4-3
ならずの王の家を出た。
「ブスはどこだ?」
開口一番、アンナが言った。
「ブスじゃない。ニーナだ」とエリオット。
このあたりでは雪も灰色だ。
「ニーナはどこだ?」
「殺す気か?」
「懸賞金掛けられるくらいだから悪女だろ? しょうがない」
「しょうがなくない」
エリオットが言った。
「殺さないのか?」
「当たり前だろ。まず会って話を聞く」
「場所は?」
「元恋人の家くらいわかってる」
「きもちわる」
「うわー、傷つく」とエリオット。「もう気持ちがめちゃくちゃだよ、クソったれ」
「別にいいだろ。振られた男が振った女を殺す。よくある話だ」
「俺は振られてない。振った」
「意外な情報だな」
「意外性の男なんだよ。気づかなかったか? ニーナの家はこっちだ」
走った。
■
アイゼンハート通り。ニーナの働く錆亭は、この通りの端にある。併設している厩がこの街で一番大きく、そこで馬の世話をしているのがニーナだった。
「ここに住み込みで働いてる」
エリオットが言った。
「どれがニーナだ」とアンナ。「もう秘密にするな。私は受け入れてやるから」
白、栗毛、黒、ぶち、馬たちが顔を出していた。
「馬と付き合うかよ。どんだけ俺は欲求不満なんだよ」
柵を開けた。中へ。
アンナも続く。
エリオットはすぐに足と止めた。
「エリオット――?」
目の前にニーナがいた。
水桶を両手で持ち、歩いていた。ニーナも歩みを止める。
金髪を後ろで束ねている。細めの目には青い瞳。引き締まった締まった唇と少しほうれい線が目立つ顔。作業着のボロを着ている。
「あ、そうです」とエリオット。
「なんで敬語なのぉ?」
ニーナが笑った。
どうやら面白かったらしい。
「ごめん。そんなつもりじゃなかった」
「何しにきたの?」
目線で隣のアンナを気にしているのがわかった。
「こっちは気にしないでいい」
アンナを指して言った。
「紹介しろ」とアンナ。
「どうも。ニーナです」
「妻のアンナです」
「うそ、結婚したの」
ニーナが驚く。まだ水桶を持ったままだ。
「こいつ阿片中毒で頭がおかしいんだ」とエリオット。「あと梅毒とか色んな病気も持ってる」
「冗談だ、ニーナ。私たちは仕事仲間だ」
「ふーん。そう」
ニーナはどこか納得してなさそうだった。
「けど私は結婚したの」とニーナ。
「うそ、マジかよ」
今度はエリオットが驚く。
「うっそー」
ニーナがまた笑った。「それでお二人さん、何しにここへ? どんな仕事なの?」
「ニーナ、助けに来た」
エリオットが言った。
「どういうこと? 私、まだ独身なんだけど」
「確かに結婚は地獄だが、そうじゃない」とアンナが言った。「貴様には懸賞金が掛けられてた。命を狙われてる。そして私は殺し屋だ。貴様を殺しに来た、ニーナ」
「えー」
ニーナが水桶を落とした。「美人薄命。絶体絶命」
「大丈夫。殺さない」とエリオット。「安心しろ」
「嘘でしょ? エリオット、あなたこの街の死刑執行人だったじゃない」
「事態がややこしいけど、今は違う」
エリオットが言い「懸賞金だが心当たりは?」と続けた。
「うーん。あるかな」
「そんな明るく言うなよ。何をした」
「男を振った」
「そんなんで命を狙われるのか? 今の世の中は?」
エリオットは呆れる。
「そういう奴だから振った」
ニーナはこういう状況でも笑顔を絶やさない。「あなたにはわかるでしょ?」
「その話はしない」
エリオットは言った。「それに君は俺に懸賞金をかけなかった」
「けど本当に懸賞金なんて掛けてるの?」
「そりゃ疑問はもっともだけど、これは事実だ。じきにここへ殺し屋たちが来る」
「嘘でしょ」
「信じてくれよ」
「おい、馬鹿二人。もう恋人気分で話すのはいいから、事態の解決だ。お前らの話を聞いてると頭痛がする」とアンナ。
「殺さないよな?」
「お前の元恋人を殺してもしょうがないだろ。懸賞金をかけた奴を殺せばいい」
「アンナさんって賢いのね」
ニーナが言った。「本当にそうなら私もそれがいいと思う。私が死んでも意味ないよ」
「懸賞金を掛けた奴は振った男で間違いないのか?」とアンナ。
「それはわからないけど、他に心当たりはない」
ニーナが言った。
「そいつを殺そう」
アンナの思考は常にイケイケだ。「殺せばわかる」
「話せばわかるだろ。まず会って話すんだよ」
「今度はエリオットの案に一票」とニーナ。
「ほんとうか? 相手が憎くないか?」
「少し。ちょっとだけ懲らしめてもいいかも」
そのとき、厩の外から低い男の声がした。複数人だ。
「入るぞ」と男。
「知り合いか?」
アンナが尋ねる。
「聞き覚えないかな」
すぐにエリオットとアンナの後ろに男たちが来た。
武装している。剣、縄、斧。傭兵のような見た目。
「お前がニーナ・アマドールか?」
三人組だった。男の一人がアンナに尋ねる。
「そうだ。殺しに来たのか?」
アンナがニーナを騙る。
「本当だったろ?」
エリオットが後ろのニーナに呟いた。「殺し屋たちが来た」
「リカルドの野郎、許さない」
ニーナがエリオットの背後につく。
「リカルドって?」とエリオット。
三人組の傭兵たちに背を向け、ニーナに尋ねる。
アンナが動き出す。
「振った男の名前」とニーナ、「金持ちの鍛冶屋なの」
後ろで鈍い音が響いた。何かが砕ける音と野太い男の悲鳴もする。
「鍛冶屋で金持ちってのは珍しいな」
「親が市参事会員で鍛冶屋組合の組合長だから。自分は何も成し得てない」
ニーナははっきりしている性格だ。今も変わっていない。
「待て。それってあのリカルドなのか?」
エリオットがこの街に住んでいたときは、詩人を気取っていた。
「そ。詩人は辞めて、親のコネで鍛冶屋になったの」
「ちょっと聞きたいんだけど、そのリカルドって男と付き合ってたってこと? 付き合う前に振ったのか、それとも付き合ってから振ったのか。どっちだ?」
エリオットはニーナの顔を見る。
「抱かれたよ」とニーナ。「何度もね」
「あぁ、そう」としか出ない。「そうなんだ」
「この答えが聞きたかったんでしょ? 興奮した」
「興奮したのはそっちだろ」
「いけず。あっ」
ニーナが声を出す。
「なんだ?」
「終わったみたい」
エリオットは後ろを見る。
やってきた三人の男たちが突っ伏していた。
中心にはアンナがいる。肩の埃を叩いていた。
「早いな」とエリオット。「もうやっつけたのか?」
「ニーナ・アマドールは最強だ」
アンナが答えた。「どいつが馬鹿男だ?」
「ここにはいない」とニーナ。三人の男にはいない。
「鍛冶屋のリカルドって男らしい」
エリオットが言った。
「張り切って損した。ニーナ、連れてけ」とアンナ。「私が話をつける」
ついでに突っ伏してる男の顔を蹴る。
「えぇ。わかった。こっち」
ニーナは走り出し、倒れている男の手を踏んだ。
エリオットは黙って男たちの横を通り過ぎた。
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