんな時間に……危ないよ」

「あぁ危ないな。不審者が目の前にいるんだから」

「不審者……? 私のどこが? 私はただここからの景色を……」

「月城水悠」

「!」



 男のその言葉に体が凍り付いた。

 そして、ふつふつと腹の底が煮えたぎる。

 どうして、その名前を、その名を、彼女の名前を……口に。



「月城に用があるのか? それとも、あいつを狙ってでもいるのか?」

「彼女の名前を口にするな! お前みたいなガキが!」



 怒りのあまり、今の時刻も考えず大声を出してしまった。

 だが許せない。

 彼女の名前を気安く口にするなんて……私には到底許せなかった。



「……相当入れ込んでるんだな」

「入れ込んでる? そんな言葉で片付けるなクソガキが。私はね、彼女を愛しているんだよ」

「……」

「彼女は私に笑顔を向けてくれた、私なんかに声をかけてくれたんだ。彼女は特別だ、お前もわかっているだろう? ガキ」

「……特別、ね。あぁ、わかるよ」

「だったら彼女の名を口にするな! ガキのくせに、彼女の名を呼ぶ権利等ない!」

「……あんたさ」

「は?」

「あいつの為なら、人でも殺せるんだろ?」



 突然の問いに、思わずふき出してしまった。

 とんだ愚問じゃないか、と。



「当たり前じゃないか。彼女の為ならどんなことでもやる。死ねと言われれば喜んで死ぬさ」

「そうか。それであのプレゼントか?」

「プレゼント? お前、プレゼントのことを知っているのか? どうして?」

「すげぇよ、よくあんなもの用意出来たな」

「ハッ。そりゃあ、お前みたいなガキとは想いが違うんだよ想いが。私は彼女の為なら何でもする、彼女の欲しいものならすぐにわかる。彼女を思えば、どんなことでも言葉にしなくてもわかるんだ」

「へぇ……因みに、どうしてアレを選んだんだ?」



 そんなこともわからないのかと罵ってやりたかったが、私がどれだけ彼女を想っているか聞かせる機会だ。

 存分に聞かせてやろうと胸を張った。



「彼女の顔を、あの何かを悩んでいる顔を見ればわかる。彼女には今、『心』が必要なんだ。彼女には笑顔が一番似合う。だが、何が彼女の顔を曇らせていると思う? 悩みや心配事、日々のストレスに違いない。だから、そんな不必要な気持ちを移せる『心』があればいい……そういうユーモアなんだよ」

「……へぇ」

「アレが一番、私の心遣いが伝わるものだと思ったんだ。ピッタリだろう?」

「……本気で、アレを喜ぶと思ったのか?」

「?」



 当たり前だ、何で首を傾げているんだ?

 そう顔に出すと、男はやれやれといった具合にため息を吐いた。



「人間の心臓をプレゼントされて、喜ぶ人間なんているわけないだろ」



 男の言葉と同時に、私は背後から何者かに取り押さえられた。

 突然地面に胸をぶつけ、肺が圧迫されて息が詰まる。

 どうしてだ、どうしてこんな目にあうんだ?

 何故わからない? 喜ぶに決まっているだろう!

 誰にももらえないような、滅多に手に入らない代物だぞ!

 彼女は絶対、喜んでくれた。

 私のことを、思い出してくれたんだ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る