第24話 世界でたった一人の母親だから。
デュミオスがたった六冊の本で不老不死の秘薬を手に入れたというニュースは、ほんの数日のうちに村じゅうへ広まりました。それからというものの、村の人たちはなぜだか急にデュミオスと仲良く接してくれるようになりました。
「なんでだろう?」
私はなんとなくデュミオスに訪ねてみます。
「さあ?僕を油断させて薬を奪う機会を伺っているんじゃないかなぁ?」
すると、デュミオスがけろっとした顔で答えます。私はなるほどなと思いました。それと同時に、「いくら仲良くなったからってあの薬を手に入れるのは絶対に無理だよ。」とも思いました。
なぜなら、今日までずっとデュミオスと暮らしていた私ですら不老不死の秘薬の隠し場所を見つけ出すことが出来なかったからです。
デュミオスが薬を持って帰ってきたあの日、私はデュミオスに「薬をどうするの?」と聞きました。するとデュミオスは、「今は大事に保管しておくよ。」とだけ言い残して一人で倉庫へと向かってしまったのです。あれ以来、私は不老不死の薬を一度も見ていません。デュミオスが出かけているうちにこっそり何度か倉庫を調べた事もありましたが、結局見つけることは出来ませんでした。
もちろん、デュミオスに直接頼んでも薬は見せてくれません。「見たい!」と言えば、「見ても面白くないよ。」と言われ、「不老不死になってみたい!」と言えば、「もう少し大きくなって美人になってからね。」と言われてしまいます。
だから私は、「もう少し大きくなって美人になってから、それから不老不死の薬を飲ませてもらう。」という約束をしました。
もちろん。デュミオスがこの約束を忘れないように日記にも約束の事を書いておきました。
永遠に死なず、永遠に年を取らない。
もしもその通りになれたなら、私は世界中のいろんな場所を楽しく冒険して、いろんな人と友達になって、それからまだまだ知らないたくさんの本を読みたいな。と思います。
*
あれから、さらに数日たったある日の朝の事です。
外が雨なので、私はいつものようにデュミオスの書斎で図鑑を読んでいると、玄関の扉を誰かがドンドンと叩く音が聞こえてきます。
「先生…!大変だっ…!」
それはアルケイド君の声でした。慌てて玄関の扉を開くと、そこに居たのはずぶぬれのアルケイド君でした。
「エリー…!先生を呼んできてくれ!!」
「どうしたの…!?」
私は慌てるアルケイド君を見て、とても心配になりました。先生を呼んでくれと頼まれたので、私は大慌てで寝ているデュミオスを連れてきました。
「ふあぁ~……。どうしたんだいアルケイド君…、そんなにびしょ濡れで……。」
「先生!大変なんだっ!……母さんが!!」
「クレスティア母さんが……、急に倒れたんだ…!!」
あたりいっぺんが、まるで彫刻のように凍り付きました。
「エリー、準備をするから手伝ってくれ。」
「うん。」
デュミオスは目つきを変えて冷静に言いました。やるべき事は分かっています。
きっと大丈夫だよ。だってデュミオスがいるんだから。
私は心の中でそう祈りました。
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「………。」
拳が汗で濡れている。ずっと握り締めていたせいだ。……アルケイド先生が倒れた母さんを部屋に運んでから、どれくらいの時間が経ったんだろうか。部屋の前で待っていても雨がザアザア降る音しか聞こえないし、お日様も見えないもんだから今の時間も分からない。
「……頼むよ神様。俺のたった一人の母さんなんだ。どうか連れて行かないでくれ。」
俺はアダレの神族にお祈りをした。死を司る三人の神様の名をさかさまに唱えてから、それから先生と、エリーにもお祈りをした。……部屋の外で祈る事しかできない自分が情けなかった。
しばらくして先生が部屋から戻ってきた。母さんはどうなったんだろう。居ても立っても居られなくなった俺は、思わず先生の袖を引っ張った。
「先生…!!母さんの具合は!?」
「……今、意識を取り戻したよ。」
「そっか………。」
先生の言葉を聞いて、俺はほっとした。…けれど、正直あんまり喜べなかった。なぜなら母さんはこの病気に何年も苦しめられてきたからだ。今は病気が落ち着いたとしても、きっとすぐに悪化してしまうに違いない。今までだってそうだった。そんな繰り返しを俺はずっと見てきた。
「先生…。いつになったら…、母さんの病気は治るんだよ…?」
「……。」
俺は正直に聞いた。すると先生は何かを言おうとした口を閉じてしまった。だから、そのせいでなんとなく気付いてしまった。俺の母さんの病気は、もしかしたら先生でも治せない病気なんじゃないかって。
「なあ…、先生の不老不死の秘薬を使えば…どんな病気だってすぐ治るよな…?」
「……あんなものに頼らなくたって、きっと治るよ。…いつか必ず。」
少し間を置いてから、先生はそう言った。…本当は、いい加減なこと言ってないでさっさと不老不死の秘薬を使って欲しかった。「いつか」って「いつ」だよ?って言い返してやりたかった。だけど、今までずっと信じてきた人だから、俺は先生の言葉を疑うことが出来なかった。
「……。」
先生を無視して、俺は母さんのいる部屋に向かった。するとそこにはベッドの上で身体を起こしている母さんと、母さんの膝元で頭を撫でられているエリーがいた。
「あっ。」
「アルケイド。」
俺の顔を見て、母さんが微笑む。「心配させてごめんね。」と謝ってくる。それから、「こっちへおいで。」と言って俺とエリーを膝元に手繰り寄せてくる。
「……いい子。」
母さんが俺とエリーの頭をよしよしとなでる。子ども扱いされてるみたいでなんだか恥ずかしいけど、ずっとこのままでいたいと思えるほど幸せな瞬間だった。
「クレスティアさんの手はあったかいね。」
エリーが微笑みながら言う。確かに、俺をなでる母さんの手は、とっても温かい。…これが母の温もりってやつなのかな。
俺は今更になってそう思った。温もりなんて、エリーに言われるまで一度も意識したことがなかったから。
それからしばらくして、母さんは手を止めて俺に言った。
「……聞いてアルケイド。母さんは今からあなたに大事な事を伝えなくてはなりません。これはあなたの剣と、あなたの未来に関わる重要な話です。」
気付けば、母さんの目つきが変わっていた。今の母さんの目は、もう子供を見る母親の目じゃない。それよりもずっと真剣な目だ。
「アルケイド。本当はあなたがもう少し大きくなってから、この話をするつもりでした。けれど、母さんは……。あなたが大きくなるまで……この話を秘密にしておける自信がありません。」
「………。」
母さんは言う。自信がないなんて、そんな言葉を使うけど。母さんが本当に伝えたかった言葉はこれじゃない。それはきっと悲しい言葉で、俺を悲しませないための優しい理由があったんだろうけど、そういう余計な気遣いのせいで、俺はなおさら悲しくなった。
「……聞いてくれますね。アルケイド。」
「……。」
俺は無言でうなづいた。
あふれ出る涙が止まらなかった。
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「いいですかアルケイド。あなたはこの国を治める魔王の血族の生き残り。……王位継承権を持つ最後の正統継承者なのです。」
「………。」
母さんは、黙り込む俺の頭に沢山の真実を吹き込んだ。
今、リギアの王城で何が起きているのか。なぜ俺と母さんがこんな辺境の村に暮らしているのか。どうして俺が最後の正統継承者なのか。…それらは全て数年前のリギア事変につながっていた。
…リギア事変。王城の上空に突如として召喚された99本の角を持つ異形の怪物がリギアの魔都を崩壊させたというあの大災害。死者は一万人を軽く超え、その中には王族や四貴族。そして魔王の妻子までもが含まれていた。
妻子を失った魔王は発狂。死を極端に恐れるようになり、不老不死の身体を手に入れる為に王室の薬師や魔術師達に秘薬の研究を進めさせる。そして、いずれ永遠の王となる上で厄介な王位継承者を次々と辺境の地へ追いやり、逆らうものには魔術で直々に死の審判を下した。
……俺の家系も魔王に対抗し、死を賜った王族の一つだった。小さい頃の俺は王家の事なんてほとんど理解してなかったけど、あの頃に見た大きな花の庭園や、コルムの噴水。…そして母さんに手を引かれて逃げていたあの時の断片的な記憶が、今ようやくつながったような気がした。
「……継承権を持つ者として、いずれあなたは暴君の手から王の座を取り戻さなくてはなりません。」
「……。」
俺は何も言い出せなかった。おしゃべりなエリーだって見ての通りすっかり黙り込んでしまった。
「………もちろん。未来を選ぶ権利はあなたにあります。こののどかな村で慎ましく暮らすのもいいかもしれません。」
母さんが俺の頬を撫でる。……いつもとは違う。決意に満ちた目で俺を見つめる。
…そうだよな。母さんにとって魔王は、父さんやその一族全員の仇なんだ。だったら俺は母さんの期待に応えたい。父さんの仇を討ちたい。
「……戦う。」
俺は静かに決心した。
父さんの為に。母さんの為に。一族の為に。……俺が魔王を倒すんだ。
*
村はずれの小さな丘の上で、私たちは星を見上げています。きらきら輝く星は夜空のずっと遠い場所に浮いていて、どれだけ手を伸ばしても絶対に届きません。
「……アルケイドって。王子様だったんだね。」
私は隣にいるアルケイド君に声を掛けます。王子様という響きだけで、なんだか私とアルケイドの距離が前よりもずいぶん遠くなったような気がします。
「…うん。この剣がその証だってさ。」
アルケイド君は剣の鞘を抜いて、きらきらの刀身を空に掲げます。星の光を反射する鋼鉄の剣は、私の目にはどんな宝石よりもずっと綺麗に見えました。
「……俺、大きくなったら村を出るよ。そしたらまずは各地にいる王族の生き残りや、四貴族の代表に会いに行く。」
「あ!四貴族ってさ、王族の四方を支える四大部族だよね!!それじゃあ魔王国をぐるーっと一周するってことだよね!?」
「ああ、そうだ!」
「すっごい!!すっごいよアルケイド!!」
私は国中をぐるーっと一周するアルケイド君の旅をとっても羨ましく思いました。それと同時に、自分はアルケイド君ほどの未来も、夢も、憧れも、何一つ持っていない事を思い知りました。王子様のアルケイド君とは違って、私はただの村娘に過ぎません。そう思ったら、どんどん悲しくなりました。
「………私の事、忘れないでね。」
「忘れるわけないだろ?だって俺ら二人で行く旅なんだからさ!!」
「えっ…?」
アルケイド君が私の手を握ります。もう片方の手の剣は、金と銀の月の光に照らされて、今夜空にあるどんな星よりも強く、きれいに輝いています。
「一緒に探しに行こうぜ!!おまえの本当の両親をさ!!」
「……うん!!」
私は大喜びでうなづきました。
私にだって未来が。夢が。憧れがある。
それを思い出せただけでも、私は十分幸せでした。
*
昔々、ある魔族の村に一人の少年と一人の少女が居た。
少年の名はアルケイド。
少女の名はエリー。
二人は手を繋ぎ、星の下で約束を交わす。失ったモノを、共に取り戻すために。
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