第22話:星のすみか

「ふう、今年もぎりぎりの売り上げでしのぐ感じかな」


 俺は、パソコンの会計ソフトを立ち上げて画面と睨めっこしながら、机の上には今年度と、昨年度の仕入帳や売上帳、元帳が並んでいた。


 元々1年前、俺が東京から帰ってきて、三〇市にアパートを借りた。

 あとは何か仕事を探さないといけないと思っていた頃、マディの紹介で、サンハウスを紹介された。


 俺は大学で、経済学部を専攻していたし、日商簿記第1級も持ってた。サンハウスの店長は、三島の楽器店の切り盛りをしていくれれば、自分のギターのメンテナンスなどの仕事に集中できると歓迎してくれた。

 初めは、生活が出来れば仕事なんて何でもいいとしか、思っていなかった。

 でも、店長の全面的な信頼と、とても小さいけれどお店を切り盛りする、いわゆる経営を知ってしまった俺は、その面白さも重なり合って無我夢中になってしまった。

 大好きな楽器に囲まれていたのにも関わらずに。


 そんな中、シェリーから連絡があり、一人の少年の面倒を見ることになった。

 それがアユムだった。

 初めは、


『何か頼りない高校生だな』


 位にしか思わなかったし、


『果たしてギター続けられるのか? こいつ』

 とも思った。


 しかし、毎週来るたびに、必ずどこかは上達し、また、新しい事を吸収しようとする貪欲な所、そして、オールジャンルに音楽を学びたいという、素直な姿勢に好感を持てた。

 そしていつか、このサンハウスに居なくてはならない仲間になっていったんだ。


『これからも、アユムの成長を見ていきたい、支えてやりたい』


 そんな、年の離れた弟を持った気分に、満更まんざらでもないなと感じていた。



♪・♪・♪



「こんにちは!」


 今日は、アユムが必ず来る定番の土曜日。

 それにしても来る時間がいつもよりも早いし、何か妙に興奮している口調だった。


「シバさん、聞いてください!」


 俺はスタッフルームから抜け出し、陽介の隣に立ち、カウンター越しにアユムと顔を合わせた。


「どうしたんだよ、ムー。そんなに興奮して」


 俺がくと、アユムは先日、一人でクロスロードのマディに会う約束の話を付けたらしい。そして、マディと二人で話し合ったことを、俺や陽介に報告してくれた。


 俺はびっくりして、しょうがなかった。

 隣にいる陽介は、意外と単純に、


「凄いじゃん、アユムチャン。これでまたシェリーと会う可能性が高くなったわね!」


 何て言っていたが、俺が驚いたのはそこじゃなかった。

 アユムが、


『シェリーに会いたい、そして自分の気持ちを伝えたい』


 という強い気持ちが、こんなにもアユムを成長させるのかと感じてた。

 すべて自分の力でマディと会う約束を取り付け、あの偏屈爺のマディの心を動かすとは。

 とてもあり得ないと今でも思っている。


 でも、いくらマディが『シェリーが来たら連絡をする』という約束を取り付けたとはいえ、100パーセント確実に会えるとは言えない。

 そして、もしかしたら何も連絡もなくデビューして、さらに遠いところに行くかもしれない。

 でも、アユムは行動するしかないと考えている。

 前を向いて走るしかないと。


 そう思うと、アユムがこの短期間で、こんなに変われる要素は何なんだと、俺は疑問に思わずにはいられなかった。


「まあ、ムー。ちょっと落ち着け。ただそれだけを伝えるだけじゃ、そんなに興奮して早く来ることも無いだろう」

「何か早く伝えたい本題が、あるんじゃないか?」


 俺は、直感って奴だろうか。今までアユムと付き合ってきて、そんな雰囲気を感じ取っていた。


「さすがシバさんですね。そうなんです。ぜひ聞いて欲しい事がもう一つあって、相談も兼ねているんですけど……」


「分かったよ。焦らなくていいから、ゆっくり落ち着て話してみな」


 俺はまだ担いでいるバックを下ろすように言い、深呼吸をするように促した。アユムは素直に大きく深呼吸をした。

 不思議と陽介も深呼吸する。こいつの考えてることはよく分からん。


 アユムは一段落すると、今度はいつものペースで話を始めた。


「シバさん、3月下旬にシェリーが一度帰って来る時に、僕の気持ち、そして旅立ちの応援歌をシェリーに対して歌いたいと思っているんです」

「そのためにも、シバさんのほか、ほかの元メンバーの人たちやワゴンさんにも協力してもらいたいんです」


『随分大掛かりなことを考えているな』


 そう感じた俺は少し考え込んでしまった。

 でも、アユムがどんな曲をそんな感じで、どこでやろうとしているのかいてみたくなった。


「どんな曲をやるんだ? もう時間はそんなにないぞ」


 とくと、アユムは俺に、


「White Snake(ホワイトスネイク)のHere I Go Again(ヒア・アイ・ゴー・アゲイン)」


 と間髪入れずに力強く話した。

 俺は、


『なるほどな』


 と納得した。別に、シェリーの元カレが好きだったバンドだったとか、そんなことを考えての選曲じゃないのは分かってる。アユムはそんなゲスな奴じゃない。


 アユムは、かなり前からホワイトスネイクは聴いていて、カッコイイと言っていたから、ずいぶん聞き込んだんだろう。それにこの曲は、今の二人にはぴったり合う。よく考えたものだと俺は感心した。


 ただ、純粋に選んだとはいえ、諸所しょしょ、問題もあるかなとも思った。

 そこをどうしたいのかいてみた。


「でもその曲はいろんなバージョンがあるぞ」

「最近では、アコースティックギターの弾き語りから、バンドでの演奏。バンド演奏って言ったって、アルバム収録に2回か3回、同じ曲を使っている」

「その時々によってギタリストも違うしアレンジも違う。新しい年代っていっても1987年だが、もうそのバージョンではギターのテクニックに、今からムーが追いつくのにも問題がある。そうなると……」


「一番最初に収録されたバージョンで行きます」


 アユムは即答だった。


 あと俺が一番訊きたいことを質問した。


「ムーが歌うのか?」


「はい」


「ふう」


 俺は一息つくと引き続き話を続けた。


「まあ確かに、一番古いアルバムの収録バージョンだったらギターのソロもそんなに難しくないしな。でもツインギターだぞ、どうするんだ」


 アユムはこれも即答で、


我儘わがままかもしれませんが、ワゴンさんにも手伝ってもらいたいです」


「分かった!!アユムチャンの為なら私の超絶テクで頑張っちゃう!!」


 もう俺は頷くしかなかった。


「分かった」

「それじゃ今度、日を改めて、元メンバーをそろえてミーティングをしよう。シェリーとアユムに関係することだから、みんなノーとは言わないよ、多分」


 俺がそう言いうと、アユムと陽介は手を取り合って喜んでいた。


『これからが大変なんだぞ』


 と言ってやりたかったが、今の雰囲気を見てると、


『そんな無粋なことも言えないか』


 と思うだけだった。



♪・♪・♪



 国道1号線沿いのファミリーレストランで、シェリーが在籍していたバンドの元メンバーと陽介、そしてアユムがそろった。


「ここで、初めて会うのは柿崎かきざきとムーだったな」


 俺がそう言うとアユムはすぐに立って、柿崎の方に向かって自己紹介を始めた。そして最後に、


「ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」


 と丁寧にお辞儀をしていた。


 柿崎も席を立ち、


「いやいや、そんな丁寧な挨拶はいらんて、同じ音楽仲間やろ。俺は柿崎かきざきこう一郎いちろうと言ってドラムをやっていたんだ。今でも実家の家業を手伝いながら叩いてる。よろしく、アユム」


 柿崎はそう言うと右手を出した。それに呼応するようにアユムも右手を出し握手をする。

 まず、チームワークに問題はないなと俺は感じ取っていた。


 俺がみんなのアポイントメントを取るときに、大体の事情は説明していた。みんな揃って驚いてばかりだった。

 本当にシェリーは、誰にも告げずに去っていったんだなと、少しがっかりしていた。


 俺はアユムに、


「大体の事情は、全員に話してある。あとムーから話があるか?」


 俺はそう言うと、アユムが言葉を切り出した。


「皆さん、お忙しい中本当に僕の我儘わがままで集まってもらって申し訳ありません。でも、どうしても皆さんの力を貸してほしくて来てもらいました。特に元メンバーというところに意味があるんです」

「今、シェリーは亡くなられたリーダーの元カレさん思いと、元メンバーの方々の思いを胸に、プロの道を歩いてゆくという趣旨の言葉を僕への手紙に書いていました」

「僕は、今度少しの時間でも戻ってくるシェリーに、思いっきりプロの道で羽ばたいてほしいという願いを、元メンバーと僕とで、ホワイトスネイクのヒア・アイ・ゴー・アゲインという曲で、背中を押してあげたいんです。お願いします」


 アユムは立って深々とお辞儀をした。

 その時、アユムのつぶった瞳から、涙がボロボロと落ちてきた。

 今まで、前向きに考えて抑えていた感情のたけが、溢れ出たんだろう。

 とても大きな涙を流していた。


「大丈夫よ。みんなよく分かっているから、安心して。そしてもう一人で抱え込んじゃだめよ」


 奈津子さんが優しくアユムの肩を抱き、ゆっくりと椅子に座らせてくれた。

 心配そうに見つめる奈津子さんは、アユムのとめどなく涙が出て止まらないそんな状況に、優しく肩を撫でていた。


「大丈夫よ、アユムチャン。私はいつでもアユムチャンの味方よ。そんなに泣かないで。私まで悲しくなっちゃうじゃない」


 陽介も慰めていた。


「君の気持ちはよく分かった。俺たちもシェリーのことだ。ぜひ協力したい」

「しかし、君は本当にそれでいいのか? 単に傷つくだけの結果にもなり得ないんだぞ」


 柿崎は心配そうにアユムに話し掛けていた。


 アユムは皆からの励ましと慰めに応えるように言葉を走らせた。


「いいんです。好きだからこそ、未練みたいな気持ちを持たずに思いっきりここを旅立ってほしいんです」

「この歌の歌詞にある通り、もう一度皆さんの気持ちを胸に、プロという道を歩き始めて欲しいんです」

「そして僕も、シェリーが示してくれた夢を、自分の力で旅立つように立ち上がり、がんばっていけるんだよ、だから別れるなんて言わずに、これからもお互い頑張り続けようと伝えたいんです。」

「僕のシェリーに対するブルーズなんです」


 静まり返るテーブル席にクスンクスンと鼻をすする音が聞こえてくる。

 そしていきなりパチパチパチと陽介が周りの人たちも気にせず拍手をしだした。


「アユムチャン、素晴らしいわ!! わたし、振られちゃった形になったけれど、この恋、死んでも応援するわよ!! よく一人で頑張って自分なりの答えを見つけ出したわね!!」


 そう言うと陽介は自分の席を立ち、アユムに近づき抱きしめ号泣した。

 誰も、止める者はいなかった。

 皆が、まだ高校一年生の少年が一人の去り行く大人の女性を思い、ここまで頑張る姿に心打たれていた。


 俺は皆がアユムを中心に気持ちがまとまったなと思い話し始めた。


「よし、これから3月下旬に向けて、どう練習してこの曲の完成度を高めるか考えるぞ!」


 皆は『よし!』といった雰囲気で色々話し始めた。


 アユムはもう泣いてはいなかった。

 ここにいる心強い仲間が付いているから。



♪・♪・♪



 俺は、ファミリーレストランで解散した後、陽介とアユムを乗せてジーノを走らせていた。さすがにターボを積んだミッション車であっても軽は軽。かなり重くて軽快な走りとは程遠かった。


 陽介の自宅の前につけると、


「それじゃまたね、アユムチャン。シバさんに食べられないでね!」


 と余計なことまで言いやがった。


「食べるか! バカ!!」


 俺はそう言うと、


「じゃ、また明日な、陽介」


 と言って、アユムを助手席に乗せ換え、出発した。

 俺は、少しした所でアユムに、


「ちょっと付き合ってもらっていいか?」


 と質問した。


「あ、はい」


 アユムは何だろうといった感じで返事をした。


「見せたいものがあるんだ」


 俺はそう言うと、軽くなったジーノのアクセルペダルを踏みこんだ。


 国道1号線から国道246号線へ東京方面へ上ってゆく。裾〇市から御〇場市まで登ってゆくと、今度は国道138号線を箱〇方向に進路を変えた。

 そして曲がりくねった山道を登ってゆくとその先には乙〇峠のトンネル手前、乙〇茶屋があった。


 俺はそこの駐車場の、一番谷側の方に車を付けた。

 ここからは御〇場市の町が富士山と共に見渡せる絶景ポイントだった。今はちょうど夜なのでとても綺麗な夜景がキラキラと光って見えた。


「うわ~、綺麗ですね、御〇場の夜景が一望じゃなですか。」


「ああ」


「俺さ、ムー。いつも何か考え事があるときは、いつも此処に来て決まった曲を聞くんだよ」

「藍坊主の「星のすみか」っていう曲なんだ」

「古い曲だけれど、歌詞とストレートなロックが大好きでね。この夜景を見ながら聴くんだ。まるで星空の様な夜景を見ながらね」


 そう言うと、カーオーディオを操作して、「星のすみか」を流し始めた。

 本当に真っ直ぐに歌うボーカルと熱く演奏される純粋なロック。

 そして、その演奏を聞きながら聴くその歌詞のサビには、


『輝きつづける光った星から、輝きつづけ、光ったあの空から』

『僕らは何を感じられるだろう、奇蹟は宇宙だけじゃないよ』


 柄にもなく俺の心をロマンティストに変えてゆく。


「俺も、前のバンドで東京進出の時、付き合ってた彼女がいたんだけど、俺が一方的に別れを告げたんだ」

「お前よりももっと大切な夢を、追い続けるんだってね」

「結局なんだかんだで失敗に終わり、この静〇に帰ってきた時、思ったよ」

「なにが『人を傷つけてまで夢を追うだよ』ってな。自己嫌悪さ」

「あの時の俺は、まだまだ何もわかっていなかったんだろうな。」


 俺は一呼吸おいて、また話し始めた。


「夢はさ、確かに自分だけのモノだけれど、誰かと共に歩み続ける夢もあるんだなって、ムーを見ていて、話を聞いていて、思ったよ」


「ムー、強くなったな」


 俺はそう言うと、アユムは照れ隠しにうつむいて頭を掻いていた。


 そんなアユムを見て、


『これからも陰ながらアユムを引っ張っていくか』


 と決心した……





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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