第99話 道化師は時代錯誤の手品を披露する。

「にしても、まさかこうもあっさりと見せてくれるとはなぁ~……。」

「あぁ、俺はてっきりお前が裏で根回しでもしてくれたんじゃないかと思ったよ。」

「してねえっての。」

 くだぐだと喋りながら食堂へと向かう俺たち。イービストルム大学の食堂は最近建て直されたばかりなので、新築の外観は遠くから見てもよく目立つ。一新された学食の評判もかなり良い。

「時にアルク、みんなは普段何を食べるんだ?」

 券売機の列に並びながら、後ろに並ぶフウカが俺に尋ねてくる。…ちょうどいい機会だ。彼女にも布教してやろう。アレがどれほど素晴らしい食い物かを─。

「俺はみs……」

「毎日味噌チャーシューラーメンよ。この二人はね。」

 …なぜだ。なぜお前が言うんだネギシ。


「毎日なのか?」

 フウカが俺とハチスを交互に見る。風術を駆使して意味もなく、素早く交互に二人を見る。なんか可愛い。

「そうよ毎日なのよ…。あの二人飽きもせず毎日味噌チャーシューラーメンばっかり。」

「だって…よお!やばいだろあのチャーシューのでかさ!それにあの濃厚なスープ!それから煮卵!お前も食えばわかるって!!三ツ星を巡った俺が言うんだから間違いないって!!」

「全く持って同感だな。」

 ハチスの熱演に俺は賛同する。それを聞いたネギシは呆れた表情でやれやれと両手を広げる。

「でも、皆がそこまで言うなら僕も食べてみたい。」

「はぁ…。バカが伝染っても知らないわよ…。」

 フウカが話に喰いついた。俺は小さくガッツポーズをした。勧誘成功だ。


「何なら俺が奢ってやるよ。」

 俺は上機嫌になって券売機に二人分の金を投入する……が、手が滑ってうっかり小銭の一枚が財布からこぼれ落ちてしまった。

 ちゃりんと床を跳ねる硬貨。縁を軸にその場でくるくると回転して、その場に留まっているうちに拾おうと手を伸ばすと、誰かが先に硬貨を拾い上げてくれた。


「落としたよ。アルク君。」

 青い髪の奴が微笑む。……やばい。マキハラだ。正直言ってコイツとはあんまり関わりたくないので俺は無言で硬貨を取り戻そうとした。だが、奴は何故か両手のひらを俺に見せてから硬貨を拾った右手と何もない左手を握り、俺の前で拳を二、三度振ってから手のひらを開く。すると、右手にあるはずの硬貨がいつのまにか左手に移動している。…確かにすごい手品だとは思うが、今やられても鬱陶しいだけだ。

「……ああごめん。時代錯誤の退屈な手品だったね。」

 マキハラは硬貨の乗った左手を俺に差し伸べる。気にするほどの事でもないが、奴の手の上の硬貨は縁の部分で器用に直立している。

「……直立したコインを指先で倒すのは簡単だけど。倒したコインを指先一つで立て直すのは難しい。コインの量が多ければ尚更さ。」

 マキハラが何か意味深な事を呟く。…が、特に言いたい事も無いので、俺は無言で硬貨を受け取った。

「アイツ確か……入試を主席で合格したっていうマキハラだよな。氷術使いの。お前アイツと知り合いだったのかよ……。」

 マキハラが姿を消すと、ハチスが不意に思い出したかのように呟く。

「いや全然。知り合いでも何でもないし出来れば一生知り合いたくない。」

「なんだかアルクとは相性最悪な感じね……。性格も属性も。」

 氷術使いのマキハラ。素性の知れない奴だが、今はそんなこと忘れよう。それよりもラーメンだ。


「うまい。」

「な?うまいだろ?」

 四人で味噌チャーシューラーメンを食う。何だかんだ言ったネギシも結局は味噌チャーシューラーメンに落ち着いた。

 不思議だ。俺はラーメンを食うたびにいつも思う。こんなに愉快な食い物を発明したのはどこの誰なんだと。

 一応、ラーメンのルーツは2000年以上前の魔王国リギアの時代まで遡ることが出来るのだが、誰がいつどうやってこんな料理を発明したのかは分からない。


「そういや、【ラーメン】って何で【ラーメン】って言うんだろうな。」

「え…?急に何言いだすのよ?」

「いや、語源だよ。ラーメンの。」

 俺はふと思った。ラーメンってそもそも何語だろう。魔族語とは少し発音の仕方が違う気がする。やっぱりほかの言語にルーツがあるのだろうか。

 もしかしたら、あの備忘録のようなものが再び発見されて、いつかラーメンの謎が解明される日が来るのかもしれない。


 【過去は自ずとやって来る。】

 あの日の俺は、過去が今より昔にあるものだと思い込んでいた。


036------------------------


「げふぅ……。」

 生きがいのラーメンを食べ終え、俺はいよいよ午後の講義に臨む。講義名は魔道具総論I。講師は入れ替わり制で、今日はまさかの学部長本人だった。この講義は魔道具デザイン学科の必修科目でもあるので履修者はかなり多く、教室も大学で一番広い第一階段教室だ。

「テメエラ遅えぞ!フウカのついでに席取ってやったんだから感謝してさっさと座りやがれ!!」

「あ、ああ…ありがとな。」

「おい赤毛!!!……テメエはこっちだ。」

「……?」

 予め席を一列まるごと占領しておいたライカは、横に一人分ずれて左右の席を空ける。隣にフウカを座らせるのはライカの性格を考えれば当然の事だが、反対側に俺を座らせようとするのは何故だろう。まさか好意を寄せられてるんじゃ……?いやいや彼女に限ってそれはないだろ……。


「やあ学生諸君。私だ。学部長のイルゼパトだ。」

 講義が始まる。学部長は階段教室の教卓に立ち、軽く自己紹介を始める。俺たちは学部長の事をずっと学部長と呼んでいたので、イルゼパト・クラインベルクという本名を聞いた時にはかなりの新鮮味を感じた。

 当たり前の事だが、魔道具は魔術師の生命線。魔術を発動する上で必要不可欠となる媒体だ。魔力の許容量や魔術式の特異性によってランク付けが成され、下は資格不問の『無制限』。上は国際魔術機関の監視対象となる『超弩級』まで様々なものが存在する。

例えば魔術演習で使ったエミリア教授の杖は、転ばぬ先の杖【ホーネンター】と呼ばれる無制限魔道具だ。なんでもその名の通り術式にはセイフティ機構が組み込まれているのだとか。

「さて諸君。本日の講義はだね、魔術師と魔道具の相性についてだ。いくら魔道具が優れていようとも、それが魔術師の素質に合わねば宝の持ち腐れにしかならん。私がこの講義へ赴いたのも、そういった相性の一例というものをだな、まあ一人の魔術師として参考程度までに語ろうと思った次第なのだよ。さて私の魔術適性は樹属性。そしてこれは氷と樹属性魔術に特化した上級魔道具。不和の短剣【ディスケロン】だ。」

 学部長は手元の木箱を開け、中から古ぼけた小さなナイフを取り出す。すると錆びた鉄のような色をした刀身は、学部長の魔力に反応して徐々に青みと光沢が増していく。この反応は一定の属性に特化した魔道具に多く見られる特徴だ。特定の属性に対してのみ視覚的な反応を示す事で、魔道具であることの隠蔽や相性の良さを分かりやすく表現することが出来る。…まあ、俺はそんな事よりも学部長の魔術属性がハチスやネギシと同じ樹属性だという事に正直驚いた。


「………。」

 …それにしても、今日はなんだかライカの様子がおかしい。いつもなら講義中ずっと机に脚を乗せたり、それ以外の時間は樹の上からこっそりフウカを監視しているハズなのに、今日は机に脚を乗せる事もフウカを監視する素振りもなかった。一体コイツに何があったんだよ。

(……どうしたんだ?)

(どうもしねえっての……。大人しく学部長の話聞いてろよ…。)

 聞いてもライカは答えない。耳も尻尾も下がってるし、余程の事があったんだなと俺は適当に察した。

(ライカは学部長に呼び出しを食らったから怯えている。)

(なるほどな。)

(ばっ…!余計なこと言うんじゃねえ…!)

 フウカの言葉を聞いて俺は納得した。素行の悪い彼女の事なら呼び出しを食らうのも当然の結末だ。


(……言っとくけどよ、赤毛。呼び出しを食らってんのはテメエもなんだぜ。)

(……へ?)

 渋々とした顔でライカが言う。その言葉に俺は驚いた。何で俺が呼び出しを食らうんだ?まさかデュミオス手稿の件なのか…?いやいや俺は情報漏洩なんてしてない。他の要因を考えても、呼び出されるような事は何もないはずなのに……。

 講義が終わり、心配になった俺は念のため教室の段差を降りて学部長の元へと向かう。すると尋ねる前に学部長からお声が掛かった。

「ああアルク君か丁度いい。ライカ君から聞いたとは思うが、今日の放課後時間があれば私の学部長室へ来たまえ。」

「え、なっ……。」


 ライカの話は本当だった。まさか俺まで呼び出されるなんて…。

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