10.胸の穴


 翌日の学校は平常通りとなった。

 校門で惨殺死体が見つかろうが、放課後に女子生徒が不審物を不審者に送りつけられようが、関係ないらしい。

 まだ落ち着かない生徒達は次々と校門をくぐり昇降口へと向かう。

 校門の脇に目をやると、アスファルトには赤いシミだけが残っていた。



「おはよう影浦君」

「?」



 上履きに履き替えたところで声をかけられた。

 振り返ると、月城もちょうど上履きを履いているところだった。 



「今日は休みじゃないのか?」

「え、どうして?」

「いや、昨日あんなことがあったんなら……」



 そう言われるまで気が付かなかったのか、月城はしばしキョトンとしていた。

 その態度で、あんな目に遭うのはしょっちゅうなんだなと察せる。



「あー……まぁ、大丈夫だよ。犯人も捕まったんだし。って言っても、模倣犯は別にいるみたいだけど……」

「また狙われるのか?」



 影浦が尋ねると、月城は一瞬だけ固まった。

 しかしその顔はすぐに苦笑へと変わる。



「どうだろ……いつもは一つ片付くとしばらくないんだけど。……今回はどうかな?」

「お前はどう思う?」



 矢継ぎ早に聞くつもりはなかったが、どうしても早口になってしまう。

 この焦りは一体何なんだ?

 と、答えがわかりきっている疑問を自分に投げかけた。



「……模倣犯だと思う? 影浦君は」

「あの死体の犯人か?」

「うん」

「……少なくとも、『捕食者』本人じゃないだろうな」

「本当に?」



 月城は食い気味に尋ねた。

 それに少し驚きながらも影浦は続ける。



「ナイフとフォークが見つかったのは多分、模倣してるからだろ。ただ心臓に突き立ててたって言うんだから……それは当てはまらない」

「犯行の手口が変わったとか」

「変える理由が見当たらない」



 あの不気味な犯行の理由もわからないが、と心の中で付け足す。



「模倣犯と本人とだったら何か違うのか?」

「……まぁ、ね」

「?」



 月城は苦笑したままその続きを言わなかった。

 だが残念ながら、影浦は笑って誤魔化せるタイプではない。

 じっと答えを待っていると、彼女は観念して答える。



「しばらく期間が開いたとしても、どちらにしろあたしはまた何かに巻き込まれる。それはこの二年で嫌って程味わって来たから変わらない。……でも、もし今回の事件が模倣犯じゃなくて、だったら……」

「……だったら?」

「いっそのこと、早く接触出来た方が……って。思わない?」



 狙うのなら、早く来て欲しい。

 彼女はそう言っているのだ。



に会えれば、きっとこの体質も」

「会うだけで終わるのか?」

「えっ……」

「殺人鬼に狙われて、攫われでもして、……その後は? 生きて帰れるのか?」

「それは確かにわからないけど……でも」

「殺させないからな」

「え」



 無意識に手が伸びて、いつの間にか月城の腕を掴んでいた。

 彼女の細い腕と手の平に巻かれた包帯がすれる。



には、殺させない」



 殺人鬼を探すというのはそういうことだ。

 何の躊躇もなく好きで人を殺す、そういう人種に自ら進んで会いに行こうとする。

 それはつまり「死んでも構わない」ということだが、影浦にその気は更々なかった。

 殺されるつもりはないし、彼女を死なせる気もない。

 それだけは決めている。



「それは……」

「?」

「それは、あたしと日和ひよりさんが似てるから?」



 熱いものを触ってしまった時のように、慌てて彼女の腕から手を離した。


 昇降口から教室へ向かう生徒の何人かは影浦達へ目をやるが、喧嘩か何かだろうと気にも留めていない。

 思っても見なかった言葉が月城の口から飛び出たせいで、心拍数が一気に上がる。



「ごめんね。綾子君に聞いたの」

「……」

「写真も見せてもらったけど、本当に似てるんだね。あたし」

「……いや、その」

「あーいたいた、ちょっといいですかー?」



 その声に二人は同時に顔を上げ、小さく手招きをしている綾子を見つけた。

 一日経っても彼の顔色は変わらない。



「お取込み中悪いんですけど、来てくれます?」



 早くと急かされ仕方なく綾子の元へ向かうと、そこには百合と不死原もいた。

 影浦達と同じく昇降口で捕まったのか、二人共手には通学鞄がある。



「おはようございます、月城さん、影浦さん」

「早くしろよアヤコ、いつまで待たせんだ」

「まぁまぁ、ちょーっと待ってて下さいね」



 相変わらず綾子はタブレットを手にしており、慣れた手つきで画面操作を進めて行くとあるネットニュース記事が表示された。



「ほらほら、コレですよコレ」



 タブレット画面を差し出され、綾子を囲むように四人は頭を下げて画面に注目する。

 そこには《女性の遺体発見。警察間に合わず》と題されていた。

 そして記事の内容をざっと見るだけでも、その容疑者が誰なのかはすぐにわかった。



「……これ、昨日の」

「そうなんですよ、昨日のあの女性。殺されちゃいました」



 開胸され、肋骨が前へ突き出るような形に変形させられた惨殺死体。

 心臓には凶器とは別のものが突き刺さっていた、と書かれている。



「ま、ナイフとフォークで人は殺せませんからね」



 死体が発見された住所は昨日影浦達が訪れたあの高台で、被害者の女性の年齢も特徴も、不審者として通報された人物だということも全てが一致していた。

 そして彼女のその死に様はあまりにもと酷似している。



「……模倣犯か」



 影浦の言葉を否定する者はいなかった。



「しかし、どうしてわざわざ彼女を殺したのでしょう? あのままでも警察に捕まったというのに……」

「気に入らなかったんじゃねぇのか? あの女が心臓盗んだんだしな」

「それだけじゃない」

「は?」



 視線の向く先は決まっていた。

 そして影浦の視線に気付き、彼女は顔を上げて唇をかみしめる。





「横取りされそうになったからだ……。だから殺した」





 月城に接近したから、殺された。

 やはり、彼女は殺人鬼を引き寄せる運命にあるらしい。




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