ヘイハチといっしょ

 つづく白雪姫の修行生活。

 今日は小人たちの小屋の庭で、7人の中でもいちばん陽気なヘイハチを相手に、組み手の練習だ。

「チェストォッ!」

 稲妻のように鋭い、姫の正拳突き。

 だがそれは、いとも簡単に受け止められた。

「はっはぁ! 効かんなぁ~。嬢ちゃんの拳、確かに速いねんけどな。ちっと、軽すぎるわ」

「どういうことですの?」

「よっしゃ。ちょっくら見せたろか」

 ヘイハチは、近くにある土壁がむき出しになっている場所へ姫を連れて行った。

「ここに正拳、打ってみ?」

「わかりましたわ」

 姫はしっかりと拳を握り、渾身の突きを土壁に放った。

 レンガの壁でも粉砕する強烈な突きである。以前じっさいに、レンガの家に入ろうとして煙突から潜り込んだオオカミを、壁を殴って壊し、煙突の中で圧死させたこともある。

 だが、そんな突きの威力をも、軟らかい土は吸収してしまった。

 その場に細かく土が舞い、拳1つ分の穴ができただけだった。

「うっ……」

「あかんなぁ。重い突きっちゅうのは、こうやって打つんやで」

 しかしヘイハチは、白雪姫よりも小さな身体で、驚くべきことをやってみせた。

 足を大きく開き、しっかりと大地を踏み込む。

 そして両の掌で、力いっぱい土壁を打った。

 ドカァン!

 爆発に似た音が起こり、そして爆発したように土があたりに飛び散った。壁には、小人の身体がまるまる入りそうなほどの大穴があいている。

「なんと……」

 白雪姫は驚嘆した。

「ヘイハチ様! 私、感奮いたしましたわ! 師匠と呼ばせて下さいませ!」

「はぁ? 何言うとんねん。師匠なんてカタっ苦しいわ。呼ぶなら、アニキって呼んでくれや」

「アニキ!」

「はっはぁ! ええもんやな、若い嬢ちゃんにソンケーされるんは。で、この突きを習得するための訓練やけど」

 2人は再び小屋に戻った。

 ヘイハチは、モップを取り出してきた。

「このモップで、床を綺麗に拭くんや。しっかり腰を落として、力を入れてな。下半身の鍛錬になるで」

「なるほど! では早速!」

 姫は勇んでモップを奪い取り、丹念にモップをかけ始めた。ゴシゴシふきふきキュッキュッキュ。

 そんな彼女を背に、ヘイハチは小屋を出た。

(はっははぁ。もうけもうけ。ワイの担当の床掃除を押しつけてやったで。これで今日は昼寝していられるなあ)

 近くの木に登り、枝をベッドに熟睡すやすや。

 気がつけば、すでに夕日が差していた。

「おお、もうこんな時間かい。お嬢ちゃんは、なんで起こしてくれんねん」

 ヘイハチは、自分の仕事を姫に押しつけたのが他の6人にばれてはマズいと、急いで跳ね起き、小屋の中へ走り込んだ。

 すると、すてーん!

 すべって転んでひっくり返ってしまう。

「な、なんや、ワックスでもかけたんか!」

 いや違う。

 確かに床はピカピカだが、何かが塗布された形跡はない。ただ、異様にツルツルなのだ。

「あ、アニキ」

 そこでは、白雪姫が、まだモップを手に腰を落としていた。

「嬢ちゃん……もしかして、ずっと床みがいとったんか……?」

「ええ。鍛錬ですもの。でも、ちょうど良かったですわ」

 彼女はモップを見せてきた。

「新しいモップが欲しかったところですの」

 そのモップは、先端の布がほとんど無くなっていた。まるで焼け縮んだようにチリチリになって、コーヒーカップを置くコースターほどの小ささになっている。

「まさか摩擦で……? 半日のあいだに? んなアホな……」

 どうりで床が、ヤスリでみがいたのと同じくらいに、いやそれ以上にツルッツルになっているわけだ。

 と、そこで。

「そうですわ」

 白雪姫が、ぽんと手を叩いた。

「鍛錬の成果を試してみましょう。今晩のディナーは、ニンジンのスープにする予定ですから」

 たたたっと走り出し、裏口から庭へ出る。

 そこはニンジン畑だ。

 姫は畑の真ん中に行くと、深く腰を落とし、地面に掌を向けた。

兄・迅・土爆掌けいじんどばくしょう!」

 ドバァン!

 畑の土が爆散し、跳ね上がる。

 白雪姫は、その中からニンジンを見つけて素早くつかみ取り、腕に抱え込んだ。合計21本。

「たくさんとれましたわ!」

 微笑む姫。ヘイハチは呆れたように、へたり込んだ。

「なんやねん。ほんまの化けモンやないけ」


 そして夜。

 姫は「畑を荒らすな!」と、みっちりカンベエに怒られた。

 

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