めんどり橋渡った

 僕の通学路には佐倉川という川が流れており、そこには「めんどり橋」という小さな石の橋が架かっていた。我が家は少々辺鄙な場所にあり、めんどり橋を渡って通学する生徒は僕一人だけだった。だが、中学の頃だったろうか、川のこちら側の近所に、同級生の女の子が引っ越してきた。


 初老の紳士然とした父親に連れられて、引っ越しの挨拶に来たその子を初めて見た時、僕の胸はどきりとした。クラスメイトの女子たちとはどこか違う、凛として、どこかあか抜けたその佇まいは、思わず見とれてしまうほど綺麗だった。


 朝の通学時、彼女にとっては田舎の川が珍しいのか、毎朝めんどり橋のたもとから川を覗き込んでいた。僕が通りかかると、少しバツが悪そうに「おはよう」と手を振り、何かをごまかす様な慌てた口ぶりであれこれ話ながら一緒に登校するのが日課になった。そんなある日、一緒に橋を渡っていた彼女が照れくさそうに話し始めた。


「もうすぐ進級だね」

「ん? そうだなあ。はえーなー」

「私ね、本当は毎朝、君が来るのをここで待ってたんだけど」

「え?」

「偶然一緒になった、みたいな振りもした事あったんだけどね。結局毎日一緒だったでしょ。帰りも」

「まあ、そうかなあ……」

「……なんでか分かる?」


 急に彼女が足を止めて振り返った。照れ笑いをひとつ浮かべ、恥ずかしそうに俯きながらも上目遣いで僕を見つめてくる。


「え? いや、なんつーか……」

「もう……本当は分かってるんでしょ」


 彼女は少し拗ねたように拳を作って僕の袖を軽くぶつ真似をする。


「実は私ね……き……き……」


 彼女の顔がみるみる赤くなる。僕は堪らなくなって手で彼女を制した。


「待ってくれ。僕から言わせてくれ。き……き……」


 勢いにまかせて言ってしまおうと思ったが、なかなか言葉が出てこない。すると、彼女は、ふふふふ、と嬉しそうに笑って胸の前で手を合わせた。


「そう。実は私、吸血鬼なの。やっぱりわかってくれていたのね!」


「きみの事が……え?」


 唖然として動けない僕を尻目に、彼女は嬉しそうに続ける。


「だから他人の力を借りないと水辺を渡れないのよね。引っ越し当初は学校に行けないかと思って泣きそうだったけど助かったわ。君、いつも時間通りに来るし」

「吸血……鬼?」

「あ、でもハーフだから血とか大丈夫だから安心して。あー言えてスッキリした!」


 彼女は嬉しそうに僕の手を取り、スキップするように橋を渡り切ると、くるりと振り返って手を振り、駆けだした。


「今日、日直だから早めに行くねー。あ、いちおうこれ、みんなには内緒だよ」


 残された僕は、ただただ従順な狼のように、尻尾を丸めて見送るしかなかった。

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