短編15:我ら保安司書部隊


「っ、」


 悔しそうな顔をしながら、地面に倒れ伏す男は、自分を地面に押さえつけた奴を睨みつける。


「はい、回収完了。ちゃんと返却期限守らないからいけないんだ」


 そう告げるのは、ショートヘアの女性であり、片手には本を持っており、もう片方は男を拘束していた。


「君たちの探求心は分からないでもないが、他にも読みたい人もいるんだからさ」

「うっせぇ! だから、保安司書は嫌われてんだよ!」


 そう言うと、拘束から抜け出した男は逃げ出した。

 女性は男を追おうとはせず、手にしていた本を一瞥する。


「嫌われてるのは分かってるんだけど、こっちの事情も事情だからね」


 溜め息混じりに女性は次の回収場所へと向かった。


   ☆★☆   


 世界は広く、大陸の上には多くの国々が並び立ち、文化や特色も様々に存在していた。

 そんなとある国のとある場所に、それはあった。


 魔導図書館。


 世界中で発行された本は、王城に次いで全てこの図書館へと集まっている。

 初版本から時が流れるに連れ、内容が変わったものまで、とにかく何でもありだ。


 さて、この世界には、魔法が存在する。

 中でも、魔力が込められていたり、魔法に関して記された本――魔導書の扱いには気をつけないといけない。少しでも油断すると、暴走するのだ。

 そして、その魔導書を借りていく大半の者たちは、魔導師や魔術師、その卵なのだが――


「こら、そこの男子!」

「げっ、保安司書!?」


 研究や解読に集中するあまり、返却期限を過ぎることがある。

 そんな返却期限の守らない者たちへの制裁役をしているのが、『保安司書』と呼ばれる、図書館のである。

 ただ、この『保安司書』は基本的に返却期限が過ぎた本を強制回収するのだが、魔術師たちは魔法で反抗するため、それなりの戦闘経験が必要となる。

 さらに相手が魔導師や魔術師の場合、魔力や魔法さえ使わせなければ、勝ったも同然だ。


「ったく、手間をかけさせるんじゃないの」


 悔しそうな顔をする男子生徒に、女性は溜め息を吐く。

 新たに一冊回収したこの女性も『保安司書』の一人であり、魔術師たちから恐れられている一人である。


「とりあえず、ノルマは終わったし、他を手伝いに行くか」


 男子生徒を牽制しながら、女性は連絡を入れる。


『こちら、アリーナ。ノルマ達成しましたので、今から応援に行きますけど、どちらから参りましょうか』

『今どこだ?』


 出てくれた男性に尋ねられ、アリーナと名乗った女性は周囲を見る。


『今は……魔導科の寮です』

『なら、セレナも近くにいるはずだから、手伝ってくれ。――っ、』


 場所を伝えれば、男性が近くにいるであろう同僚の名前を上げるも、通信の向こう側からは爆音が響いてきた。


『じゃあ、頼むな?』

『…………はい』


 巻き込まれたはずなのに、平気そうな声で頼まれたため、呆れたような声でアリーナは返す。


「さて、それじゃ行きますか」


 通信を切れば、軽く息を整え、アリーナは近くにいるであろう同僚の元へと向かうために、歩き出すのだった。


   ☆★☆   


 場所は変われど、相も変わらず、魔導師や魔術師、その卵たちによる魔法発動と、保安司書たちによる人外りにより、ど派手な魔法合戦が行われていた。

 そんなど真ん中を、時折流れ弾のように飛んでくる魔法をあっさりと捌きながら、アリーナは一人気にせず、進んでいく。


「セレナ、どこ?」


 だが、この有り様では、同僚すらどこにいるのか不明である。

 だから、合流するために連絡を入れたのだが、返事はない。


「うーん……」


 さて、困った。とばかりに、アリーナは空を見上げる。

 やはり、時折飛んでくる流れ弾を避けていれば――


「ふぇぇええん、アリーナぁぁぁぁああああ」


 どこか泣きそうになりながらも、同僚であるセレナが向かってきているのに、アリーナは気づいた。


「セレナ? 大丈――」


 大丈夫という言葉は、最後まで放たれることは無かった。

 アリーナの言葉が途中で途切れたのは、セレナの背後を見たからである。


「本を返せや! 保安司書ぉぉぉぉっ!!」

「アリーナぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇ!!」


 ドドドという効果音が付きそうな光景を背後に、一人の大男がセレナを追いかけていた。


「またかよ」


 アリーナが、そう言うのも無理はない。

 セレナを追いかけている人物は、保安司書部隊だけでなく、魔導図書館勤務の司書全員が知る問題の人物であり、魔導書の返却期日を過ぎた場合、必ず関わってくる人物でもある。

 というのも、返却期日を守らなかった魔導師たちから保安司書が魔導書を取り戻すのは変わらないのだが、保安司書に取り上げられた魔導書を、彼は奪い返そうとするのだ。しかも、諦め悪く。

 だから、司書たちにしてみれば、彼は相手にしたくない相手であり、保安司書の面々には今のアリーナみたいな反応になってしまうのだ。


「セレナ、回収した魔導書を全部私に渡して。渡してくれたあとは、回収作業を再開してくれればいいから」

「え、でも……」


 不安そうなセレナに、大丈夫だから、とアリーナは手を出しながら告げる。


「上手く逃げるから。ね?」


 信じて、とも言えば、セレナはそっと回収した魔導書の入った鞄を差し出し、アリーナがそれを受け取る。


「はい、二、三冊入っちゃってるけど新しい鞄」

「うん、大丈夫。鞄ありがとう。アリーナも本当に気をつけてね」


 新たな回収鞄を渡し、二人はそのまま別れる。


「さて、と」


 アリーナは、先程までこの場にいたセレナを追ってきたのであろう、問題の魔導師へ目を向ける。


「相手が相手だから、許して下さいよっと」


 持っている魔導書を取られないよう守るようにしながら、アリーナは対魔導師用の武器や道具の数々を、すぐに扱えるように発動準備に入る。


「見つけたぞ! 保安司書ぉっ!」

「はいはい、こっちも仕事なんで、魔導書の回収や怪我諸々について、いろいろと妥協して了承してくださいよ? じゃないと――」


 アリーナは魔法発動の準備に入る魔導師を見て、魔法式の銃――魔導銃を構え、告げる。


「協力してくれない人たちやあまりしつこい人たちには、貸し出し制限が付く上に、図書館への出入り禁止にされますよ?」


 バン! と音を響かせて、アリーナが魔導銃を発砲する。

 だが、さすがというべきか、魔導師は防いでくる。


「やっぱり、この程度じゃ無理だったか」


 放ったのは普通の魔弾だったのだが、相殺されてしまった。


「なら、これはどう?」


 そう告げる彼女の手にあるのは、自身とセレナの回収した魔導書の中の一冊。

 それを開いたかと思えば、アリーナは笑みを浮かべる。


「『の者の魔を断ち 拘束せよ』“チェーン・マジック”」


 アリーナの言葉で魔導書の魔法陣が光れば、地面から出てきた鎖が、男をからめ捕る。


「ヌォォォォ!!」


 だが、その巻き付いてきた鎖を男は引きちぎろうとしており、それを見たアリーナは顔を顰めた。


「え、正気?」


 今の男は、鎖の影響で魔力を使うことすら出来ないのだが、どうやら自身の腕力や握力だけで鎖を破壊しようとしているらしい。


「だったら、その前に――」


 アリーナは回収した魔導書の入った鞄などを手に、その場から逃げ出す。

 ある程度の時間が経てば、鎖は自然消滅し、男も解放されるはずだ。


「とりあえず、図書館に向かわないと」


 とにもかくにも、男が追えない今、回収できる分は回収しておきたい。





「アリーナ!」


 あの後も数冊回収して、目的地である図書館に近づけば、戻ってきたアリーナに気づいたセレナが駆け寄る。


「セレナ」

「大丈夫? 何もされてない?」


 心配そうに自分の周りを回るセレナに、アリーナは苦笑した。


「大丈夫だよ」

「なら、いいんだけど……」


 ほら、とアリーナが回収した魔導書を渡せば、セレナも困惑したような表情をしながらも、それを受け取る。


「けど、アリーナ。奴ら・・に目を付けられてなきゃいいな」

「ひっ!」


 背後の存在に気づかず、耳元で告げられた言葉に、アリーナが飛び上がる。


「な、な……びっくりした!」


 距離を取るアリーナに、にやにやと笑みを浮かべる声の主。


「ほら、ついでに俺の分も頼むよ。セレナ」

「あ、うん」

「何ちゃっかり頼んでるのよ。ヴェスタ」


 声の主ことヴェスタが、セレナに回収してきた魔導書を渡そうとしていたのを、アリーナが呆れた目で見ながら言う。


「別に良いじゃねーか。それより、話してる場合じゃねぇよ。未回収の魔導書の回収と他の司書の援護。やらないといけないことは山積みなんだからな」


 じゃ、もう一回行ってくる、とヴェスタが去っていく。


「やれやれ……じゃあ、私ももう一回行ってくるから」

「う、うん」


 とりあえず、セレナに声を掛け、アリーナはその場を後にした。


   ☆★☆   


奴ら・・って、多分、対薔薇部隊のことだよね……」


 回収した魔導書を、回収カウンターや修復カウンターへ運びながら、セレナはぽつりと呟く。

 というか、思い当たるのはそこしかない。

 そもそも、『対薔薇部隊』は対保安司書のような部隊であり、魔導師たちと戦う保安司書同様、戦闘能力などが求められる。

 では何故、『対薔薇部隊』と言われているのかといえば、保安司書内には『薔薇部隊』という名前の部隊があるからだ。

 由来としては、所属の者たちが使う武器に薔薇の花があったからで、誰が言い始めたのかは知らないが、彼らが『薔薇部隊』と呼ばれ始めたのだ。

 アリーナの使った魔導銃にも薔薇はあり、その銃が白いことから、彼女が『白薔薇』と呼ばれることもある(といっても、呼ぶのは『対薔薇部隊』ぐらいだが)。

 ちなみに、セレナとヴェスタも薔薇部隊所属であり、セレナが黄薔薇、ヴェスタが青薔薇とされている。


「ミラさん。アリーナたちの回収分は全て置き終わったので、私も回収作業に戻ります」

「気を付けてね。今度は相棒を忘れちゃダメよ?」

「はーい」


 少し前にセレナがアリーナに泣きついた理由は、図書館に相棒を忘れたからだ。

 今度は忘れないよう、黄色い薔薇が印された相棒を手にすれば、セレナも魔導書の回収に向かった。


   ☆★☆   


「くそっ、やっぱ出てきたか。対薔薇の奴ら」

「文句言ってる場合? 魔導書にも意識向けないといけないのに……ああもう!」


 ヴェスタに対し、結局はアリーナも文句言ってる辺り、イライラしてきてるのだろう。


「一斉に片付ける!」

「ざけんな! 大体お前の、自動オートにすると敵味方関係なく巻き込むから、後処理が面倒なんだよ!」


 ヴェスタが叫びながら止める。


「おやおや、仲間割れですか? こちらとしては有り難いですが」

「意見の相違による喧嘩なんで、仲間割れじゃねーよ」

「おや、残念」


 対薔薇部隊の方から出てきた人物に、ヴェスタが返しながらも構え、アリーナは無言で銃に弾を装填する。


「そう警戒せずとも、以前のように不意打ちはしませんよ」

「それが信じられないから、警戒してるんだけど?」


 今度はアリーナが返す。


「毎回言ってるけど、ちゃんと期限さえ守って、『貸し出し延長届』を出しといてくれれば、私たちだって一々動かないで済むんです」

「なのに、それをしない奴らが多いから、こうなっているんだろうが。こっちは貸し出すときに、期限日前日と当日に『貸し出し延長届』を出すよう促す説明はしてるぞ?」


 アリーナとヴェスタが説明する。

 だから、アリーナたちは、『貸し出し延長届』を出してない期限を守らない者たちに的を絞り、強制回収していたのだ。


「初めての人はともかく、十回以上の人はもう許せませんから」

「借りた奴と借りたい奴による争いと俺たち保安司書が強制回収するのと、どっちが被害を抑えられ、どっちが沈静化するのが早いか。あんたら、知ってるよな?」


 ヴェスタの問いに、対薔薇部隊は無言を返す。

 以前、アリーナたちが今みたいに回収作業して文句を言われたので、次の回収時にあえて黙って見ていれば、借りた人と借りたい人の間で喧嘩が起き、魔導師や魔術師による魔法戦へと展開。

 しかも、魔導師や魔術師同士の方が厄介で、止めに入った者たちは毎回回収作業している保安司書たちの凄さや恐ろしさなどをその身をもって体感していた。

 ついには、本来の仕事目的外なのに、対薔薇部隊も駆り出されての鎮静化だったのだが、彼らも彼らで、まだ薔薇部隊を相手にしていた方が良い、また回収作業をしてくれというのを、アリーナたち薔薇部隊に愚痴りに来る程だった(中には回収しに来てくれという魔導師たちが直談判しにきたこともあった)。


「……もちろん、分かってる」


 何とか絞り出したかのような声に、アリーナが目敏く気付く。


「あのさぁ、気まずかったりするのは分かるけど、薔薇部隊私たちを見て、恍惚としている奴らをどうにかしてくれない?」


 話していた二人が「は?」と言いたげにアリーナに目を向けるが、ヴェスタが先にその視線に気付いたらしい。


「あれは……久々に薔薇部隊俺たちが相手で嬉しいのか、その気があるのか、それ以外なのか、何なんだ?」

「そんなの、知りませんよ。本人たちに聞いてください」


 ヴェスタが尋ねれば、ばっさりと切り捨てる。


「……試していい?」

「ちょっと待て。相手、人だから。下手したら死ぬからめなさい」

「そうですよ。ただでさえ人材不足なのに、これ以上減らされるわけにはいきません」


 銃を構えるアリーナに、ヴェスタたちが慌てて止める。

 何気に対薔薇部隊の内情が聞こえてきた気もするが、アリーナたちは敢えてそこに同情も含めて触れなかった。


「ま、弾を無駄にするつもりもないから、止めておくけど」


 アリーナが向けるのを止めたため、そのことに安堵しつつ、それを聞き、二人は思わず黙り込む。


「大変ですね。貴方も」

「ほっとけ」


 アリーナの言動が冗談だと知りながらも、ちゃんと付き合える人物は少ないのではないだろうか。


「それで、キーノさん。そろそろ退いてもらえません?」

「何言ってるんですか。貴女方の相手をするのが、こちらの役目と知っていますよね?」


 そろそろ本気で退けと訴えるアリーナに、キーノと呼ばれた対薔薇部隊側の青年は笑顔で返す。


「前回も言いましたけど、もし貴女が負けたら、僕と付き合うか対薔薇部隊に入るか、決めてくれました?」

「どちらも却下。つか、負けるつもりもありません」


 断固拒否の姿勢を崩さないアリーナに、キーノは笑みを浮かべる。


「おい、キーノ。そういうのは、うちの隊長を通せ」


 それなら文句ないから、とどこか苛々しながら言うヴェスタに、笑みを消すキーノ。


「貴方に名前を呼ばれることも、呼ぶ許可もした覚えは無いんですがね。そもそも、何でいつも貴方が隣に居るんですか。サポートする近距離要員なら、セレナさんがいるでしょうに」

「よくご存じで」


 さすが対薔薇部隊と言うべきか。


「ヴェスタ。相手にしない」

「そんなん、分かってるよ」


 ただ、これが合図になったのか、そこからは早かった。

 飛び交う魔法や銃弾を避けながら、近接系の者たちがぶつかり合う。


「あんたたち、邪魔!」


 恍惚としている集団に、アリーナが発砲していくのだが、中にはやられて嬉しそうにしてる奴もおり、若干引いたこともあった。

 ただ、それはアリーナだけではなく、ヴェスタの方も同様であり、彼も若干引いていた。


「全く、面倒だな。相変わらず」

「ちゃっちゃと回収を終わらせてくれてると良いけど」


 そう愚痴りつつも、手を動かす二人。


「つか、ヤバい! あいつら、もの凄くヤバい!」


 起き上がる恍惚集団に、ついにドン引きしたアリーナは、キーノに目を向ける。


「彼らだけでも退かしてくれませんかね!? キーノさん!」

「つかもう、こいつらそういう性癖だろ!?」


 このままだと抱きついてきそうな集団を相手にしつつ、指揮官であろうキーノに告げるアリーナに、ヴェスタは彼らの行動に結論づける。


「キーノさん、俺たちからも頼みます。正直、やりづらいです!」


 アリーナたちに攻撃しようにも恍惚集団が邪魔になったりして、思うように戦えなかった。

 キーノとしても、味方からそう言われては無視できるはずもなく。


「貴方たちは撤退しなさい」


 キーノはそう命じるが、集団は動こうとしない。

 逆にアリーナたちの方へと向かっていく。


「ちょっ、どこ触ってんの!?」

「アリーナ!?」

「アリーナさん!?」


 アリーナの悲鳴じみた声に、ヴェスタとキーノが振り向くが、何があったのか、アリーナが恍惚集団の一人を踏みつけていた。見事に逆効果である。


「っ、マジでどこを触ってんの!?」


 何を勘違いしたのか、アリーナの胸や尻に手を伸ばす恍惚集団。


「ありゃ、触れば踏んでくれると思ったんだろうな」


 そう言いつつ、ヴェスタがアリーナから集団を剥がしていく。


「早く、彼らを引き剥がしなさい! そのまま撤収しますよ!」

「は、はい!」


 正気の対薔薇部隊員が恍惚集団に向かっていく。


「数の暴力だな」

「勝手に言っててください」


 今回は、正気の面々が多くて助かったが、もし逆だったなら、目も当てられなかったことだろう。


「おい、アリーナ。大丈夫か?」

「何とか……」


 ヴェスタが尋ねれば、ぐったりしたアリーナが返す。


「すみません、アリーナさん」

「ああ、何とか大丈夫ですから、顔を上げてください」


 謝るキーノに、アリーナはそう告げるものの、彼は申し訳なさそうな表情のままだった。


「こうなったら、責任を取って、貴女の――」

「もう、本当に、大丈夫ですから!」


 キーノが何を言おうとしているのか分かったアリーナが、慌てて遮る。


「そうですか。ては、後処理もあるから、僕はこれで」


 キーノがそう告げ、去っていく。


「それじゃ、俺たちも――」


 行くか、とは続けられなかった。


「アリーナ?」


 遮ってきた相手の方を見れば、何故か腕にしがみついていた。


「隊長にはさっきのこと、言わないで」

「言わねぇよ」

「今こうしてることも言わないで」

「ああ……けど、どうした?」


 いつもと様子が違うアリーナに、ヴェスタが尋ねる。


「ごめん、少しだけこうさせて」

「別に良いが、少し隅に寄るぞ」


 どこか弱々しい声で言われるが、二人が居たのは道の真ん中なため、隅へと移動する。


(こりゃあ、セレナ行きだな)


 こう、アリーナが面倒くさそうなことになった場合は、基本的にセレナに任せている。

 同性であるセレナなら大丈夫なのではないのか、というヴェスタの判断であり、大体のことはこれで解決できた。


「……なぁ、本当に大丈夫か?」

「正直、かなりのダメージがある」


 こういう時、どう返すべきなのか、ヴェスタには分からなかった。


「あー、その……頑張ったな」


 だから、そう言いながら、アリーナの頭を撫でたのだが、その行為に彼女は目を見開いた。


「……ん、大分落ち着いてきた」


 目を閉じ、小さく息を吐いて、そう返す。


「ありがとう」


 そう礼を言いつつ、アリーナはヴェスタから離れる。


「元気になったのならいいんだが……あまり今みたいなこと、するなよ? 勘違いする奴らが出てくるからな」

「う、ん……?」


 ヴェスタの言葉に頷きながらも首を傾げるアリーナ。


「――っつ!!」


 どうやら、先程までの自分が何をしていたのかを理解したらしく、一気に顔を赤くする。


「か、かかか勘違いって、あんたは!? したの!?」

「してねーよ。それにこの後のことを考えていたし」


 ですよねー、と思いながらも、アリーナは口にしない。


「え、何。した方が良かったわけ?」

「いや、されても困る」

「だろ?」


 ヴェスタは自身のことをよく分かっている。

 アリーナやセレナのことを女として意識しないわけではないが、今は職務中であり、公私混同をするつもりはない。


「ま、ああいうのは職務外の時にしてくれ。その時なら、勘違いぐらいはしてやるから」

「……ヴェスタって、顔は良いし、公私混同しないくせに、そういうこと言うからモテないんだよね。多分」

「うっせぇ」


 冷静にヴェスタを分析するアリーナに、大きなお世話だと返す。


「それじゃ、回収作業。再開しますか」

「だな」


 そのまま二人は、未だに魔法合戦を繰り広げている方へと足を進めた。


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