キクチヨ

 修行中の白雪姫。

 いま、小人たちの小屋の中庭で、彼女と向かい合っているのは、7人の中でいちばんのダンディを自称する、キクチヨである。

 2人の左腕は、姫の腕ほどの長さの縄でつながれていた。

「いくぜ!」

 ただでさえ身長の低い小人が、さらに低い体勢から掌底を突き上げてくる。

「クッ!」

 白雪姫はそれを、跳び下がって避けた。

 が、腕をつないだ縄のせいで距離がとれない。

「お前は、自分の運動能力に頼りすぎなんだぜ!」

 キクチヨの蹴りが、姫のすねを打つ。

 そして体勢が崩れたところを、掌底を胸へ。

「ウグッ!」

 姫は膝をついた。

「だから、密着状態に弱い。センスだけでなく、技術をみがくんだぜ」

 ふっ、とダンディに。

 キクチヨは髪をかき上げた。

 が、姫は顔を伏せたまま、動かない。

(あっ!)

 小人は思い出した。この少女には、心臓を撃たれた傷があることを。

「おい、大丈夫か!」

「平気ですわよ」

 あっさり顔を上げる姫。

「ちょっと息が詰まっただけですわ」

「しかし、心臓のケガは」

「え?」

 きょとん顔。

「ああ……そういえば。そんなこともありましたわね。もう完全に治りましたわ」

「治ったって……あれからまだ一ヶ月だぜ?」

「嫌ですわ。一月もあれば、磔にされた聖人だって生き返って昇天しますわよ」

「そんなもんかな」

 キクチヨは首をひねった。

 と、同時に、ある疑問が胸をついてくる。

(こいつは、ケガを治すためにここにいたんだよな……)

 だったら、もうすぐこの少女はいなくなってしまうのだろうか……。

「どうかされましたの?」

「いや、なんでもない」

「では、もう一度組み手をいたしましょう! 今度は負けませんわよ、先生!」

「先生なんて、呼ばなくていいぜ」

「では何と?」

「キクチヨ、だぜ」

「……!」

 姫の顔が、ぱあっと明るくなった。

「キクチヨ!」

「ふっ。それじゃ、いくぜ」

 2人は、夜まで拳を交わしあった。

 

   ※   ※


「鏡よ鏡。世界でいちばん美しいのは誰?」

「それは、あなた。王妃様でございます」

「この国で、いちばん気高いのは誰?」

「それは王妃様でございます」

「それでは……この国で、いちばん強いのは誰?」

「それは……」

 鏡は答えた。

「心臓のケガが治り、小人たちの技まで会得した、白雪姫でございます」

 バリン!

 途端に、叩き割られる鏡。

 ひび割れたそこに映っていたのは、おぞましいほどの怒りに燃えた王妃の顔だった。


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