例えばこんな通学路

吉岡梅

いりやませ駅各駅停車6時24分

 入山瀬いりやませ駅に6時24分の各停。

 この電車に乗れば彼女に会える。

 乗降口の手すりに掴まり2駅かけて心を整える。


 目の前の座席の2年生の話が耳に入ってきた。


「ちょっと、それどうしたの?」


 ちらりとそちらを見やると、唇の横に貼った絆創膏を指さしていた。


「ああ、これね、あのね……」


 絆創膏の先輩は少し自慢げに眉根を寄せると囁くような声で続ける。


「カレシがすごいキス魔でさー、痕ついちゃってヤバいから隠してんの」


 2人は嬌声を上げてはしゃいでいる。


 少し嫌な気分になったけれども聞こえないふりをして外を見る。


 がたん……がたん……。


 音を立てて電車は彼女の駅へと停車する。

 扉が開き、いつもと同じように彼女が車内へと入ってくる。

 その顔を見て声を上げそうになった。

 彼女の唇の端には小さな絆創膏が貼ってあった。


 当惑したまま彼女を見つめていると、照れ笑いをしながら近づいてきた。

 いつもと同じ30cmの距離。

 僕にとって最も遠い距離。


「おはよ。やっぱ変?」

「え、あー、おはよ。つかどうしたの? あ、やっぱいいや」

「聞きたい?」


 彼女は恥ずかしそうな、それでいて少し誇らしそうな表情で首をかしげる。


「言いたくなければ別にいいけど」


 扉の外へ目を向ける。

 彼女は少し間をおいて続けた。


「あのね、恥ずかしいから誰にも言わないでね」

「あー、うん。いいよ別に聞きたくないし」


 体の向きをもう少しだけ窓の外方向に向ける。

 彼女は構わずに話し続ける。


「実はね、お弁当でツナおにぎりを作ってあげようとしてね」

「お弁当?」

「うん。それでツナ缶開けたんだけどね、その……、ふ……蓋についてるのもったいなくて食べちゃえ! ってしたらね」

「え」

「そしたら、缶の端で切っちゃった」


 呆気にとられていると彼女は恥ずかしそうにお弁当を手渡してくる。


「ちょっと、笑ってよ。余計恥ずかしいじゃん。はい、これお弁当」

「え、僕に?」

「うん。あ、もちろん血は入ってないから安心して」


 妙にドキドキしながらお弁当を受け取ると肩掛け鞄の奥へと突っ込んだ。


 何を言っていいか思い付かずに目を逸らすと、2年生がにやにやしながら僕らの方を見ていた。


 そういうんじゃねえし。


 がたん……がたん……。


 今日も電車は時間通りに進んでいく。

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