5-2

 ロビンの支度を待った。未明の出発となった。

「ここからどれくらいだ」とエリオットが聞く。

 それぞれの用意した馬に乗り街を出た。

「二日かかる」

 ロビンが答える。「今夜は途中の旅籠で休んで、明日の夜には着く予定だ」

「そんなにかけて死体を運んでたのか。どうしてもっと近くに作らない」

 アンナが言った。

「ネクロポリスが出来たころ、ジュペールの街はなかった。そっちが勝手に遠くに出来た」とロビン。

「墓場のほうが先にあったとはな」とアンナ。

「みんな死ぬ」

 ロビンはアンナが不老不死とは知らない。「寿命、事故、病気、殺人、処刑。必ず俺たちは死ぬんだ」

「墓守り人たちはどんな奴らだ」

 エリオットが聞いた。ネクロポリスに住む墓守り人たちも、秘密に包まれている。

「伝統的な生き方を守ってる人たちだ。俺も死体を持っていくだけで交流はない」

 ロビンは言った。「けど――」

「けど、なんだよ」

「昔、一回だけ死体を運んだ後、ネクロポリスに泊まったことがある。普段は死体を墓まで運んだら終わりなんだが、あの晩は違った。大砂嵐があったんだ、エリオット」

「そんなことがあったなんて知らないぞ」とエリオット。

「エリオット、あんたが来る前の出来事だ。サウスタークの国境近辺で大砂嵐が起きた。あれは三十年以上も前だよ」

「お前、子供だろ」

「そうだ。だから俺は親父と一緒に仕事をしてた。俺と親父は大砂嵐の中を進むことを覚悟してた。それが掟だ。死体を運ぶだけなんだ、俺たち死体運びは。だがあの晩、墓守ち人たちは、俺たちに、泊まっていくことを勧めた。俺たちは驚いたし、そんなこと求めてもいなかった。もし大砂嵐のせいで死ぬことがあっても、それが仕事だ。俺たちの仕事は、死体を運んで帰ってくるだけだから。その間に何があってもそれは仕事の一部だ。受入れ、乗り越えていかなくてはいけない」

「泊まってどうだった?」

「奴らは肉を食わない。畑で育ったものしか食わないんだと。酒も飲まなかった。あと、家の中でもずっと仮面をしていた。お前、墓守り人が仮面をしてるのは知ってるよな?」

「俺たちもそうだ。死刑執行人も仕事中は頭巾を被る。同じだよ」

「あぁ、そうだった。忘れてたよ」

「謝ることでもない」

「奴らは、あまり話さなかった。全員無口な奴らだった。けど俺が子供だから安心したのか、畑にある花のことを教えてくれた。名前と種を撒くべき季節のことを話してくれたと思う。あとはただ大砂嵐が去るのを待っていた。俺も親父も同じだった。それが仕事だった。朝になって、大砂嵐は去った。俺たちはネクロポリスを出た。墓守りたち仕事に戻ったよ。次にネクロポリスに行った時、花のことを教えてくれた墓守りもいた。けど俺たちは何も言わなかった。何もなかったことになった」

「たまに会う親戚ってそんな感じだよな。会うたびに初対面からやり直しだ」

 エリオットは言った。

「確かに、それに近いかもしれない」とロビンは呟く。


   ■


 宿に着いた。馬宿、居酒屋、二階に宿泊部屋のある宿だった。白髪亭という名前だった。たどり着いたのは夜だった。

 ロビンはネクロポリスに行くとき、いつも利用するらしく、宿の主人とは顔なじみだった。

「珍しい。友達か?」と主人がロビンに言った。

 エリオットとアンナを見る。

 主人は、白髪亭という名前どおり、白髪の男だった。長身で肩幅が広く、四角い顔。

「お客さんだよ」

 ロビンは言った。「飯を食うから用意してくれ」

 三人でテーブルに着いた。

「何飲む?」とエリオットはロビンに聞いた。

「同じものでいい」とロビン。「任せるよ」

「じゃ水」

「待て、俺はワインだ」

 それから食事と酒が届くまで早かった。

「必ずここに寄るのか?」とエリオット。

 鹿肉の煮込みを食う。

「三つある。その時々によって変える」

 ロビンが答えた。

「仕事のことは?」

 今度はアンナが聞く。

「知らないよ。話したこともない」

 ロビンが言った。「荷物と一緒に寝るわけじゃないし」

 死体を運んでることを知られて得があるとも思えない。

「過去の仕事の話はもういい」

 ロビンは陽気な声を出す。「俺はこれが終われば夢を叶える」

 杯をあげた。

「そうだな」とエリオット。

「乾杯だ」

 アンナが続く。


   ■


 アンナは食事を済ますと、先に部屋へ上がっていった。エリオットも続こうとしたが、ロビンがそれを許さない。飲み始めたら止まらない男なのだ。

 面倒でプライドが高く、自制心がない。

「なぁエリオット、さっきからあの女、こっちを見てないか」

 ロビンが小声でエリオットに伝えた。視線の先を確認すると、確かに女がこっちを見ていた。

 髪のような金髪。肌は白く、頬が少し赤く染まっていた。唇の血色もいい。

「胸が大きくないか」

 ロビンの顔が笑っている。

 その通りで、胸元を締めている紐がはち切れんばかりだった。

「たぶん俺に気がある。ずっと目が合うんだよ。さっきから何度も何度も」

「自分の顔を見ろ、男前」とエリオット。

 ロビンはむっとした。

「俺は今、乗りに乗ってる。つきさっきまではどん底だった。仕事は停職。街からは出られない。助けてくれる友達はいない。もちろん家族もいない。けどどうだ? たった一日で俺は街から出て、夢の仕事にも就けるようになったぞ。今夜の俺はついてる。幸運に愛されてる」

 酒臭い息。語っている内容には何の根拠もない。

「そうだな。俺もそう思う」

 適当に相槌を打った。「今や、幸運とロビンは同じ言葉だ」

「本当にそう思うか?」

 ロビンが嬉しそうに聞いてきた。

「俺は嘘を吐かない」とエリオット。

 もちろんロビンを死刑執行人にするなんて嘘だ。

「また目が合った」

 ロビンがはしゃぐ。「俺は今夜、あの子を抱くぞ」

「よせよ。仕事中だぞ」

「死体を運んでない。俺はお前らを案内してるだけだ」

「浮かれるな」

 エリオットが忠告した。

「嫉妬か?」とロビン。

「くだらない」

 否定すると、本当に嫉妬と思われそうなので、相手にするのをやめた。

「好きにしろよ」とエリオット。「どうせ悲しむことになるぞ」

「見てろ」

 ロビンが立ち上がり、女へと近づいた。

 二、三言葉を交わしている。

 引っ叩かれるだろうと思った。おめおめと帰ってくるロビンの姿が目に浮かぶ。

 ロビンは女の隣に座ると、その肩に腕を回した。

 女は拒否しない。

「マジかよ」とエリオット。

 そのまま二人はエリオットを残して二階へ上がった。

 エリオットは白髪亭の主人と目が合った。

「見るな」とエリオットが言った。

 頼んでいない酒が出てきた。


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