森の小径を抜けてゆくのです

 目を覚ますと葉っぱの生い茂った窓の間からは木漏れ日が差し込んでいました。いけない! 寝坊をしたみたいです。私は急いでハンモックから飛び起きて、机の上に置いておいたランドセルを掴んで台所へと走りました。


 お父さんもお母さんも既に出かけているようです。ある意味これはチャンスです。切り株を利用したテーブルの上に置いてあった角パンをひょいっと手づかみでつまみあげると、そのまま両手で口に押し込んでぐぐぐっと一気に角砂糖入りのミルクで流し込みました。2人が見ている前ではこんな事はできません。


 洗った手を拭こうとしたとき、そのまま濡れた手で髪の毛のを撫でつけようと思いつきました。ナイスアイデア。というやつです。私は、さっそく鏡の前に立ってみたのですが、大事なことを忘れているのに気が付きました。危ない危ない。ばたばたと部屋に戻って机の上の葉っぱをひょいと頭の上に乗せると、またすぐに鏡の前に戻りました。


――お稲荷様、私にかりそめの姿をお与えください。せーのっ! こんここんこーん!


 変化の呪文を唱えてくるりと後ろ向きに宙返りすると、鏡の中にはヒトの女の子が映っています。これでよしなのです。


 頭のを撫でつけて収めると、あなぐらハウスから顔だけだして、あたりを確認です。だれもいません。素早く飛び出ると、オオバコの茎で入口に鍵をかけました。ランドセルを背負い、小径を通って小学校へ続く道路へと向かいます。


「あー、紺野こんちゃんおはよー」


 後ろから突然声をかけられて思わず耳がぴくりと跳ねそうになります。この大きな声は速魚はやめちゃんです。おはよーと声をかけて並んで学校へと向かいます。


「こんちゃん尻尾でてるんですけど?」

「えっ! うそっ! しまわなきゃしまわなきゃ。ありがとう」

「ううん。こないだが出てたの教えてくれたのとだから」


 速魚ちゃんはうっとりする声でふふふ、と笑います。実は速魚ちゃんは人魚なのです。私たちは、一緒にヒトの学校へと通っています。


 なんでも、ヒトの世界では子供の数がどんどんと少なくなっているそうです。この街でも、小学校の生徒が全然集まらなくなってしまいました。そこで、ヒト以外でも勉強したい子がいれば、通っても良い事になったのです。ただし、通う場合にはヒトに化ける事を条件として。


 私と速魚ちゃんのクラスには、32人の生徒がいますが、そのうち何人かはヒトではないかもしれません。でも、今はとかいうのが厳しくて、その辺の事を探るのはいけない事になっているそうです。だから、どの子がヒトなのかはわかりません。知っているのは、うっかり化けそこなった部分を見てしまったり、見られてしまったりした速魚ちゃんの事だけです。


 速魚ちゃんと私は、河野くんが怪しいと思っています。すごいキュウリが好きな河野くんは、たぶんカッパだと思います。あと、超運動神経の良い鞍馬ちゃんはひょっとしたら天狗かもしれません。他にも怪しい子はたくさんいます。


 今日も私と速魚ちゃんは、あの子が怪しい。あの子はヒトだよ。なんて言いながら学校へと向かうのでした。そして、


――卒業するまでにはクラス全員分のこと、わかるのかなあ


なんてぼんやり考えながら授業を受けるのです。そうそう、私がきつねだという事は、みんなには内緒にしておいて下さいね。もし、耳や尻尾の出た小学生を見かけても、そっと見ないふりをしてあげるのが、大人のというやつなのです。

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