4-4
リカルドの店についた。鍛冶屋にしては大きい。屋敷と呼べるほど大きな店だった。一階は作業場で、十人以上の見習いと親方たちが作業をしている。
金物を叩く音が響いた。熱気と作業音が店の外まで漏れてくる。
「どいつがリカルドだ?」とアンナ。
鍛冶屋だけあって武器には事欠かない。作りかけ、磨きがかかる前の剣、斧、槍、盾が並んでいる。働いている男たちも、見習いから親方まで胸板が厚く、腕も太い奴らばかりだった。
「たぶん二階じゃないかな」
ニーナが言った。
女二人が軒先にいるので、鍛冶屋の男たちは気になってしょうがないらしい。ちらちらと視線が向けられる。
「じゃ作業場を抜けて、二階に行かなくちゃな」
アンナが躊躇うことなく、一階の作業場へ歩いていく。
「あの人、いつもあんな感じ?」
ニーナがエリオットに聞いた。
「弱い女性の味方なんだ。そういう団体で活動もしてる」
丁度、アンナが性的で挑発的な声をかけてきた男を吹っ飛ばした。そのまま火炉にある鍛冶屋ハシを拾い上げ、歩いていく。
「過激な団体?」とニーナ。
「実はあまりよく知らないんだ。行こう」
エリオットとニーナも続いた。作業場を抜けて、二階へ。
■
「お前がリカルドか?」
アンナが言った。
二階にいたのは一人だけだった。ソファに腰掛け、盤上の駒を動かしている男だった。一応、作業服は着ているが、どこも汚れていない。金髪で身体も細く、履いている靴も先が尖っている。駒をつまむ姿は貴族のようだった。
「そうだけど」
リカルドは顔を向けて言った。「ニーナ――」
ニーナは黙っている。
「懸賞金を掛けたのはお前か? ボケ」
エリオットが前に出た。
「あ、それね」
リカルドが駒を天井に向けて放り投げて取る。「そうだよ」
「殺し屋が来た。ニーナは死ぬところだった」
「ニーナはそれだけのことをした。報いだ」
「振っただけじゃん」
ニーナが訴えた。
「僕はそのおかげで死ぬほど恥ずかしい思いをした。プライドも汚された。僕は落とし前をつけなくちゃ、部下たちにも示しがつかない」
「男の喧嘩じゃないんだぞ?」
決闘は今でもたまにある。厳密には禁止されているが、家族が殺されたときなど、男たちは決闘をして自分の尊厳を取り戻す。
「僕は屈辱を受けた」
「女相手にそこまですることないだろ。懸賞金を取り消せ」
「嫌だね。ニーナ・アマドールが殺されるまで、その首には大金がぶら下げられるんだ」
「くだらないな」とアンナ。「お前がやるか?」
エリオットはアンナの質問に答えず、リカルドに近づいた。
「懸賞金を取り消せ。冗談ではない」
エリオットは凄む。「ニーナは寿命以外では死なない。絶対にだ」
「む、無理だ」
リカルドは言った。「できない」
「できる」
エリオットはリカルドの右手人差し指を掴んだ。「きっとできる」
折った。
ひぃ――、とリカルドが短い声を上げる。それから顔に汗が噴出してきた。
エリオットは顔を掴んで、盤上に叩きつけた。駒が吹っ飛ぶ。耳元で囁く。
「ニーナはあんたのプライドを踏みにじったかもしれないが認められた権利だ。だが懸賞金はどうだ? 法で認められた権利か?」
リカルドの顔を引き上げた。
鼻血が出ていた。
「できるよな?」
リカルドは黙っている。返事なし。
「葛藤してるみたいだな。エリオット、いいものを貸そう」とアンナが鍛冶屋ハシをエリオットに渡した。
熱されて赤く変色した鉄の棒をリカルドの頬に押し当てた。肉が焼ける音。
「もう一度聞く」とエリオットが言ったところで、「できます」とリカルドが叫んだ。
それからリカルドは必死に顎を小刻みに動かして「できます、できます」と続けた。
「あと金だ。懸賞金を寄越せ」とアンナ。
「え? なんでですか?」
リカルドが言った。「取り消すだけですよね? そこまですると強盗ですよね?」
「エリオット、全部折れ」
「わかった」
中指を折った。
「俺たちは金がいるんだよ」
エリオットが叫んだ。
「払います。お金も払います」
リカルドが叫んだ。「だからもうやめて下さい。やめて下さい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます