第3話 勇者は魔法が使えない

 リオンデルグ────

 そこは、日に10万の人と物が行き交う巨大な街だ。


 ノルディアード王国最大の都市であるこの街は、王都である事と同時に、巨大な市場がある事で有名で、その活気たるや凄まじいものだ。


 そんなリオンデルグの街は今、市場ではなく、住宅街が盛り上がっていた。





「ぅんよいしょっ!」

 重いものを持ち上げるおっさんみたいな声を出しているのは、草史だ。

 そんな彼の目の前には、大きな壺が1つ。



 草史はおっさんみたいな掛け声で、壺を目掛けて拳を振り下ろす。

 素人でも一目見ただけで威力など皆無だとわかるへろへろパンチだった。


 しかし、その拳先がちょんっと触れた瞬間、まるで測ったかのようにど真ん中から、壺がきれいに真っ二つに割れた。





「おぉーーっ!!」

「いいぞぉ!!」

「よっ! 勇者っ!」

「いい拳、いい拳!!」


 途端に沸き上がる観衆、信託の壺が1つ割れる度に、草史を見守る住民達はこうして歓声をあげ、やれ誰の壺が割られただの中から出てきた物がどうだのと盛り上がっていた。




「ふぅ、こんなものかな……」


 既に100個以上の壺を割り続けてきた草史は、チラリッと後ろを振り返る。


 するとどうだろう、その視線の先には、地面を覆い尽くす大量の壺が並んでいるではないか……。





 あれ? さっきより増えてね?



 明らかに減ってはいない。


 それどころか、噂を聞き付けて後から持ってきた住民がいるのか、さっきまで無かった所に新しい壺が増えている。


 物を破壊するとストレスが無くなるとはよく聞くけれど、今の草史にそれは当てはまらない。




 最初こそ楽しくやっていた。


 あんまりにも綺麗に壺が割れるものだから、凄腕の格闘家にでもなったつもりで雄叫びなどあげながら、盛り上がる群衆に沸き立てられて、どんどん破壊していた。


 しかしそこにあるのは、ほぼ触れるだけで割れる壺、延々と無くならない破壊対象に、上げるのが辛くなってきた右うで……。


 終わりの見えない単純作業、降下する草史のテンションを置き去りにヒートアップし続ける住民たち。



 つらいよぉ……。




「草史さま、ファイトです!」


 草史が割った壺から出てきたアイテムを回収していたフラウから、笑顔のひとこと。




 けれど、────


「フラウちゃん、これって全部割らなきゃ、ダメ?」


「ダメ、ではないですが……。せっかく持ってきていただいた訳ですし、それに、"アイテムポーチ"には、まだまだ余裕がありますよ!!」



 フラウの言うアイテムポーチとは、彼女が手に持っている小さな袋の事だ。

 大きさにしたら、ちょうど子供の靴が入るかどうかのサイズで、大した物が入るようには思えない。


 しかしここは異世界、アイテムポーチの中は異空間に繋がっていて、袋の入り口に近付けた物は何でも入ってしまう。


 ある程度の限界はあるようだが、これまで100余りの壺から出てきたアイテムを全て収納してもまだ"余裕"らしい……。



 昔、ある人はいいました……。

 ────『最も辛い戦いとは、終わりの見えない戦いである』と。


 その言葉の意味を噛み締めながら、草史はただひたすら、一心不乱に壺を割り続けたのだった。



 ・

 ・

 ・


 結局あれから、半端ではない数の壺を割り続け、気が付けば昼を大きく回っていた。

 200から先は絶望しか感じなくて数えていない。


 しかも、最後の壺が割れた後、駆け寄って来た地域住民達によって揉みくちゃにされた事で、草史の疲労は限界を越えていた。




「もう、つかれた……」


 げんなりとしながらそう言って歩く草史は、勇者のイメージとは程遠く、くたびれ切ったサラリーマンという表現がぴったりだった。



「でもおかげで、かなりのアイテムが集まりましたよ!」


 そう言ってフラウが掲げた袋には、とてもそんなにアイテムが入っているようには見えない。


 しかし、あの中には確かに入っているのだ。


 200を越える信託の壺から出てきた溢れんばかりのアイテム達が。



「これだけあれば、食料や薬草類を買い足す必要は無さそうですね────」



 そりゃそうだ。



「お金も、結構な額が集まりましたので、これで装備も整えられますね!」


 フラウは、アイテムポーチに手を突っ込みながらそう言って、満足げに頷いたのだった。




 それから2人は、しばらく住宅街の路地を歩き、リオンデルグの街の中へと再び戻ってきた。


 目当ては武器屋、そこで旅に出るための装備やら身を守るための武器なんかを揃えるのが目的だ。



「さて、着きました」


 そう言ってフラウが立ち止まったのは、木造の柱の間に石を積み上げて壁を成した建物の前、一段高くなったアプローチに両開きで広く設けられた扉は年季が入っていて、焦げ茶色の表面には古い木の独特な模様が刻まれていた。


 扉の両脇に吊るされた煤けたランタンがなんともお洒落な雰囲気を醸しだしている。



 建物の内部は暗く、窓から内部を覗く事はできない。

 入り口の上の壁から突き出た棒にぶら下げられた剣を象った看板で、そこが武器屋である事が判るといった感じだ。



 フラウは迷いなくその扉を開き、中へと入っていく。

 草史も、その後に着いて店に入った。





「いらっしゃい」


 2人が店に入ったのと同時に、店の奥から無愛想な声が聞こえた。



 暗がりに目が慣れてくると、声が聞こえた店の奥に、カウンター越しの人影が浮かび上がってくる。


 その人は、細身で、ぼさっとした癖のある髪に丸縁のメガネとその奥のどこかダルそうな目、ちょっと放置気味に伸びた髭に少しサイズの大きいシャツという風貌で、武器屋というより科学者とか研究員と言った方がしっくりくるような風体だ。


 店のロゴが入った油でよごれたエプロンを着ていなければ武器屋の店主だとは思われないだろう。




「見掛けない顔だね。旅人さんかい?」


 眼鏡を指で押し上げながら、こちらを観察するように、武器屋の店主は抑揚の少ない声でそう言う。



 旅人っていうか、これから強制的に魔王退治の旅に出される哀れな郵便屋さんです。

 と、言いたい所をぐっと堪えて、草史は「そんなところですかね」と適当に答えた。


 下手に勇者だなんて言おうものなら、この街の人達は過剰に反応して収集がつかなくなる。

 そしてまた終わりの見えない壺割りの儀式が始まるのだ。


 それだけはなんとしても避けたい……。




 あの住宅街での一件は、草史の中で確実にトラウマになりつつあった。





「草史さま。普段は、どのような武器をお使いになられているのですか?」


 如何に勇者(として扱われている者)である事を隠して会話を進めようかと考えていた折り、フラウがそう尋ねてきた。


 しかしそんなこと言われても、真っ当な現代っ子であった草史にとって、戦いなど無縁だったし、ましてや武器なんてものは手にしたことすらない。


 一番それっぽいものといえば、記憶の遥か彼方に霞む少年時代に振り回していた、何処から拾ってきたかも分からない木の棒だろうか?



 しかし木の棒とは……、武器といえるのだろうか?


 いや、ゲームの初期装備であったな。木の棒……。







「木の棒……」



「……はい?」





 なんだその「聞き間違い?」みたいな反応は!


 そんな (σ▽σ) みたいな顔されたってこっちにはそれしか答えられるものがねぇんだよ!




「草史さま、木の棒ってあの木の棒ですか?」


「認識が違わなければ、その木の棒だよ」



 そうだよ! どうせ俺は武器もろくに使えない残念勇者だよ!




「なるほど……」


 フラウはそう呟くと、顎に手を当てるような仕草で暫く何かを考え込み、その後なにかを思い付いたようにぽんっと手を叩いた。



「流石"勇者さま"です! 木の棒だけでここまで戦い抜いて来られたのですね!!」


 そして、とんでもない方向に答えを間違えてくれた。


 ていうか今、勇者って言っちゃった?!

 せっかく隠したままにしておこうと思ってたのに、勇者って言っちゃったよね!!



「ほう……、勇者……」


 フラウの言葉が聞こえてしまったようで、武器屋の店主が感心したように呟いた。

 さっきまで無愛想だった顔に、どこかわくわくしたような喜びの色が見てとれる。



「え、えぇ、まぁ……。ははっ」

 この後起こるであろう事態を覚悟しながら、草史は後ろ頭を掻いてそう答えた。


 しかし、そんな草史の想像とは裏腹に、店主は腕を組むと、怪しげな笑みを浮かべながら静かに尋ねてきた。


「さて、勇者殿はどんな武器がお好みだい? ウチには剣や槍はもちろん、特殊な法術武器までなんでも揃ってるよっ」



 そう言われて店主の後ろに目を向けると、確かにそこには剣やら斧やら槍、フラウが持っているような杖まで、異世界の武器といえばこれというような武器が壁一面に並べられていた。



「えぇと、それじゃあ、遠くから攻撃できて、そこそこ威力のある武器なんてあります?」


 当たり前だが、草史は剣や槍など扱った事がない。

 ましてや見るからに重たそうな斧や、刃厚が指3本分くらいあるような大剣を振り回す事なんてできようはずもない。



 そんな草史が扱えそうな武器といえば、銃のような引き金を引くだけで攻撃ができるような扱い易いものに限られてくる。

 無論、それなりの訓練は必要になるが、剣なんかを扱えるようになるのに比べたらよっぽど簡単なはずだ。




 何より、銃ってなんか憧れるよね!


 剣や魔法もいいけど、飛び道具っていうものには、何か凄いロマンのようなものを感じる……。





「はいよ。流石は勇者殿だ。なかなかお目が高いね」


 そう言って店主が店の奥から持ってきたのは、長さが120cmくらいある横長の木箱だ。

 箱に蓋はなく、中に入っている物が見えている。


 柔らかなシルクの布に丁寧に包まれたそれは、草史の想像していたものとは少し違うが、紛れもなく銃だ。


 長い銃身に、握りから銃床まで一繋がりになった木製のストック、銃身後端の側面に飛び出た撃鉄をもつ、いわゆるマスケット銃というやつだ。

 各所に施された彫刻や、真鍮プレートに刻まれた紋様が美しく目を惹く。



「へぇ~、これは凄いな」


 初めて間近で見る本物の銃に草史は感心の声を上げた。

 素人目にもわかる職人の業に感嘆の声を漏らす草史に向けて、武器屋は銃を手に取りながら簡単な説明を始めた。


「こいつは魔装銃というやつでね、使用者の魔力を取り込んで弾丸として射ち出せる代物さ。魔力が尽きるまでは何発でも撃てる……。試してみるかい?」



 店主の言葉に、草史は二つ返事で頷きそうになったのをぐっと抑えて、少し考えてみた。


 これは銃を射つという貴重な体験をできるまたとない機会だけど、よく考えてみたら、魔法なんて使った事のない人間に、魔力なんてあるのだろうか?

 もしあったとしても、そんな人から力を吸い取って弾にするような武器を俺みたいな凡人が手にして大丈夫なのか?!


 力を根こそぎ吸い取られて人生ゲームオーバー、なんて事になったりはしないのだろうか……?



 しかし、そんな草史の心配を払拭するような言葉が、フラウから発せられた。


「草史さま。魔力は基本、どんな人でも持ち合わせています。こちらの世界では、大気に魔力が混じっているので、ただ生活しているだけで体内に蓄えられているものなので、草史さまも恐らくは……」


「え? そうなの?」



「はい。それに、この手の武器は、使用者の魔力を必要以上に吸い取ってしまわないように、安全装置が着いています。なので、魔力が枯渇して命を落とす、なんて事はないはずです。そうですよね?」


 フラウの問い掛けに、武器屋の店主は満足そうに大きく頷いた。


「あぁ、その通りさ。嬢ちゃん詳しいね。威力を上げる為にリミッターを外すような違法改造をした魔装銃もたくさん出回ってはいるが、無論、ウチで扱ってるのは正規ルートから仕入れた武器ばかりだ。そこは安心してくれ」


 フラウの説明が確かならば、草史でも魔法が使えるという事になる。


 草史が元々いた世界では、男は30過ぎてホニャララなら魔法が使えるなんて話があったが、まさか本当に魔法使いになる日がこようとは……。

 いや、まだ30にはなってないけど。




「そうなのか……。それじゃあ、ちょっとだけ試してみようかな?」


 ここまで話を聞いて、試さないのはもはや失礼というものだ。

 それに、武器屋の店主の説明で、万が一があっても草史の命が危険に晒される事はないことはわかっている。


 これで試さないなんて、それこそ勿体ない。



「よし、決まりだな。それじゃあ試験場へ案内しよう。着いてきてくれっ」





 そうして草史達は、武器屋の建物の裏側に案内された。

 そこには少し広い空き地があって、武器の切れ味を試すであろう丸太やら藁の束が置かれていた。


 空き地の回りは、全周が高い壁に囲まれていて草史達が入ってきた小さな扉以外外に繋がる場所はない。

 周囲の建物とほぼ同じ高さまでせり上がる鉄の壁を見上げると、まるで高い空が四角く切り取られているようだった。





「さて、それじゃあ。あっちに向けて射ってくれるかね?」


 そう言って武器屋の店主が示したのは、砂が盛られた壁の一画、その手前には目標物であろう空き瓶が幾つか置かれていた。




 細かい操作方法などを教えてもらいながら、見よう見まねで草史は魔装銃を構える。


 凹の字型の照門の先に、鋭い照星の尖端を見通し、更にその先に、ターゲットを捉えた。



 撃鉄をゆっくりと引き起こし、引き金に指を這わせる。

 すると、ほんの少しだが身体から手を伝って、力が銃に流れ込んでいるような感覚がした。




 ターゲットに狙いを定めたまま、引き金をゆっくりと引き絞る。



 そして、────











 ────バスンッ……。



 響く……、いや、全くもって力のない銃声、そのあまりにも気の抜けた音に、草史も、見守っていた2人も静まり返った。



 不発?


 そんな事あるか?


 でも、照準具の先には、確かにさっきまで狙っていたターゲットが鎮座している。


 つまり、弾は出ていない。


 銃口から煙は出たようだが、それだけにとどまっている。




 ならばもう一発っ!


 再び撃鉄を起こし、引き金を一気に引き絞る。



 ────カシィィインッ!


 金属音、撃鉄がぶつかる音だけで弾が撃ち出されたような音はしなかった。


 しかもこの音、けっこう耳に響く……。



 それにしても2回も連続で不発とは、よっぽど運が無いのだろうか?



 だが、めげぬっ!! 次こそ三度目の正直!



 ────カシィィインッ!




 もういっちょ!


 ────カシィィインッ!




 今度こそ!


 ────カシィィインッ!










「……あれぇ?」




 なんだか悲しくなってきた。


 じつは騙されているんじゃないかと思えてきてしまう程の不発っぷり。




 しかし、決して武器屋が悪かったり、この銃が偽物という訳ではない。


 苦笑いを隠せない武器屋の店主と、その横で引きつり気味な笑顔を浮かべるフラウを見ればそれが嫌というほどよくわかる!


 明らかに悪いのは俺だ……。




 そりゃね、こっちの世界に来ただけで魔法が使えるようになるとか特別な力が授けられたりするとかそんな都合のいい事はないって知ってたよ?


 けどさ、あんな話きいたらちょっと期待しちゃうじゃない。

 そんな淡い期待はこてんぱんに打ち砕かれたけれども……。




「草史さま、ドンマイです!!」


 ちょっと落ち込み気味な草史にトドメを刺すような言葉が、フラウから放たれた。


 何気なく放たれたその「ドンマイ」といその一言は、草史の心に深く突き刺さったのだった。

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