第5章
5-1
ジュペールに戻ってきた。
「ここだ」
死体運びの家。
夜の街にであっても、この家の周りは特に静まっていた。窓のない壁。飾りのない扉。屋根は補修された跡。牢獄のような印象だった。
「俺が話をするから、あんたは何もしないでくれよ」
アンナに念を押した。
「さっさと終わらせろ」
「なんで偉そうなんだよ」
エリオットが扉を叩いた。「ロビン、いるか?」
「出ないな」
もう一回、扉を叩く。
出ない。反応がない。
「どけ」
アンナが扉に手をかけた。
開いた。鍵がかかっていなかったのか。
「無用心な奴だな」とアンナ。
「いや、もっと心配なことあるだろ」
鍵のかかっていない扉。返事もない。
「死体運びの名前はロビンか?」
「そうだ」
「つまらん名だな」
「文句つけさせたら天才だな、あんたは」
家の中へ入った。
酒瓶だらけだ。
アルコール臭が充満している。
「あれがロビンか?」とアンナ。
「つまんないこと言うなよ」
テーブルに突っ伏していた。下がった手には酒瓶。
鼾が聞こえる。
「仕事してないみたいだが大丈夫か?」
アンナが続けて言った。
「検証しなくちゃな」
エリオットは近づいた。「おい、ロビン。起きろ」
身体を揺すった。
顔をこちらに向けた。目は瞑ったままだ。鼾は続く。
「不幸ではなさそうだ」
エリオットはアンナに言う。寝顔は悪くない。
茶色く短いクセ毛に無精ひげ。緑色の上着を着ていた。片足だけ靴を履いていない。
「早く起こせ」とアンナ。
「起きろ」
後頭部を引っ叩いた。
びくんと身体を震わせて、ロビンは上体を起こす。
開いた目で辺りを見渡し、エリオットとアンナでそれぞれ一回ずつ目線を止めた。
「エリオット」
ロビンが言った。「エリオット・アングストマンなのか」
「違う」
アンナに向かって言ってた。
「俺はこっちだ。ロビン」
「あぁ。ごめん」
ロビンが椅子から立ち上がり、エリオットに握手を求める。
「久しぶりだな」とエリオット。
「どのくらいだ。十年とか、それくらいだよな。本当に時間が経つのは早い」
ロビンは顔を崩して笑った。
「少し飲みすぎじゃないのか?」
「あぁ、これ。これはまぁ色々だ」
ロビンは言葉を濁す。「それで何をしに来たんだ? 飲むか?」
「いや、飲まない。実は頼みがあってきた」
「ネクロポリスまで案内しろ」
アンナが言った。
「言うの早いよ」
エリオットは頭を抱えた。
「お前が遅い」とアンナ。
「エリオット、その女は誰だ?」
ロビンが訝しげな視線を送る。
「仕事仲間だ。名前はアンナ」
エリオットが紹介した。「気にしなくていい」
アンナが舌打ちした。
「では、改めて聞くが頼みとは?」とロビン。
「ネクロポリスに行きたい。場所を教えてくれ」
エリオットが言った。
「同じ頼みなら、女性から聞きいたことにしたいんだが」
ロビンが言った。「それは出来ないんだ。すまない、アンナさん」
「なんとかしてくれ。切羽詰ってる」
「まず一つ。ネクロポリスに入るには、これがいる」
ロビンが上着の袖を捲くった。金色の腕輪をしている。「この腕輪が、墓守り人への鍵になっている。これがなければ入れない」
「じゃそれを貸せ」とアンナ。
「無理だ」
「いくらだ?」
「これは金じゃない。だが――、私が一緒にいれば入れる。死体運び見習いという身分にすればいい」
「じゃそうする。だからネクロポリスへ連れて行ってくれ」
エリオットが言った。
「けどやっぱり無理」
「なぜ?」
「私は街から出れない」
「足があるんだから出れる。歩けよ、ロビン。お前なら出来る」
「それが、ちょっとした面倒を起こして、処分を受けたんだ」
「何をした」
「死体をさ――。ほら、ちょっとな。色々あって――」
ロビンが言いにくそうにする。
「お前、まさか――。犯したのか?」
エリオットが言った。
「違う。そうじゃない。死体を食べたんだよ。ちょっとだけ」
「そっちのがやばいだろ」
「腹が減ってて仕方なかった」
「パンを食うのとは違うんだぞ」
「裁判所からの命令なんだ。街から出たのがばれたら、もう死体運びの仕事には戻れない」
ロビンが物欲しそうにエリオットのことを見た。
視線が刺さる。
「お前を食べたいみたいだぞ」とアンナ。
「違う。俺にはわかってる」
エリオットが言った。「こいつとは古い付き合いだ」
「なぁエリオット――。昔、俺が言ったこと覚えてるか?」
「俺と駆け引きか。こう見えても、俺は今、商人なんだ。手ごわいぞ」
儲かってないことは秘密にした。
「儲かってない商人だ」とアンナが言った。
「台無しだ」
「なぁ、エリオット。あんたはまだ首斬り親方たちと関係はあるんだろ?」
ロビンが探るように話をしてくる。
「うちの家計は代々、首斬って生きてる」
「そこでだ――。覚えてるだろう? 俺が昔、言ったこと」
「それが条件か?」とエリオット。「それを俺が飲めば、お前は俺たちをネクロポリスに連れて行ってくれるのか?」
「もちろんだよ」
ロビンの引き笑い。黒い歯茎が見えた。童顔だが目尻の寄った皺の数を見ると、歳を重ねた大人の部分が見える。
「いいぞ。約束する」とエリオット。
「ちなみに条件って何だ」
アンナが聞いた。
「逆立ちしながら口笛を吹く方法を教えるだよな? ロビン」
エリオットが言った。
「違う。俺を死刑執行人にしろってことだ」
ロビンが大声を出した。「ずっと憧れてたんだ。あの仕事に。小さい頃からずっとあんたたちみたいになりたかった」
ロビンは目を輝かせる。「死刑執行人にしてくれれば、仕事の心配もしなくていい。街を出たことがばれて、死体運びの仕事を失ってもかまいやしない。だって俺は死刑執行人になってみんなの前で、みんなの注目を浴びながら、合法的に首を斬れるんだから」
「な? マジでやばいだろ? こいつ」
エリオットはアンナに言った。
「確かにな。だが死体を運ばせるには適任だろ」
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