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第98話 初老の紳士はお節介気味に計らう。
半年ほど前、テオスの上空で光の柱が観測された。記憶に新しい出来事だ。よくニュースにも取り上げられていたのを覚えている。
…やっぱり見たかったなぁ。ホンモノの光の柱。
後で調べて分かった事だが、光の柱現象は前回が初めてではなく、過去にも数度発生した記録が残っているらしい。図書館にやって来た俺は、せっかくなのでそのあたりの記録を詳しく調べてみる事にした。
イービストルム大図書館寄贈の超常魔術歴史資料書によると、最初に光の柱現象が記録されたのは642年。第一次プオリジア大戦の最中だ。リギア軍による大規模魔術式の極秘実験というのが現在における通説だが、事実確認出来るような資料は未だ見つかっていない。
「………って、こんな事調べてどうすんだろうな。俺。」
俺は手に取った分厚い本をそっと閉じてから元の棚に戻す。本棚の隙間を抜けて通路に出ると、そこにあるのはまた本棚。振り返っても本棚。どこを見ても向こう側の壁までびっしりと本棚が並んでいる。この嫌になるほど広い空間こそがイービストルム自慢の大図書館だ。
入学からはや一か月。あれからだいぶ大学生活にも慣れてきた俺だが、この途方もなく広い大図書館だけは未だに慣れることが出来ない。
「ねえアルク、それ何読んでるの?面白い?」
「アルクか。君もあれ目当てで来たのか?」
「ああ、ハチスに誘われてな。」
ひょこっと隣の本棚から現れたのはネギシとフウカ。この二人は俺の知らないうちにすっかり親友になってしまったらしい。
ちなみにフウカの言うアレとは、イービストルム大図書館に所蔵されている未知の古文書、【デュミオス手稿】の事だ。この手稿は得体のしれない挿絵や未知の言語が記述されており、発見当時から何百年もの間未知の最上位魔術書として扱われてきた。
だがしかし。これまで永遠の謎と思われてきた古文書が、先日になっていきなり解読されてしまった。内容はまだ非公開にされているが、俺たちはこの大学の学生だ。もしかしたらマスコミよりも早く情報をリーク出来るかも知れない。そう思った俺たちは揃いもそろって大図書館へ駆け付けて来たのだ。
「ところでハチスはどこだ?」
「ハチスなら一足お先にエミリア教授を説得中。特別展示室に居ると思うから、一緒に行く?」
「ああ。」
俺たちは三人で特別展示室へと向かった。普段は関係者以外立ち入り禁止の場所だが、三人で行けばぜんぜん怖くない。ってか怒られても後で全部ハチスのせいにすればいい。
(おう!来たな!)
小声で大声を出すハチス。
特別展示室に居たのはハチスとエミリア教授と、それからいかにもな研究者たちが数名。部屋の奥に見える扉はおそらく手稿を所蔵している保管庫だろう。
(……あらあら。こんな大勢で堂々と。しかし今回は良しとしましょう。)
エミリア教授が囁く。……よかった。ひとまずは怒られずに済みそうだ。
(ただし。ここで読んだ内容はくれぐれも内密に。)
エミリア教授が微笑む。……って、ここで『読んだ』内容だって?
「あぁ待っていたよアルク君。さあ入りなさい。」
保管庫の扉が開かれると、中から現れた初老の紳士が俺たちを手招きする。
学部長だ。どうやら本気で俺たちに本を読ませてくれるつもりらしい。
ハチス。お前いったいどんな交渉したんだよ。
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「はっはー!なんかあっさり許可貰えちゃったぜ!やっぱり頼んでみるもんだな!」
「えぇ……。」
あっさり許可をもらい、あっさり保管庫へ足を踏み入れた俺たち。ひんやりとした部屋の隅には巨大な金庫が置いてある。
「ぽちっとな。」
「おぉーーーっ!!!」
学部長が壁のスイッチを押すと、保管庫の奥に安置された巨大な金庫のような装置の扉が開き、中からウィーンと本棚が飛び出してくる。本棚に入っているのはどれも古くて貴重そうな本ばかりだ。
「学部長!写真とっていいっすか!?」
「はっはっは…。私でよければ構わんよ?」
ハチスが写真撮影の許可を求めると、学部長は笑って冗談を返す。…だが、学部長の笑いはどこか作り笑いのような気がしてならない。
「何言ってるのよハチス…。私たちがここへ来た事は誰にも内緒なんだし、それにフラッシュで本が傷ついたらどうするの?」
「い、いや分かってるって!!またあっさり許可貰えないかなーって思っただけだから!」
仲良さそうに夫婦漫才を繰り広げるハチスとネギシ。このノリも昔から変わらないなあ。と、俺は思った。ただ、大学に入ってからは何か違う気がする。ハチスとフウカは前々から知り合ってたし、ネギシとフウカもいつの間にか親友同士になっている。…なんか俺、取り残されてるんじゃないのか?
「…まあこんなもの見てもつまらんだろう。こっちへ来たまえ。」
「次は何があるんですか。学部長。」
フウカが訪ねる。
「何って、君たちの目当てはこれだろう?当然私は先に読ませてもらったがね。」
「あ、もしかして。」
学部長は俺たちをディスプレイの前に移動させる。スクリーンには電子書籍のような感じで翻訳済みの文章が表示されており、全てのページを読むことが出来るようだ。ハチスとネギシは早速ページをめくり始めるが……。
「読める!読める!!って何だこれ!?」
「えっ…。これ本当にデュミオス手稿の内容?」
「どうした?」
動揺する二人の横から首を入れて俺も内容を読んでみる。……一字一句丁寧に読んでみる。が、なんだこれは。
「魔族文字で書かれた備忘録。というよりは絵日記ですね。あまりにも汚い書体と、文脈を無視した略語を多用したせいで未解読文字と化していたようです。ともあれ、当時の時代背景を考察する上での貴重な史料であることには変わりありません。」
「ふぁ!?」
「え、エミリア教授!?」
瞬間移動のごとく突然俺たちの前に姿を現したエミリア教授。慌てて振り向くが、保管庫の扉が開いた様子はない。おかげさまで禁断の魔術書の正体が判明したというのに俺たちは驚くことが出来なかった。
「あらあら、私の事はお構いなく。なかなか興味深い内容でしたよ。特に不老不死の秘薬のくだりは。」
不老不死の秘薬。うわーいかにも胡散臭いなぁ。絶対話盛ってるよなぁ。この絵日記の作者。…とか思いながら俺たちはスワイプ操作でページを巻き戻す。読み飛ばした最初のページには解読された本の内容について補足が書かれている。ふむふむ、備忘録を書いた人物の名はエリー・デュミアーナ。女性だ。
「……エリー?」
俺はその名をふと口にする。ああ、そう言えば半年前にテオスの駅で出会った彼女の名前もエリーだった。
……まあ単なる偶然だろう。俺は次の項目に目を移す。備忘録の開始日はプオリジア歴633年。今年はプオリジア歴2805年だ。
俺はふと本棚の金庫を振り返る。紙の本ってのはけっこう劣化しやすいんだし、2000年以上前の本にしてはやけに保存状態が良すぎる気もするが……。まあその辺は俺たちの知らない地道な努力の賜物なのだろう。俺は深く考えず電子書籍のページをめくる。さきほど途中まで読んだ内容だ。
1ページ目。薬師の父親に頼まれて薬草を摘みに行く話が絵付きで書かれている。
2ページ目。仲間と協力してモンスターを退治する話がおぞましい絵と共に書かれている。
3ページ目。不老不死の秘薬を売る行商人と薬師の父親の話が書かれている。
4ページ目。白紙。
ああ分かる。やっぱり途中で飽きるよな。
大昔の人物に共感してしまう俺であった。
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