4-8
洞窟を出た。
陽が暮れていた。
滝を抜け、そのまま池の中を歩き、岸へ。冬の森。枯れ葉と貧相な木々。微かに開けた視界。霧は深いままだった。
「もう動きたくない」とエリオット。
そのまま座り込んだ。
服は破られ、身体には生傷。浴びた返り血は、滝を抜けるときに落ちたが、それでも残っているものもある。
「軟弱者」
アンナが言った。
「怪物め」
エリオットは呟いた。「いい格好だな」
髪は乾いた血で固まっていた。服もエリオットと同じような状況だ。裂かれ、かろうじて胸が隠れている程度。先ほどまであった体中の傷は、不老不死の効果で既に癒えている。
脇には半殺しの盗賊団員を抱えていた。
「記録更新したろ?」とアンナ。
「あんたは?」
エリオットが聞き返す。
「まだだ」
「味方でよかった」
「アントーニオを追うぞ」
抱えていた盗賊団員を放る。「偉そうっぽい奴を生かしておいた」
それからアンナは団員の顔をつま先で小突く。
「起きろ、クソボケ」
団員が目を覚ます。気を失っていたので、すぐには状況を思い出せないようだった。
「騒ぐな、殺すぞ」
アンナの顔を見るなり、団員は恐怖で顔を歪ませる。
「話を聞くだけだ」
エリオットはその顔に土をかけた。
「答えろ、アントーニオは何者だ」
アンナは団員の顎を掴んだ。「あのクソ野郎は何なんだ」
「アントーニオ――」と団員。
「お前、偉いんだろ」
エリオットが言った。「さっさと話してくれよ、俺もう帰りたい」
「偉くない。俺は」
団員が言った。
「なんだよ」とエリオット。「偉いんじゃなかったのかよ」
「けどアントーニオはわかる」
「さっさと言え」
アンナが頬を叩いた。
団員のぐらついていた前歯が吹っ飛んだ。
「アントーニオはデイジーの弟だ。デイジーが殺された後、そのまま新しい団長になった」
あいつが新しい団長だったのか。
「じゃニベス会の者ではないのか?」
「違う。アントーニオはニベス会の司祭だった」
「本当か?」
「本当だよ。間違いない。大司教を脅したとき、何だか親しそうに話してた。もっとも、大司教は怯えてたけど。ただあれは本当っぽい会話だ」
「信じられない姉弟だな。姉は盗賊。弟は秘密結社の司祭」とエリオットはぼやく。
「言っても仕方ない」とアンナ。「では、なぜここにいた」
「デイジーを生き返らせるためだ。そのためにここに来たんだ。大司教から秘儀を盗めば、死んだ人間を生き返らせられるってアントーニオが言ったんだ。それが私たちの技術だから、とかなんとか言って」
「さすが盗賊だな。惑星の書はどこだ?」
それが本題だ。正直、他のことなんてどうでもいい。
「惑星の書?」
「お前らがトマス司祭から奪った本だ」
「あぁ。あれか、あれはアントーニオが持ってる」
「だったら先にアントーニオの居場所を言え、クソバカ」
アンナがまた引っ叩いた。「奴はどこへ行った」
「たぶん別稼動してる部隊に行ったんだと思う」
「だからそれを言え、クソが」
また叩いた。「どこだ」
ついに両方の前歯が消えた。
「死体だよ。デイジーの死体を盗みに行ったんだ。それがなきゃ生き返らせられないんだとか何とかで死体を盗みに行った」
「お前は私の言ったことを理解してないのか? バカが。だからそれはどこだ」
アンナは拳を作って鼻を潰すように殴った。
「ネクロポリスだ」
エリオットが答えた。
「なんでお前が答える。私が殴ったのはこいつだ」とアンナ。
「そいつ気を失ってるぞ」
「起きろ」
アンナが盗賊の体を揺らした。「起きない」
「瞼を閉じてやれ」とエリオット。「不幸な事故だった」
「どうでもいい」
アンナは盗賊を放った。「で、どうしてお前が行き先を知ってる」
「俺は元死刑執行人。処刑された死体の行き先くらい知ってる。刑を執行され死んだ者は、晒されることもあるが、最後は必ずネクロポリスに行く。例外は一つもない。必ずそこへ運ばれる」
「じゃそこへ行くぞ。場所はどこだ。ここから近いか?」
「行けない」
「クソバカ」
「汚い言葉は使うな。親に言われなかったのか」
「親はいない」
「あ、ごめん。そういうこと気づかなくて」
「何故ネクロポリスに行けない」
「場所がわからない。ネクロポリスに行けるのは死体運びだけだ。それは死体運びの仕事で侵害できない権利だ」
「おい。待て。そんな場所にアントーニオがいけるのか? お前の言ったことが本当ならアントーニオも行けないだろ」
「いや、行ける。ニベス会は死霊術の研究をしていた秘密結社だ。死体処理の利権に関わっててもおかしくない。それにネクロポリスの場所を知っていたからこそ、今回の行動に出たとも言える。あてがなくちゃ動かないだろ」
「なるほどな。じゃやることは決まった」
「死体運びに会うのか」
そうなるのはわかっていた。
「そいつに場所を聞く」
「ジュペールに戻ろう。そこの死体運びなら知ってる」
「ニーナにもまた会えるぞ」
「彼女は関係ない」
「移動だ」
「しんどいな」
立ち上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます