シチロージとゴロベー

 修行中の白雪姫。

 修行のあい間には、小人たちの仕事を手伝っている。今日は小屋の中で、7人でいちばん手先が器用なシチロージとともに、針仕事だ。

「この布を縫うんですの?」

「そうダ。書いてある線に沿っテ、返しながら縫っていケ」

 2人がいるのは寝室。

 7つのベッドが並んだ部屋で、大きな布地を広げていた。シチロージがそれを裁断し、チョークで印を付ける。そこから先が、白雪姫の仕事だ。

「お任せ下さい」

 姫は腕まくりをした。

 着てきた真っ赤なドレスが血で汚れて駄目になったので、いまは小人の服を借りている。肩まわりがキツいので、こうしないと腕がうまく動かせないのだ。

 姫は言った。

「こう見えても私の城では、お針子をたくさん雇っていましたのよ。仕事をしているのを何度か見たことがありますわ」

「ソレでよく自信がもてるナ」

 心配そうなシチロージ。

 姫は大きく息をつき、足をしっかりと踏み込んで、腰を深く落とし、腹に力を込めて、息を静め、歯を食いしばって、獲物を狙うオオカミのような鋭い眼光で、渾身の力を指に込めて、布に針を突き立てた。

 針は布に刺さらず、曲がった。

「むぅ……この布、手強いですわ」

「何ヲやってるんダ、何ヲ」

「だって……」

「布にモ、何にでモ、『力点』というものがあるんダ。ソコに針を当ててやれバ、力なんて必要ないゾ」

「でも、どうすれば良いのか」

「そうだナ……コツをつかむと簡単なんだガ……」

 うーんと考え込むシチロージ。

「体デ、覚えてもらおうカ」

 彼は姫に、自分と向かい合って立つように指示した。小人1人ぶんの間隔を開けて、相対する2人。

「いいカ。踏ん張って立っていロ。けっして倒れるナ」

「承知いたしました」

 白雪姫は、ぐっと足に力を込めた。

 少女の胸ほどまでしか身長のない小人は、右手の人差し指を差し出すと、それで彼女の腹をついた。

 途端にドン!

 姫の身体は空中に浮き上がっていた。

 倒れるどころではない。すっ飛んで、壁にぶつかり、靴のままカンベエのベッドに倒れ落ちた。

「いまのハ、お前ノ構えノ『力点』を利用したんダ。極めるト、こういうことモできるようにナル」

「なんと……」

 白雪姫は、その場で立ち上がると(カンベエのベッドを踏み荒らすと)、興奮して叫んだ。

「驚異的ですわ! シチロージ様! 私、瞠目いたしました! アニキと呼ばせて下さいませ!」

「そんな気安い呼び方ハ、気に入らないナ。どうしても呼びたけれバ、親方と呼ぶんだゾ」

「親方!」

「うっひっひ。……ハッ! そ、そんなことよりモさっさと仕事を終わらせロ!」

「わかりましたわ、親方!」

「うっひっひ」

 30分後。

「できましたわ!」

「え、モウ?」

「親方の言ったとおり、コツをつかむと簡単でしたわ」

 にっこり微笑む白雪姫。

 シチロージは布地を確認した。整然として、規則正しい縫い目。細かく、強く、ミスも無い。10年針子を続けたような熟練の仕上がりだ。

「……じゃ、次はコレ」

 15分後。

「できましたわ!」

「じゃ、次コレ」

 5分後。

「できましたわ!」

「じゃ次……」

「できましたわ!」

「早すぎだロ!?」

「そう来ると思って、事前にやっておいたのですわ」

 またも、仕上がりは完璧。

 あっという間に、『目』を見つけるコツも、それを利用する術も、そして針仕事の技まで身につけてしまった。

「とんでもない才能だナ……」

「でも親方。これは何ですの? シーツにしては小さいですし、枕カバーにしては形がいびつですわ。テーブルクロスだとしたら厚手ですし……」

「これはナ、ここをこうするんダ」

「?」

「それデ、ここを縫い合わせテ……ここにボタンをつけル。そして紐を通しテ……」

「あ! これって……!」

 できあがったのは、鮮やかな赤いワンピース。

「お前の服ダ。いつまでモ俺たちの服を着てたんジャ、不自由だろうからナ」

「親方!」

 白雪姫は顔をかがやかせ、シチロージに飛びついた。

「うれしいですわ!」

「おい、やめろヨ」

 まるで子猫のように抱き寄せられ、悪態をつく小人。だが、その顔はありえないほどニヤけていた。

「うっひっひ」


   ※   ※


 そしてまた、次の日。

 空は快晴、風は穏やか。絶好の洗濯日和だ。

 7人の小人が暮らす小屋の中庭では、木から木へ張られたロープにシャツが、ズボンが、タオルが、水をしたたらせながら踊っていた。

「驚きの白さですわ!」

 満足げな白雪姫。小脇に洗濯板を抱えている。

「どこがじゃい」

 しかし、それにケチを付けてきたのが1人。7人の中でいちばんの年長者であるゴロべーだ。

「ここが黒ずんどる。このシミも落ちとらん。まったく、最近の若いもんは」

 これには、姫もムッとした。

「まあ。批判すること以外を忘れてしまいましたの? 大昔の若い方は」

「ふん。1つ1つの細かいことを疎かにしておるから、全体が雑になるのじゃ。お主の技に似ておる」

 ゴロべーは、ぴょんと1つステップを踏んで、構えをとった。

「来なさい。一手、教えてやろう」

「では……ご教授願いますわ!」

 言葉と同時に、洗濯板を投げつける。

 続けざまに跳び蹴り。

「はいほ!」

 ゴロべーは苦も無く、それを片手ではじいて見せた。

「安易に飛ぶでない。『重さ』は増すが、『強さ』が殺がれる」

「これで終わりではありませんわ!」

 姫は着地すると、すぐさま連続攻撃をしかけた。膝蹴り、中段蹴り、から変化しての上段蹴り、最後にかかと落とし。

 けれどもそれは、すべてゴロべーに受け止められた。

「お主は、確かに速い。だが、速さに頼り過ぎなのじゃ。一撃が軽くなっとるぞ。特に、ワシらは小人。速さではお主に引けをとらんから、焦りが技を甘くしておる」

 ぎらりと光る、ゴロべーの眼光。

 そこには、先ほどまでの嫌味な老人の姿は無い。

「……御教授、願いますわ」

 こんどは、真剣に。

 白雪姫は言った。

「よろしい。これを見なさい」

 ゴロベーが指したのは、残りの洗濯物だった。大きなたらいの中で、洗剤の混ざった水に浸かっている。

 老人はその中から、1枚のシャツを取り出した。

 水がビチャビチャとしたたり落ちる。

 肩口が泥の汚れでまっ黒だ。

「?」

 小首をかしげながら、それを見つめる白雪姫。

 ゴロベーはシャツを右手でつかみ、

「ほあぁ!」

 気合いとともに一振りした。

 ビシッ!

 花火のように水が散り、シャツは広がった。

 汚れが消えている。水ももう落ちていない。ぎゅうぎゅうと100回絞った後のように、完全に脱水できていた。

「シャツを空気に叩きつけることにより、汚れと水分を落としたのじゃ」

「お見事! さすが親方!」

「全身の力を込め一点に込めなければ、こうはならん。これを、すべての洗濯物でやってみせい。そうすれば、速さを損なわずに強さを高める訓練になろう」

「わかりましたわ!」

「……それと」

「はい?」

「親方はよせ。老師、と呼びなさい」

「わかりましたわ、老師!」


「……などということが、今日の昼にあったわけじゃ」

「なるほどなあ」

 その日の夜。

 7人の小人たちは寝室に集まり、身体を寄せ合っていた。

「だから、あんなに嬉々として、あんなことやってるわけか」

 ビシッ!

 ビシッ!

 窓の外から聞こえてくる音。

 まっ暗な外、月明かりの下で、一心不乱に洗濯物を振り回し続ける白雪姫の姿がそこにはあった。

「そうじゃ。いまどき珍しいマジメな若者よの。ほっほっほ」

「笑っとる場合かい、このアホ!」

「じーさン、あんたのせいだゾ!」 

「責任をとれ、責任を!」

 小人たちは、裸だった。

 7人のすっぽんぽん。

「あのお嬢ちゃん、ワイらが風呂に入っとる間に服を全部洗濯しよったんや!」

「しかも昼に洗濯した服モ、乾かさずに何回も洗ってアレを繰り返してるんだゾ!」

「おかげで着る服が無いんだ、どうしてくれる!」

「や……やかましい! わ、ワシだって……へっくしょーい!」

 ビシッ!

 ビシッ!

「ハ、ハクション!」

「ぶるぶる!」

 ビシッ!

 ビシッ!

 ビシッ!

 ビシッ!

 ビシッ!

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