第2話 外人さんと日本人

 じゃあちょっと、具体的な説明をさせてくださいね。

 皆さん、「水」と「湯」っていう言葉があるでしょう?

 私達日本人は何も意識すること無くこの二つのものを別々の物と認識しています。

 もちろん、物質的には同じものって理解しています。水を沸かして湯を作ることも、逆に湯を冷まして水を作ることも簡単にできること、みんな知っています。

 それでも、私達にとってこの二つは別々の物なんです。

「当たり前だ」と思う方もいるでしょう。しかし、私達には意外なことに、この「水」と「湯」という概念は、世界共通のものではないんです。

 なんと、大体のヨーロッパ語圏の国では、この二つは同じものとして認識されているらしいんですね。


 一般的な外国語の例として英語を見てみましょう。

「Water」という言葉がありますね。皆さん、これを日本語に何と訳しますか?

 今、「『水』に決まってんだろ」と言う声がモニターを通して聞こえてきたような気がします。

 はい、そのやくでおおむね正しいです。

 ただ、厳密に言うと、「水」というやくでは正確じゃあ無いんです。

 実はこの言葉、「水」と「湯」の両方の意味が「water」という一つの単語に集約されているんです。

 そして、用途によって使い分ける必要があるとき、初めて「Water」と「Hot water」の区別がされるんですね。

 つまり、英語を話す外人さん達にとって、「水」と「湯」は同じもの、言うなれば、「炊きたてご飯」と「冷やご飯」が同じ「ご飯」であるように、温度の違う同じものという認識なんです


 もう一つ例をあげてみますね。

「倒れる」と「落ちる」この二つの言葉を見てみましょう。

 おそらく、日本語を母国語として話している人なら、この二つの現象を同じ物と考える人は一人もいないんじゃないでしょうか?

「そりゃそうだろ、どう見たって違うだろ」またモニター越しに言葉が聞こえてしまいました。でもここでちょっと僕の実体験の話をさせてください。

 今、僕が日本語を教えているのは南米某国、スペイン語圏の国です。当然生徒の皆さんはみんなスペイン語を話されます。そして、スペイン語では、この二つはどちらも「Caer」という一つの同じ動詞なんですね。

 そして、何年か日本語のクラスをしていて一つ気付いたことは、この国ではみんな、「倒れる」と「落ちる」この二つの現象を同じものとして認識しているようなんです。

 僕はいつもクラスでこれらの動詞を説明するとき、まず教壇の上にペンを立て、それが倒れたとき、「倒れる」、ペンを転がしそれが教壇の上から落ちたときそれを「落ちる」と説明するんです。大体の生徒さんは、それで理解してくれます。ですが、たまにこの説明ですぐにピンとこない生徒さんがいらっしゃる。びっくりすることに、「今の二つ、どこが違うんですか?」と聞かれるんですよ。

 そこで僕は、「立っているものが重力によって横になる現象が『倒れる』、そして、高いところにあるものが、重力によって低い場所に移動する現象が『落ちる』です」と、もう一度ペンを使いながら説明します。そうしてやっとわかってもらえるんです。

 一応彼等の名誉のために付け加えておきますが、僕は決して「だから日本人の方が頭が良い」とか、「日本語の方が優れている」とか言っているわけじゃありません。もちろん彼等の認識力が低いなんてことも絶対にありません。それは実際に彼等と話してみればわかります。


 じゃあ、一体何がこのような認識の差違を生んでいるんでしょうね?

 それについて、僕は前から漠然と考えていました。

 個人個人の性格や能力から出てくる差違じゃなくて、文化圏、言語圏によって出てくる認識の差違……

 数年の日本語教師の経験の後、僕なりの結論に達します。

 言語自体が人間の意識や認識を変えているんです。

 

 さて、ここまで外国語を例にして説明をしました。ですが皆さん、日本人も安心してはいけません。

 このような言語自体に影響される認識の混乱というのは、外国人だけの話ではありません。日本人にだって当然あるのです。

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