第2話:歴史を刻め!自宅警備員!

 『歴史』とは何であるか?

 

 歴史とは、人類の歩みが織りなす足跡である。

 歴史とは、過ちを繰り返さぬ為の指標である。


 しかし、この世には多くの人々が知らぬ歴史も数多く存在する。

 人々の為に戦いながら、人々に顧みられる事のない歴史の徒花あだばな


 ――人は彼らを、『自宅警備員』と呼ぶ。


 

 ■



 『極東の神州に神の宝あり』

 古来の書物にそう記された神器は、波乱の歴史を辿った。

 

 一度鳴らせば世界の果てまで届きそうな、人の背丈を遥かに超える巨大な鐘。

 『地鐸ぢたく』と呼ばれたその大鐘は、その神威に違わぬ強大な神通力を宿し、力を求めた時の権力者たちの元を、絶えず流転し続けた。


 多くの人の血が流れた。

 多くの災厄が産まれた。

 多くの悲劇が生まれた。


 だが、如何なるものにも終わりは訪れる。

 然して地鐸はついに優れた指導者の元へと辿り着いた。


 時の幕府の神君は、地鐸の力を以て長年の戦乱に終止符を打つと、様々な問題を抱えながらも、世界史にも珍しい数百年に亘る泰平を打ち立てた。


 だが、如何なるものにも終わりは訪れる。

 降り積もる財政難、行き詰まる対外政策、極めつきは暗君の誕生。

 神君が築いた平和は数百年の時を経て、ついに限界の時を迎える。


 国内に倒幕の気運が高まると、若くして時の将軍と成った少年は発狂した。

 少年はあろう事か、国家を護るべき地鐸の力を、『己の家族を護る為』のみに利用しようとしたのである。


 その結果、何が起きたのかは誰にも分からない。

 ただただ、地鐸が爆散したという事実のみが残された。

 ほどなく息を引き取った少年と共に、地鐸はこの世から姿を消したのである。



 後を継ぎ、新たな将軍と成った男は地鐸の消失を隠蔽しようとしたが、たちまち事が露見すると、ついには観念して権力を世に返還した。


 かくして神君の時代は終わりを告げる。

 新しい時代の到来に湧き上がる市井の人々。

 しかし、真実を知っている幕閣の面々は、皆一様に暗い表情でその時を迎えていた。

 

 これまで数百年、神州を守護してきた神器の消失。

 それが意味する所は暗黒の時代の到来に他ならない。


 しかし、天は人を見捨ててはいなかった。

 地鐸消失より数年。恩恵を失った神州各地に種々の火種が燻っていたが、多くの犠牲を払いながら、かろうじて国家の体裁を保ったまま、人々はどうにか苦難の時を耐え、忍んでいた。

  


 そんな折、朗報がもたらされる。

 神器・地鐸が再び人々の前に姿を現したのである。


 報せを聞いた者たちの反応は様々であったが、次いで続報がもたらされると、誰しも揃って驚きの声を上げた。

 現れた地鐸――――その数、なんと四十八。



 全国津々浦々より発見された地鐸は、かつて存在したものよりも小さくなっていたが、発見されたどの地鐸も、紛う事なく『本物』の地鐸であった。


 何とも珍妙な事態に陥ったが、兎に角、地鐸が再び見つかった事は、吉報に他ならない。

 もう一度、地鐸を国家の護剣とすべく、全ての地鐸が首都に収集される。


 はずだった。



 異変が起きたのは輸送時の事。

 地鐸の運搬に使用した車両がある一定の距離を走行すると、まるで何かを拒絶するが如く、全ての地鐸が弾かれるように車内から飛び出し、自らの移動を拒んだのである。


 各地から同様の報告が上がり、浮かび上がった真実。

 それは、地鐸同士が互いに強く反発し合う性質を持っていたという、厄介な新事実だった。



 この事態に頭を悩ませた為政者たちだったが、ほどなく地鐸収集を断念。

 しかし彼らは諦めない。

 今度は地鐸それぞれの移動可能範囲を測定し、それを元にした国家作りに動き始める。

 幸いにして国家再建の途上であったため、事はスムーズに運んだ。

 

 かくして神州は地鐸を基準にして四十八の『圏』に分割。

 一つの地鐸が神州全土を護るのではなく、四十八の地鐸がそれぞれの地方を守護する事で、神州全域を護る体制へと革新した。

 そればかりか、時の政府は思いもよらぬ奇策を打ち立てる。


 『地鐸警備員ぢたくけいびいん』制度の設立である。



 地鐸警護は内密の儀であるが故に、その警備方法には様々な案が浮上したが、最終的に地鐸を祀る本殿を一般住宅に偽装する事で、世俗に地鐸を紛れ込ませる、という奇略が鶴の一声で採用された。


 それぞれ各地に散らばった地鐸の警護には、国内指折りの猛者、四十八名が任命。

 国の要所である首都圏地鐸の警護には、後に『不働の創冠そうかん』と謳われる、国内最強の武人・守宮創冠やもり そうかんに白羽の矢が立った。

 

 時代の変遷と共に、その役目は『自宅警備員』という名称に変わったが、受け継がれる魂には何一つ変化はない。

 これが人知れぬ歴史の一つ、『自宅警備員』誕生の真実である。



 なお、ここまでの歴史は特に読まずとも本編を楽しむ事が出来る旨を追記しておく。




 ■



 時は現代。舞台は再び守宮家の一室。

 

 座ったまま、向かい合う二人の親子。

 かたや、着衣のみが薄汚れている端正な顔立ちの青年。

 かたや、着衣以外全てが汚れている小汚い肥満の中年。

 

 青年の名は守屋継嗣やもり つぎつぐ

 中年の名は守屋順敬やもり じゅんけい

 対照的なこの二人こそ、守宮創冠の系譜に連なる自宅警備員の末裔たちである。



 しかし、二人の間に会話はない。

 しばらく部屋の中を重く暗い沈黙が支配していた。


 見れば継嗣の目が赤い。更によく見れば顔がほのかに赤みがかって見えた。

 原因は先刻の狂乱にある。


 継嗣は警備員装束を受け継いだ昂揚から、衝動のまま、まるで稚児のように泣き叫んでしまった。

 それから数分、継嗣はふと我に帰り、情を感じさせぬ瞳で自らを見据える父・順敬の眼差しに肝を冷やした。

 しかし、すぐさま涙を拭い、居住いを正し戻った所でもはや後の祭り。

 

(はしたない所を見られてしまった……)



 浮かれた姿を見られた羞恥から動けずにいる継嗣であったが、一方、その姿を見守っていた順敬の心は一層、澄み渡っていた。

 表情にこそ変化はないが、その心境は懐かしき原風景を垣間見た思いがある。

 

 なぜなら、かつて順敬も同じく先代より装束を受け継いだ折。

 抑えきれない激しい心の昂りに襲われ、はしたなくも似たような狂喜乱舞を見せた経験があった。

 その時、止めに入った数人を半殺しにしているのだから、継嗣はむしろ大人しいと言える。


 奇妙なる親子の縁。

 或いは当時、順敬の暴走を笑いながら見届けた実父、継嗣の祖父に当たる人物も、過去に同じような狂乱を見せたのかもしれない。

 親も、その親も、更にその親も。

 先祖から受け継がれる血。守宮の歴史が彼らを狂わせるのか。

 ふいに、順敬の口より笑みが漏れた。


(わしも老いたな。過去に思いを馳せるなど)


 ふと、継嗣がその変化に機敏に反応し、警戒から曲げた膝に力が入ったのが分かった。

 順敬が己の老成を自嘲している内、継嗣の心の乱れは収まっていたらしい。

 頃合いと見て、順敬が儀を告ぐ。 



「……では、始めるぞ」

「――はっ!」


 継嗣が返事をした途端、自宅が揺れた。

 

 衝撃の正体は順敬の一撃。

 順敬は継嗣の返事よりも先に、己の抜き手で足下の畳を貫いていた。



 なぜ順敬は突如、足下を攻撃したのか?


 先日、長年に亘り贔屓にしてきたラノベのヒロインが脇役とくっついた理不尽への憤りか?

 はたまた先日購入した18禁ゲームをアンインストールした際、不具合でHDD内容物が全てアンインストールされてしまった怒りが今頃になってぶり返したのか?


 違う。そうではない。 

 雑作もなく易々と畳を貫通している順敬の右腕が、更に膨れ上がる。


 すると、何事かを察した継嗣はすぐさま地面を蹴り、飛びあがった。

 その身は蜘蛛の如く、たちまち跳ね上がると、器用に天井の梁をつまんで身を縮こめる。

 

 その後、室内に訪れる大爆発。

 轟音と共に、木片や元は畳であったイグサのクズが宙を舞う。


 【守宮流警備術・『畳返し』】


 豪腕に込めた気魄を瞬時に爆発させる事で、寸勁の要領で床から畳を弾き返す警備術の一つ。

 本来なら部屋に張られた畳をひっくり返すだけの撹乱技であるはずが、順敬の手にかかれば、たちまち殺人技へと変貌する。


「父上ッ! 避けねば死んでおりました!」


 その惨状を天井に張り付いたまま見届け、冷や汗を垂らしながらようやく継嗣が抗議する。

 事実、周囲の壁には飛び散った無数の破片が、まるで剣山のように突き刺さっていた。

 あと一瞬、判断が遅れていれば継嗣も同じような姿を晒していたに違いない。


「ふん……あの程度も避けられぬ者に自宅警備員は務まらん。死ぬならそれまでよ」


 順敬は床に出来た穴をまさぐりなら、そううそぶいた。

 無論、愛する我が子を信用した上での狼藉ではあるが、死んだところでまた子を成し二十年、平気で自宅警備員を続けそうな所が恐ろしくもある。

 

 父の暴挙に呆れつつ、地に降り立つ継嗣だが、咄嗟の事に毒気を抜かれたらしく父の理不尽に怒る気力が湧かない。


 そんな継嗣の心を知ってか知らずか、順敬は穴の中から桐で出来た大箱を取り出していた。

 粗雑な順敬にしては珍しく、箱の扱いは非常に恭しく丁寧なものである。


「これを見るのも二十年ぶりか。実に懐かしい」


 順敬はそう感嘆を漏らすと、箱の表面にこびりついていた汚れを太い指先で払いながら、そっと箱の蓋を取り上げる。

 瞬間、継嗣の目に電光が走った。


 

 箱の中に入っていたのは、金属製の鐘。

 表面には無数に奇妙な文様が刻まれており、その地肌には年代を感じさせる、青みがかった妙味が浮かんでいた。

 

 その威風。目にしただけで継嗣は直感した。

 これが地鐸。これぞ自宅警備員が護り続けてきた神の宝。

 

「父上。これが……」

「みなまで言うな。受け取れ」


 そう言って、順敬は瞑目し、再び厳重に蓋をした桐箱を両の手で掲げる。

 その姿は、まるで祈るようですらあった。

 ――願わくば、新たな自宅警備員がその誇りに報いるよう。


 それを受け、継嗣は頭を垂れ、眼前に掲げられた桐箱を両の手で受け取る。

 その重みは、まさしく歴史の重みであった。

 ――願わくば、受け継がれてきた誇りに応えられるよう。



 互いに願う。姿形は相反すれど、その様はどこまでも合わせ鏡の親子獅子。

 しかし、両者には明確な違いがある。


 継嗣は受け取った桐箱を膝に載せ、これから始まる己の使命に思いを馳せ、順敬は両腕の重みが消え行く刹那、ようやく己の使命の終わりを実感した。



 数十年続いた守宮順敬の時代が終わり、新たに守宮継嗣の時代が始まる。

 それは決して表に出る事のない歴史である。

 しかし、今ここに、確かに歴史が動いたのだ。



 ――本日も自宅に異常なし!

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