のっぽなパン女

「うわー、遅刻遅刻~」


 俺と幼馴染のたぬ子は、学校への道を急いでいた。


「こういう時にパンをくわえた美少女と曲がり角でぶつかったりするんだよね」

「アホか、漫画の読みすぎだろ」


 たぬ子の軽口に応酬しつつ、曲がり角を曲がろうとしたその時だった。――どしん。目の前が暗転した。


「いてっ!!」

「きゃっ」

「いった~」

「あら~」


 俺は何かと衝突したらしい。


「いてて」


 起きあがろうと手を突くと、手にぐにっと柔らかい感触が。あわてて目を上げてみると、そこには背の高い女の子と背の低い女の子が折り重なるようにして倒れていた。その口には、しっかりとパンがくわえられ、そして俺の手は……しっかりと背の高い女の子の胸を掴んでいた。


「うわっ!! ごめん!! 大丈……」


 あわてて手を離して俺が謝ろうとするよりも早く、背の小さい女の子の右手が飛んできた。いや、右手というか、拳だ。右拳。右ストレートが。


「この変態ッ!!」

「おふっ」


 小さな女の子の右拳が鳩尾みぞおちへとめり込む。あれ? 普通こういうときはビンタじゃねーの? と思ってみるもそれどころではない。なにせかなりので息ができないのだ。


「信じられないもうっ!! 咲耶さくや大丈夫? 行きましょっ!!」


 俺が悶絶しているうちに、背の低い女の子は背の高い女の子を助け起こし、キッとひと睨みするとプリプリしながら駆けだしていった。


「あ~あ~。マサキちゃん大丈夫~?」


 たぬ子が後ろ手を組んで、にやにやしながら俺の顔をのぞき込む。


「……あ、ああ。つか何でおまえ嬉しそうなんだよ!!」

「だって、曲がり角で美少女とぶつかるとか凄いじゃない!! ひょっとして? 運命の?」

「あのなあ……」


 俺は腹を押さえながらようやく立ち上がった。


「いやまいった。それにしても見たか? あの子達……ひょっとして」

「ええ。かなりわね」

「お前もそう思った?」


 たぬ子は急に真面目な顔つきになると、人差し指で眼鏡をくいっと上げた。


「普通、こういう時は食パンを咥えてるものだけれども、大きい方の子は『のっぽパン』を咥えていたわ。さらに驚くのは小さい方の子。彼女はなんと『王将』を咥えてたのよ!! どこで手に入れたのかしら?」


 そう、「のっぽパン」。で長いやわらかめのフランスパンにミルククリームをサンドした。静岡県民のソウルフード。そして「王将」はというと、将棋の駒の形をした食パンに、バターシュガーを塗った菓子パンだ。一見普通のバタートーストに見えるが、噛んでみると、ざりっとした粒の大き目のグラニュー糖の心地よい食感と共に、甘いバターシュガーの味が口中に広がる。しかし、将棋の駒というデザインが災いしてか、菓子パンが好きなお子様層へのウケが悪いらしく、あまり数が作られていないのだ。結果として、「知る人ぞ知る」レアな菓子パンとしての地位を確立しているというちょっと変わったパンだ。

 そしてここからが大事な話なのだが、俺が今言いたいのは全然パンの話では無い、という事だ。


「どこ見てんだよお前は!! パンの種類の話じゃねーよ!!」

「え……じゃあ何の……? まさかマサキちゃん!! あの熊さんがプリントされ……」

「パンツの話でもねーからな!!」

「えー、でも熊さんでそこまで反応するって事は、しっかり見てたんじゃん?」


 たぬ子は不満げに口を尖らせながら、なかなか痛いところを突いてくる。


「不可抗力だ!! そうじゃなくて、あの2人、昨日、河川敷で会ったミズチをあっという間にしずめた子達じゃなかったか?」

「え? そうだった? そこまで気が付かなかったけど……」

「余計なモンばっか見てるからだろ」

「何よ~。マサキちゃんだってパンツ見てたくせに」

「だからっ!! ああもう良いわ。急がないと遅刻すんぞ」


 俺はたぬ子に確認するのを諦めて、学校への道を急ぐ事にした。


 そしてその後、俺は、のっぽの子の許婚にさせられたうえに、おちびの子に結婚を迫られる事になるのだが、それはまた、別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る